第20話 鎮魂火!

 イリスさんは十メートル程の高さから腕を組み直立した状態でゆっくりと降りてきた。地面スレスレの所で静止して、少しバツが悪そうに地面を見る。


 「やれやれ、若さを振りかざせとは言ったが、これは少々やりすぎじゃあないかい? 居住者がいないにしろ、非現住建造物等放火罪にはなるだろうねぇ」


 あきれたと、言わんばかりの物言いである。

 

 「いやぁ、自分もこんなサイコパスな一面があるなんて驚きですよ、たはは、でもイリスさんなら何とかしてくれるって信じてたんで」


 「ふっ、買い被りすぎだよ、私は私ができる事をしているだけにすぎない」


 それでも、僕達を見捨てずに来てくれた……流石は我らの最強上司、伊達に国の管理下に置かれているわけじゃない。僕は膝に手をつき何とか起き上がり朝陽に近づく。どうやら洪水のようなイリスさんの水攻めで、どこかに流さらたのではと思ったが、大した距離は離れていなかったようだ。胸の辺りが上下する呼吸運動を確認し安心する。


 油女ころもは……視線を動かし探すと、そう遠くない距離に油女がいた。蝕死鬼になった者は、須く死ぬ……せめて、手だけでも合わせておこうそう思い彼女に近づき膝をつく……——??


 「あ、え? 今動いたような?!」


 油女ころもの手が動いた気がする……慌てて息を確認する為に口元に耳を近づける。すうすうとか細く弱々しい呼吸音が聞こえた。


 「生きてる……生きてる!! イリスさん!! 油女生きてますよ!」


 イリスさんはあいも変わらず数十センチ浮遊した状態で僕の元までやってきた、その表情は強張り眉根を寄せている。


 「……莫迦な」


 僕の声に反応するように油女の瞼がピクリと動きゆっくりと開く。まだ意識がはっきりとしないのか、キョロキョロと辺りを仕切りに確認する。


 「……佐野、くん? あれ——私どうして……」


 先程までの支離滅裂な言動とは打って変わり、正気を取り戻したようだ……。でも何で? 朝陽が言うには蝕死鬼に一度堕ちれば二度と戻らない筈だ……しかも同級生H、いや葉月達も被害にあっていた事を考えると一連の犯人は油女ころもで間違いない、だけど、私生活では別段おかしな様子はなかったし、ここまで来る間も蝕死鬼らしき行動はなかった。なりうる可能性としては十分有り得た事だけど……。


 イリスさんは無言で仰向けの状態で横たわっている油女に近づき、ようやく地面に足を下ろし腰を落とす。右手で油女ころもの両目を覆い下に撫でる、すると油女は再び寝息を立て眠りについた。


 「イリスさん?」


 「命、今回はご苦労だった……この少女は私が預かる。悪いが朝陽を事務所まで運んで置いてくれ」


 「いや事務所より病院……」


 頼んだよと、遮られ油女を起こし横抱きにすると、僕を素通りし倉庫の出口の方に歩いて行った。


 「まあ、イリスさんに任せておけば大丈夫か……それより朝陽だ」


 朝陽はまだ気を失っているみたいだ、僕も華麗にお姫様抱っこでもして朝陽を抱えて戦場を去りたい所だけど、目覚めた時が怖いからやめておこう。朝陽の右腕を首に回し抱え起こす。


 「……う、ん……痛っ——み、みことさん? 私達どうなったんです」


 「ああ、終わったよ」


 「……そうですか。私達死んだんですね」


 「……いや信用ないからって勝手に殺すんじゃないよ、正真正銘僕達は父なる大地を踏み締めて生きてる」

 

 キョトンと間の抜けた表情の朝陽はようやく生への実感が出てきたのか安堵の表情を浮かべる。


 「良かった……命さんが生きててくれて、今回ばかりは本当にダメかと思いました。それにしても眠っている間に随分倉庫の様相が変わりましたね、焦げ臭い……」


 朝陽は僕が放火犯だと言うことをまだ知らない、つーか知られたらめちゃ怒られるから伏せておこう。


 「あ、あーーイリスさんがね随分派手に登場してさ」


 「先生が来てたのですか?」


 「ああ、もう帰っちゃったけどな。で、朝陽を事務所まで運んでくれって言われてね、先に言っておくけど、ボディータッチは許してくれよ? 変な所に指があたってもそれは不可抗力で、僕の意思は皆無だからな」


 くつくつと朝陽が笑う。


 「変な所は紳士なんですね。非常時です許してあげましょう……命さん……ありがとうございます助けてくれて」

 

 微笑む朝陽。ありがとうございます、そんなありふれた言葉に僕は熱いものが込み上げる。ほろりと頬をつたうのは涙。


 「あれ、なんだこれ? 目から汗が……いや、あはは、ありがとうって……僕は……一度逃げた、人命救助って言う免罪符片手に逃げたんだ。初めから朝陽と二人で戦えば良かったのに僕は怖くて……」


 「でも戻ってきてくれた。そして助けてくた……充分、充分すぎるほどの功労です」


 「そんなこと……」


 朝陽は僕の言葉を遮る。

 

 「貴方は、私とあの女の子二人の命を助けたんですよもっと胸を張ってください。……それに……本当は……命さんとお別れするの嫌でした。この生業を初めて一人で死ぬ覚悟なんてできていると思ってたのに、最後は死ぬのが怖かった……今まで、一人で何でもこなしてきて、それが当たり前になるにつれて一人でこなせない自分に価値はないんじゃないかって思うようになってたの、私の存在証明は仕事を淡々とこなすことだけなんだって……でも覆っちゃいました、命さんに助けられて、命さんに託して」


 「朝陽……」


 「託して信じてやり遂げた命さんは信用できる大切な人です。だから命さん、これからも私の相棒、続けてくださいね。これは上司命令です」


 傷だらけで、疲弊し切っているのに、朝陽はいつも見せてくれる屈託も衒いもない笑顔を僕に向け冗談混じりに言う。


 「ああ……僕でよければ相棒継続だ。これからもよろしく、朝陽」


 人の名前をちゃんと呼ぶ事なんて今までなかった、僕の名前をちゃんと呼んでくれる人も今までいなかった……でも、気づかないだけで、油女ころもに葉月も僕の名前を知っていた。一人でいるつもりでも、孤高に憧れていても、人は人と生活していて決して消え去るわけじゃないんだ。


 まったく、世界はいつも僕を独りにはさせてくれない困ったものだ……。


 僕は自分の性格がわりと好きなんだ。人間関係なんて煩わしいし、面倒なだけ……変わらない考え方だけど、煩わしくて面倒だけど面白い関係性と言うのもある事が分かったのは、今回の教訓として受け取っておくよ。


 クソみたいにくだらなくて、悪霊蔓延る世界になっちゃったけど、志高く励むとするよ、相棒がそれをご所望だからね。


 「帰ろう朝陽。事務所に行って手当てして、ボロアパートまでエスコートするよ」


 「わお、エスコート付きとは至れり尽くせりです……よろしくお願いします」


 僕達はお互いの顔は見合わず、倉庫を後にする。何故だろうね、いざ面と向かっては言えなかったんだ。だけど、朝陽との距離はまた近づいたような、そんな気がする。


 

 interlude————。

 


 











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