7日目
私は人の記憶に踏み込んだ。誰でもない好きな人の。その香りは枯れた草の匂いだった。
「俺の親は酷い人だった。」
そう言って陽さんは自分の過去の暗い部分にスポットライトを当てた。
――――――――――――――――――――――
「お前はなんでいつもいつもこんなことも出来ないんだ!」
「父さんもうやめてよ…!」
「陽!お前も黙って俺のいうこと聞け!」
バチン
俺の頬を叩く音だけが部屋に響いた。
「あなた落ち着いて!」
「元はと言えばお前のヘマのせいだ!黙ってろ!」
父さんは外あたりはいいくせに家の中だと暴言暴力を振るう人だった。
こんなの日常茶飯事。母さんも逆らえなかった。
母さんと父さんのお父さんつまり俺のおじいちゃん同士は古くからの仲で離婚したいにもこのことをずっと誰にも言い出せずにいた。
俺と母さんは毎日ビクビクしながら静かに過ごしていた。ご飯を食べるときも気持ちのいい朝も星が綺麗な夜も。
でも一つだけ楽しみがあった。母さんは毎週金曜日にカレーを作ってくれた。これも父さんの言いつけだというがすごく美味しくて辛いことが多い週にこれを食べると涙がこぼれた。
それくらい身に染みて美味しかった。
そんな日々が続く中、母さんはストレスと疲労からかある日倒れてしまった。
「母さん大丈夫?」
布団に寝転がり俺の頭を撫で
「大丈夫よ…」と言った。これが最後の温かい瞬間だった。
「ただいまぁ」
父さんが酔って帰ってきた。危険である。でも俺は助けてほしくて父さんに母さんのことを伝えた。
「おい!夕飯も作らないで何を寝ているんだ」
父さんは急に怒鳴り出し母さんを殴ろうとして俺は必死にその腕を止めた。
「止めんじゃねぇ!」
父さんは俺の止める手を振り払いキッチンに向かった。
そしてあまりにもギラついて見える包丁を持ってきた。
父さんは母さんを刺そうとし、俺は怖くて震える足を動かしまたも力ずくで止めその包丁を奪った。
そして刺した、実の父親を。いや化け物を。
俺と母さんは逃げた。必死で逃げた。生死を確認せずに証拠の包丁を持ちとにかく遠くへ逃げた。
―――――――――――――――――――――――
一息ついた陽さんはいきなり立ち上がりトイレの方へ駆け出した。
「大丈夫ですか…」
戻ってきた陽さんは吐いたようで少し苦しそうにしていた。
「すまん、刺した時の感覚が蘇って…」
辛い、辛すぎる過去だった。私のとは到底比べ物にならない。
陽さんは座りまた辛そうにクラっとした。私はそれを受け止めた。
不意にも肩に寄りかかる感じになってしまったが今はドキドキしている場合じゃない。
私が恋したいと思った人の辛い重さは私自身が受け皿になる。陽さんを支えたい、そう思った。
しばらく沈黙が流れる。私は心配になり陽さんの顔を覗き込んだ。
静かに寝息をたて眠っているようで、いたずらしたくなってしまう綺麗なまつ毛だった。
でも近くで感じるこの人の匂いと呼吸の音を感じるだけで精一杯だった。
心臓は言うことを聞かず、虚空に音が響きそうなくらい高鳴っていて、私は我慢できずにおでことおでこをくっつき合わせた。
ただただおでこと心が温かかった。
陽だまりのようで、どこか悲しく冷たい冷や汗。私の好きな人は自分の苦しみを抑えつけ、幸せを感じないようにしていた。
私はその温もりから離れ、肩に寄りかかった陽さんの頭に私の頭を寄り掛からせ目を瞑った。
「おやすみなさい」
隣にいる人にしか聞こえないほどの小声で言った。
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