恋をしたのは君の方だった

俺は人を殺した。誰でもない実の父親を。一度も父親だなんて思ったことはないが。殺人現場である家を飛び出し、一人で住宅街を歩いていた。このまま捕まって楽になったほうがいい、罪を償おう、そう思った。その時誰かにぶつかった。


「いって」


目が合った、その瞬間風が吹いた。物理的にではなく心のどこかで。俺はこのぶつかってきた学生に一目惚れをした。どことなく母さんの面影を感じて泣きそうになった。しかし今の俺は逃亡中の殺人犯。この子と一緒になれることはない。


「えっと、川瀬陽?」


今何と言った?俺の名前を言ったのか。まずい逃げなきゃ、俺の本能が足を走らせていた。


「はぁはぁ」


俺は逃げた。後悔した。もうあの子に会えないかもしれない、でもそれでいい。これは俺の一時の気の迷いだったんだ。そうだ、きっと。


しかしまたぶつかった。無意識にまたあの子に会った道に戻ってきてしまい、またぶつかった。


「あ、あの!川瀬陽ですか?」


今度は力強く言ってきた。そんなに俺を捕まえたいのか。そうはいかない。俺はこの子の手を取り、走った。そしてボロそうで誰も来なそうな空き家に入った。まるで駆け落ちのようだと思ってしまった。


「お前、二度もぶつかってきたやつだな?」


「はいそうです。あなたのことが好きです」



今何と言った?俺の聞き間違いか?それとも幻聴?


「…は?何を言っているんだ?」


我ながらよく震えずに言えたものだ。だったらこれを利用してやる。


「お前俺とここにいろ。わかったか?」


俺は勢いでなんてことを…。さっきから心が乱されまくっている。恋とは盲目なものだ。


「はい」


いいのかよ…。こいつも不思議な奴だ。でもこれでいい。普通じゃない毎日をここで過ごすんだ。それから俺たちはこの奇妙な両片思いな生活が始まった。

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恋をしたのは君の方だった 星乃 芽 @me2569meme

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