第34話 乙女の集い Ⅱ

 士官学校の校舎に、鐘の音が響き渡る。

 一時限目の授業が始まる合図だ。アリスは、教室へと足を踏み入れる。いつも座っている席に鞄を置くと、隣の席には既にセトが座っている。


「あ、おはよう……」

「あ、ああ……」


 気まずい雰囲気だ。距離を置こうと言われたのに、何も気にせず席を選んでしまった。今からでも別の席に移った方がいいだろうか。いや、逆に不自然だろうか。そんなことを考えていると——



「アアアアアリスウウウウウウウウ! セト様あああああああああ!」



 泣きながらクロエがアリスとセトを目掛けて突進してくる。す術もなく、二人まとめてクロエに抱きしめられる。

 クロエの胸が顔面に当たる。すごく、柔らかい。


「うわああああ!?」


 セトが叫びながら距離を取る。


「ク……クロエ? どうしたの?」

「うえええええん! 二人とも、無事でよかったよおおおお……私のせいで、アリスとセト様に何かあったら……もう全裸になって白亜はくあの塔から飛び降りて死ぬしかないと思ったああああ……」


 何故、全裸になろうと思ったのかは解らないが、魔宴サバトではぐれた後、ずっと心配してくれていたようだ。


「私は大丈夫よ。クロエも無事でよかった……」

「セト様に言われて魔宴サバトを途中で抜け出して、泣きながら屋敷の周りをウロウロしてたら王都騎士団の人がやってきて、すっごくすっごく怒られたけど、何とかお家に帰ることができて……私、もう悪霊デーモンのこととか、調べるの絶対にやめる! あんな怖い思いは二度としたくないよ~!」

「ええ、その方がいいわ……」


 落ち着かせようと、クロエの背中をさする。すると——



「はい、皆さん。席についてください」



 教師が教室に入ってくる。教師の陰に隠れて見えないが、もう一人、誰かが後ろにいるようだ。


「今日はまず、編入生の紹介をしますね」


 そう言うと、後ろに隠れていた人物が、ぴょこんと前へ出る。


「は~い!」


 編入生らしい少女は、ひとつ結びにした髪を、動物の尻尾のように揺らして挨拶をする。


 燃えるような赤い髪に、金色の瞳——



「今日から士官学校で勉強します! オーロラです! よろしくお願いします! はい、拍手!」



 教室内に笑いと拍手が起こる。


「編入生だって、珍しいね」

「二年の編入試験ってめっちゃ難しいんでしょ? 頭いいんだなあ……」


 生徒達は編入生に興味深々のようだ。


「へー! 可愛い子だね、アリス! って……アリス? どうしたの? なんか汗凄くない?」


 隣に座るクロエに心配される。自分ではどんな顔をしているか解らないが、ものすごく動揺どうようしているのは事実だ。


「なっ、なっ、なんで……?」



 ——何故、魔女ウィッチ、ライラが士官学校に。



「では、空いている席に座ってくださいね」

「は~い」


 オーロラと名乗るライラはアリスのななめ後ろの席へと座ると、後ろから、こそっと声を掛けてくる。


「これからよろしく。楽しい学校生活にしようね! ア・リ・ス!」



* * *



 授業が終わり、真っ先にオーロラに話しかける。


「ねえ、聞きたいことがたくさんあるんだけど……」


 そう言うと、オーロラは嬉しそうに頬を赤らめる。


「マジで? アリス、そんなに僕に興味を持ってくれたの? 嬉しすぎ!」

「そうじゃなくて、そもそもどうして、どうやって士官学校に……」


 すると、クロエが横から現れる。


「アリス、オーロラちゃんと知り合いなの?」

「え、いや、知り合いじゃなくて……」

「そうなのよ!」


 オーロラは元気よく答える。


「アリスとはね、僕がお世話になっている修道院近くの教会で知り合ったんだよ! よくお話をしてたんだ!」

「へえ、そうなんだ。オーロラちゃんは修道院に住んでるの?」

「うん。僕はエディリアからはちょっと離れたところに実家があるから。だから、親戚の神父様がいる修道院にお世話になりながら通うことになったんだ!」

「そうなんだ。親元から離れて、大変じゃない?」

「そんなことないよ! 気楽だし! 併設へいせつされている孤児院の子ども達ともいっぱい遊べるし!」


 楽しそうに会話をするクロエとオーロラ。

 不審な目でオーロラを見るアリス。視線に気が付いたオーロラは、アリスに向かってぱちり、と片目をつむる。


「そうだ! この後、二人とも予定ある? 一緒にお茶しようよ! 士官学校のこと色々教えて!」

「えっ!?」

「いいよ! わ~! 楽しみ~!」


 立ち上がり、支度をするクロエ。クロエに聞こえないように、オーロラに耳打ちする。


「ねえ、どういうつもり?」

「心配しないでよ。僕は君の敵じゃない。むしろ、君が悪霊デーモンを見つけるのを手伝いたいって思ってここに来ただけ」


 オーロラの金色の双眸そうぼうがキラリと光る。


「と言うのは建前で、君といい関係になりたい」

「……え?」

「うふふふ……これからよろしくね、ア~リス!」

「ええー……」


 厄介事の気配に、アリスは眩暈を覚えた。

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