第3章

第33話 乙女の集い Ⅰ

 マラキア城内の会議室。

 天井は高く、水晶のシャンデリアが垂れ下がり、輝く光が室内を照らし出す。会議卓は重厚感のある木製で、あざやかな彫刻がほどこされた椅子が整然せいぜんと並べられている。壁には美術品や絵画が飾られ、まさに贅の極みといった感じの、高級感と品位が漂う空間。


 その空間に、十人の官僚かんりょうとロサ隊隊長のオルランドがいる。


「今月に入ってから、エディリアで起きた悪霊デーモン被害は二十件」

由々ゆゆしき事態だ。去年の十倍だぞ」

「この現状をどう見ているんだ? ロサ隊隊長、オルランド殿」


 口々に言う官僚に対してわずかに眉をひそめ、オルランドは発言する。


「……ダリア隊の夜の見回りの強化、魔女ウィッチの根城の調査、被害に遭った住居の修復など、常に動いております。先日も集会を行う魔女ウィッチ鎮圧ちんあつに成功しましたし……」

「それで? 自分たちは上手くやっているとでも言いたいのかね? 被害件数がこんなにも増えていると言うのに?」

「……お言葉ですが。我らの想定以上に、悪霊デーモンの数が激増しているのです。何故、こんなにも悪霊デーモンが増えているのかを調べ、根本的な対策が必要なのです。社会情勢の変化に伴い、法の改正なども考える必要があり、官僚方にもお力を貸していただきたく……」


 官僚たちは不満げな表情を浮かべ、言う。


「何故、悪霊デーモンの数が増えたことと、社会情勢が関係あるのだね?」

「え……? それは……不幸な人々が増えれば、新たな魔女ウィッチ悪霊デーモンを生む可能性が出てきますよね?」

「このエディリアは天使に見守られているのだぞ? 不幸な人間など存在するものか。もしも存在するとすれば、そいつの天使信仰が足りていないだけではないか」

「オルランド殿は、悪霊デーモンの大量発生の原因が我らのせいとでもいうのか?」

「いえ、そんなことは言ってませんが……」

「とにかく、なんとしてでも悪霊デーモン被害を減らすんだ。どんな手を使っても構わん。騎士の数もどんどん増やしたまえ」

「はあ、で、その予算は……?」

「それを考えるのがロサ隊の仕事であろう」

「…………」


 会議室に、振り子時計の音が鳴り響く。


「おっと。今日はこの辺までにするか。頼んだぞ、隊長殿」



「クッソ野郎どもが……」

 廊下を歩きながら、一人で小さくつぶやく。


(どう考えても、最近の悪霊デーモンの多さはおかしいだろう。絶対に何か原因があるはずだ。それなのにあいつらときたら、全て騎士団のせいにしやがって……)


 嘆息たんそくしながら、次の目的地へとを進める。


(官僚たちとの会議の間、アダムとシンシアには今後の夜の警備体制について話し合ってもらっているが、あいつらちゃんとやっているだろうか。あの二人は、僕がいないとすぐだらけるから……)


 オルランドは隊長室に辿り着く。金属製の取手を掴み、扉を開ける。


「アダム、シンシア、戻ったぞ」


 部屋には、豪勢なテーブルが一つに、大きなソファーが三つ。足元には赤い絨毯じゅうたんが広がっている。


 オルランドが辺りを見渡すと、そこには——


 ソファーに転がって寝ている大男と、ぼーっと天井を見上げながら長い髪をもてあそぶ女がいる。


「予想以上のだらけっぷりだ!」


 大声を上げるオルランド。


「あら、おかえり」


 天井を見上げていた女が、声を掛けてくる。黒く艶のある直毛に、目の上で切り揃えられた前髪。長い脚を組み替えて、一重の黒い瞳でオルランドを見る。


「シンシア! 何も話し合ってないではないか!」

「だって、アダムが寝ちゃったんだもの」


 シンシアは、あごで寝ている男を指し示す。


「おい! アダム! 寝るな!」


 アダムの頬を叩く。


「んん……イヴ……」


 アダムは寝ぼけながら、オルランドの首に腕を回す。


「違う! 僕だ! 離れろ!」


 腕を振りほどこうとするが、びくともしない。逆にますます身体が近づき、オルランドは小さく声を上げる。


「……乳繰ちちくり合うなら他所でやってくれないかしら」


 冷たい目で、シンシアがオルランドを見る。


「乳繰り合ってない! シンシアも見てないでこの馬鹿を起こしてくれ!」


 叫び声に反応したのか、アダムが目を開ける。大きな欠伸あくびをして上体を起こし、オルランドへと向き直る。


「……あ、オルランド戻ってきたんだ。帰っていいか? もう二時間もイヴと離れてるんだ」

「私も帰りたいわ。最近、子猫を飼い始めたのよ。片時も離れたくないわ」

「夜の警備の詳細しょうさいは決まったのか?」

「いいえ、何も」

「君たちってやつは……」


 頭を抱え、オルランドは目を閉じる。


「オルランドが決めてくれればいい。俺はそれに全て従う」


 全く興味なさそうに、アダムが口にする。


「だからといってなあ……」


 オルランドは溜息を吐くと、真面目な顔を作る。


「いいか? 二年前に前ロサ隊隊長が退役して、王都騎士団は新体制になったものの、本来はアダム、次期王である君がロサの隊長になるはずだったんだぞ? それを君がどうしてもダリア隊がいいと駄々をこねるから、仕方なく僕が代わりにやっているというのに……」

