第19話 秘策!!
佐野命視点
さあ勇んで来たものの、早々に朝陽が気を失うとは……予想外だ。だけどやる事は変わらない、ここからは時間との勝負と賭け、うまくいくことを祈るだけだ。
僕は油女に話しかける。
「油女ころも、何でお前が蝕死鬼になったかなんてわからねぇーしきっと僕なんかじゃ理解できない。まして人間関係に軋轢しか生まない僕に人のなんたるかを説けるほど人間できちゃいない……だけどな、お前は僕だ、きっと些細な事で僕もそちら側になっていたと思う、遅かれ早かれな。だけど、僕は恵まれてたんだ知らない間に人との関わりを楽しんでた……笑えるだろ? 結局さ求めていないっていう虚勢はただの強がりなのかもな、まぁ僕はそんな強がりな自分も好きなんだけど」
油女にはきっと聞こえていない、これはただの独り言でいい。油女は低い唸り声を上げ僕を威嚇している。手負であっても朝陽を退ける蝕死鬼に僕が、かなうはずがない——だったら僕ができるのはこの場を掻き乱して朝陽を救出して逃げ出せれば勝ちだ。試合を逃げて勝負も逃げるだ、その為の手は打った。後はタイミング……。
なんの予備動作もなく油女は、僕目掛け弾丸のように突進してきた、折れたバットの先端を突き刺そうとしている、それを寸前の所で横に飛び退き回避しようと身を捩る、バットの先端は腹部の衣服を掠め破り裂く。僕は泥に塗れることも気にせず転げ体勢を整える。
「ちっ、いきなりくるかよ普通……少しはやり返さないと間がもたないか」
刀の背をなぞる、刀身が赤黒く発光する。今日三回目の退魔執行、回数制限は五回それまでに何とか朝陽を助けないと。
刀を構える、水平より下に構え右足をやや前に出す。地の構えとも言われる防御に特化した構えだ。
が、僕が刀を構えると同時に油女は持っていたグリップを力任せに投げつけた、人地を超えた腕力で投げつけたグリップは凄まじい速度で僕の顔面目掛けて飛来する。反射で刀を前に出しキーンと甲高い音を立てグリップは後方に飛んでいった。
「——ぶっねぇ」
一瞬目を離した油女が襲いかかってくるのではと思い、視線を前に戻す……油女は襲ってくる事はなかったが、右手には新たな武器を携えていた。それは生き埋めにされ死んだであろうスーツ姿の男性の遺体、それを片手で遺体の右足を鷲掴みにしズルズルと引き摺りながら僕に接近してくる。
「おいおいどうすんだよそれ……」
「とととれたて肉のお造りおもおもちしました」
「注文してないです……」
油女は僕の言葉に歩を止め、ゆっくりと口角をあげ。
投げた。
大人台の男性が宙を舞う、舞うグルングルンと宙を側転しているかのように、回転しながら
凄まじい勢いで迫ってくる。
またしても横に飛び退き、すぐさま立ち上がる、油女を見やる、しかし居ないどこに——ぞくりと背後から寒気が走る。
どろりとした気配、気配だけではない溶けた鉛が背中に纏わり付いているような重量感、油女が背後から、僕を抱きしめよりかかる。背後から伸びる油女の手が僕の顔を這いずる、顔貌を確認するように目、鼻、口を丁寧に指先で触れる。それは大型獣に顔を舐めまわされているような感覚を思わせる。
耳裏から首筋を通り肩の辺りまで、舌でなぞる油女。
「おいしいいいいいいい」
つぷりと食い込む歯、鋭い痛みが走る。間に合わなかったかと思った瞬間——待ちに待った爆発音がけたたましく倉庫内に広がる。
音の方を見やるそこは、倉庫の入り口油女の父である油女蕗尾の店『天ぷら屋油神』のある場所——炎上、ネットに残るデジタルタトゥーのような炎上ではない、れっきとした炎荒ぶる大炎上それが侵入経路からジワジワと僕らのいる倉庫の端に迫ってくる。
これが僕の狙い……僕はこの倉庫に戻る前にある事をしてきたんだ、油女が言っていた通りあの店は電気やガスがそのままになっているのを聞いていたからね、それを利用し火事を起こした。やり方は簡単ってより家庭で起こりうるごくありふれた火災、それは天ぷら油による火災。
天ぷら油は360℃に達すると自然発火する。ただそれだけじゃ火が回るのが遅い、だから僕はそこに水を入れた。良い子はわかると思うけど発火した油に水を加えると何が起こるか? それは爆発、360℃以上に達した油に水を加えると、水は一気に水蒸気になり爆発的に拡散し、辺り一面に超高温の油を撒き散らして火が広がる。最初の爆発音は水を入れた時のものだ、危うく僕ごとまるこげになるところだったけど。
昔避難訓練でならったことを、よく覚えていたものだ。
この火災で油女ころもの意識が逸れて隙ができれば、いかに僕のスピードが凡人程度でも倒せるはず……拘束していた腕がぱたりと落ちる。僕は飛び退き炎を背に油女に向き直る。
しかし、油女は茫然自失と炎を眺め呪詛のようにぶつぶつぶつぶつと何か呟いている。ひとしきり呟くと、ボロボロと涙を流し虚無を写し取ったような表情が崩れ癇癪を起こした子供のように泣き喚く。
「————っ!! ——! ————っ!!!! ————」
言葉にならない叫びが虚しく響く。思い出したかのように、僕をギロリと睨み、口をもごつかせ呪詛を僕に向ける。
「コロシテヤル」
僕の打開策は、逆鱗に触れる行いだったようだ……だけどな僕も後には引けない。他力本願、後の祭り、結果オーライになるように全身全霊全速前進人生賭けてお前をぶっ倒すんだよ!!
