第21話 後日談談! 【一章完結】

 幸楽商店街事件終結から数週間後の『賢者の堂』。


 晴天を隠す分厚い鈍色の雲が空を覆い、しとしとと霧のような雨が降り続く七月末の夕暮れ時。


 コンクリート造りのビルの特徴である湿度に悩まされる部屋の主人イリスは、プレジデントデスクの椅子にもたれ、効きの悪いエアコンを、咥え煙草をしながらぼんやりと眺めている。


 エレベーターのないこのビルは階段を移動手段にしなければ、この部屋に辿り着くことができないうえに、ビル自体に訪問者を選別する術式が組み込まれている。霊感が目覚めている者、また霊障被害にあった者が出す残穢に反応またはこちら側から招き入れる以外このビルを意識する事ができないと言うものだ、それ以外の人間はこのビルの存在すらあやふやになる。蝕死鬼が作り出す霊域に近いしろものだ、だから訪問する者は自然と何かしらの問題を抱えている者に限る。


 そんな『賢者の堂』に訪問者が訪れる。コンクリート造りの階段をこつんこつんとゆっくりとした足取りで上がってくる。扉の前で傘を畳む音がし、アンティーク調の扉が開く、蝶番が湿気のせいかきーっと、異音をたてる。


 イリスは顔を上げたまま視線だけ扉に向ける。


 「久しいな……炎夏えんか


 声をかけるイリス、そこには赤髪を低めに結い上げ、風景柄をあしらった深紅の本場結城紬ほんばゆうきつむぎの着物を着こなした幽美な女が佇んでいた。


 「イっちゃんも久しぶりね」


 その見た目に反し、砕けた喋り口調に、イリスをイっちゃんと呼ぶ女は友好的に口角を上げ、親しげな様子だ。


 「君くらいだよ私をそう呼ぶのは……あいも変わらずのようだな」


 根元付近まで吸い終わった煙草を灰皿に擦り潰し、新しい煙草を咥えすぐ火をつけた。


 「炎夏よ、お前は少年で何をしようとしている? 老婆心で与えるにしては行き過ぎだ代物が彼にやどっているのではないか?」


 「出し抜けに訊くのね。老婆心なんて、酷い言い方、姉弟愛と言ってほしいな。それに可愛い可愛い弟に酷いことするわけないでしょ」


 「あくまで白を切るつもりか……しかし、"退魔の血族"その末裔であるお前の弟だったとは、気づかなかったよ。それにしても、命は何も知らなすぎるのではないか?」


 「ふふ、私もまさかイっちゃんの、元に辿り着くとは思ってなかったなぁ、根回しが早い事で。でもイっちゃんなら信用できるし安心して命のこと預けておける、ただ命は何も知らなくていいの」


 「ふん、知らなくていいとはやけに放任的ではないか、はぐらかすなよ炎夏、私の詰問は少年に何をしたかと聞いている。幸楽商店街失踪事件の重要参考人であり、蝕死鬼化した油女ころもはあの時、命の手によって心の臓を一突きにされ絶命したはず、さらに退魔執行状態の刀により悪霊もろとも消滅したかに思われた、だがその後蘇生している……まるで悪霊だけが消滅したかのように、傷口すら残っていなかったと言う、その後の経過観察も概ね順調、すぐにでも退院してもよいだろうと言うのが医師の見解……蝕死鬼になった者は須く死ぬ定め、その理を穿つ何かが、命にはあるのではないか?」


 炎夏はその不敵とも取れる笑みを崩さずさらに不敵にイリスに微笑む。


 「…………三毒の滅尽がなされたのならば、やがて人は涅槃ねはんに達する——。命はね、三毒を焼き尽くすことができるのよ」


 イリスの煙草の灰が、デスクに落ち火種が燃え尽きる。


 「……まさかお前は、実弟に『神の宝物ほうもつ』を宿したのか?」


 微笑む炎夏の瞳に宿るのは真心そのものである————。


 

      一章 始まりの刻! 完


 

 


 







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