「コロシテヤルじょねぇーよっ!! こちとらお前が原因でこんな目にあってんの! 僕はねちっこいから何度でも言うぞ!! だがなお前と出会わなかったら出会えなかった縁もあったそこだけは感謝してる……だからなこれは僕の命をかけた恩返しだ! 華々しく散りやがれ!!」
為せば成る為さねば成らぬ何事も。結果的にこれはただの自暴自棄な行動だろう、商店街に火をつけるとか同級生の父親のお店燃やすとか正気の沙汰とは思えないよな、いいんだよこれで、後先考えなかった結果がこれ、陰キャを舐めるな。後の始末はイリスさんに任せるさ、きっとあの人は来る、信じてるいや信じるしかないんだ。
刀を脇に構え、僕から油女に突っ走る。言葉にならない雄叫びをあげ、それに呼応するように油女も走る血の涙を流し走る、積年の恨みを晴らすが如く怨敵とあいまみえるが如く憎しみを込めて蝕死鬼油女ころもは獣が如く襲いかかる。
横一文字に刀を振るう。油女は飛び上がりひらりと刀を交わし僕の背後へ、僕は身を反転させ上段に構え直し刀を振り下ろす、刀を片腕で塞がれるが、前蹴りをくらわせ、油女は後方へ狼狽える。
怯んだところを素早く刀を中段に構え直し、油女の心臓目掛けて突き刺す————ずぶり、と切先が沈み、ぐぐぐとさらに刀を押し込む。
刀はさらに発光を強め、刀身は真っ赤に染まったそれは油女の血液なのかは判然としなかった。
力無く油女の腕はだらりとさがり、突き刺した刀からするりと体が抜けて、後方に倒れる。それを受け止めゆっくりと体をねかす。すでに息はないように見える。
終わった……最後どうやって動いて倒したかはっきりと覚えていない、かなりハイになっていたようだ。
ぐらりと視界が歪む。目を擦り辺りを見ると火の手は倉庫の半分以上まで呑み込んでいる。
「やばい……息が……」
油女を見やる。何も考えず油女の腕を抱え、朝陽のいる所まで後退する。朝陽は運良く倉庫の一番奥の角で倒れている。油女を隣に寝かせ僕は最後の仕事をこなす。
それは逃げ道の確保だ。
この倉庫は木造建築造に壁はトタン外壁で、覆われている。それに築年数もかなり古く壁自体はかなり脆いはずだ、ならば僕の刀で壁をぶち破って脱出する、ここまでが僕のプランで現在進行中でなんやかんやで順調に進んでいる。
酸欠でよろける体に鞭打ちトタン外壁の前に立つ。上段に刀を構え上から渾身の一撃を外壁に放つ、トタンに刀が突き刺さる。それを引き抜き何度も何度も刀を振り下ろす、何度目かの斬撃で刀身が折れ、刀を捨てる。
後は素手でトタンを剥ぎ取る。
だが
人が通れるほどトタンは剥がした……でも通れない——だってトタン外壁の外にさらに壁があるんだ……しかもトタン外壁のような脆いものではなく、人の進行を一切阻むコンクリートの壁が背後で燃え盛る炎とは打って変わって冷たく僕の前に立ちはだかっている。
この区域は、密集住宅地でさらに廃墟同然のビル群が所狭しと隣接している場所……。
終わった。
完全に詰みだ……。
足がふらりと足場を失ったようによろめく、天井を仰ぎながら大の字に倒れる、天井は既に燃え盛る炎が一面に広がり、火の雨を撒き散らし、今にも倉庫の屋根は倒壊しそうだ……。
意識が遠のく……これは一酸化炭素中毒、空気中の酸素を消費した空間で起こる火災による死因の一つ。
万策尽きたな。
まぁ、一介の高校生がよくやったほうだろう、まさか僕が退魔師になって美少女とラブコメ展開になるなんて夢にも思わなかった……できれば朝陽が妹にクラスチェンジしてくれたらさぞ楽しかっただろうに……なんてな。
朦朧としているのか、蒙昧しているのか、さだかではない思考になってきた……、仰向けの状態で天井から舞い落ちる火の粉がチクチクと肌を指す。
チク、チク、チク、ポツンポタポタ、ポタ……?
ポタ?
熱った頬に冷たさを感じる? 大火災の渦中で起こる現象か? まるで雨に打たれたような感覚、遂に皮膚感覚もバグってしまったのか僕は……。
「よく持ち堪えた命。息を止めていたまえ」
落ち着いた抑揚のない中性的な声……
天井がバキバキと音を立てジュワジュワと火と水がまぐわる蒸発音——次の瞬間、倉庫の天井が轟音と共に砕け散り、途轍もない量の水が降り注ぐ、いや表すなら滝だ、凄まじい量の水が入った桶を上空からひっくり返し水の塊が落ちてきたが正しい表現だろう。
落ちてきた水は荒波のように倉庫内を荒ぶる。目を閉じ息を止め流れに身を委ねる、気づくと壁際にもたれかかり座り込んでいた、目を開けるとあれ程の量の水が消え、倉庫の火も全て消えていた。
「は、夢でも見てるのか僕は……」
「夢は覚めても絶やさぬ事だ青少年よ」
声は上から聞こえる。顔を向けると倉庫の天井は半壊し夜空がみえる。その夜空のシアターをバックにイリスさんが中空を浮遊し、その周りを円を描きながら水が浮遊している。
「タイミングはバッチリだっただろう?」
浮遊しながらイリスさんは煙草を吸い訊く。
「はは、どんぴしゃっす……」
どうやら僕達はたすかったようだ。
interlude————。
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