「はやくイヴの所に帰りたい……」

「こら、話を聞け」


 アダムのひたいを小突き、オルランドは続ける。


「しかし……あれだ。猊下げいかの容体は、君が付きっ切りになるほど、良くないのか……?」

「ん……まあ……最近は、ずっと寝てるかな……」

「そうか……それは心配だな……」


 オルランドが肩を落とすと、シンシアが口をはさむ。


「私の子猫も、ずっと寝てばかりなの……心配だわ。帰っていいかしら」

「子猫って元々そういう生き物だよな!?」


 アダムからもシンシアからも、やる気が全く感じられない。オルランドは彼らを嗜めるような口調で、発言する。


「全く……君たちというやつは。僕たち王都騎士団は、エディリアの王から命を受け、人々を害する悪霊デーモンと戦い、この地に安寧あんねいをもたらすために結成された騎士団だ! ダリア隊、リリウム隊の隊長である君たちがそんな態度でどうする! 天使にも申し訳が立たないだろう!」

「天使ねえ……天使なんて本当にいるのかねえ……」


 アダムが、面倒くさそうに呟く。


「アダム、また君はそれか。君が持ち歩いているその剣。それこそ天使が自らの骨で作り上げた対悪霊デーモン用の武器ではないか。それが証明だ。我々が悪霊デーモンを狩ることによって武器の所有者である天使の力も強まる。その力でエディリアを守ってくださるのだぞ」

「じゃあ、エディリアはその天使様とやらに見捨てられたのかな。そのせいで悪霊デーモンは増え放題だ」

「そんなことは……何か原因がきっとあるはずだ」


 とは言ったものの、原因は全く解らない。災害があったわけでもなく、王都はいつもと変わらない。何でもいいから、悪霊デーモンに関する情報が欲しいところだ。


「……そう言えば、アダム。君に聞きたいことがあった」

「何だ?」

「先日の魔宴サバトでのことだ。事後処理は全てダリア隊に任せたが、何か解ったことはあったか?」

「特には。捕らえたものは全員始末した。が、開催者は取り逃がしたようだ」

「ライラ……正体不明の魔女ウィッチ、か」

「ああ、そうだ。オルランドに見せようと思って持ってきたんだった」


 そう言うと、アダムはふところから短剣を取り出す。つかに薔薇の装飾が施された、美しい短剣だ。


「この短剣は現場に残されていたものだ。もしかしたら、ライラの持ち物かもしれない」

「……ちょっと見せてもらってもいいか」

「ああ、構わないぞ」


 オルランドは、まじまじと短剣を見つめ、薔薇の装飾を指でなぞる。


「…………」

「何か気になるのか?」

「いや、少しだけ。見覚えがあるような……」

「ふうん。なんならロサ隊で預かってくれていいぞ」

「ああ……」


 オルランドは、無表情で頷く。


「あとはあれかな。魔宴サバトに参加していた学生二人。士官学校二年、クロエとアリス。この二人が魔女ウィッチである可能性は低いが、念のためしばらく監視をつけることにした」

「そうか……アリス……ってアレだよな? セト殿下の……」

「ああ。次から次へと問題だらけだ」


 アダムは大きく伸びをし、豪奢ごうしゃなソファーへともたれ掛かる。


「何でもいいわ……私は、やるべきことをやるだけだから」


 シンシアは立ち上がり、扉の方へと向かう。


「もういいわよね? 今日は終わりってことで」

「あ、こら。シン——」


 オルランドが言い終わる前に、シンシアは部屋を出ていく。バタン、という音が耳に響く。


「……行ってしまったな」

「シンシアは自由だからな」

「お前が言うな」

「ま、オルランドがいい感じに決めておいてくれ、俺も行くわ」


 そう言うと、アダムも部屋を後にする。


 一人になったオルランドは、盛大にため息を吐いた。



◇ ◆ ◇



 隊長会議を強制的に終わらせたシンシアは、城の庭を歩いている。


 早く、子猫の匂いを嗅ぎたい。

 そう思い、城下にあるリリウム隊員の宿舎しゅくしゃへと戻る途中——


「…………」


 シンシアは立ち止まる。

 人の気配がする。

 すぐ近くの茂みの向こうだ。獲物を狩る獣のように、一切の音を立てずに覗き込む。


 見ると、恋仲と思われる男女が何やら会話をしている。男の方はロサの隊服、女の方はリリウムの隊服を着ている——どちらも、王都騎士だ。


 二人は話し終え、口付けを交わす。手を振り、男の方が去っていく。


「……戒律違反かいりついはん


 シンシアは腰に差した剣に手を添え、女の元へと向かう。



「……動くな」



 シンシアは抜剣ばっけんし、リリウム隊の女へと構える。剣身は白く、神秘的な模様が彫り込まれており、それが鋭く反射する。


「ひっ! しっ……! シンシア様!」


 目の前に急に現れたシンシアを見て、女は顔を青くする。


「リリウム隊戒律、その五。他者との性的接触は禁止……」


 冷ややかな声でシンシアは告げ、距離を詰める。


「まっ、待ってください! 話を聞いてください、シンシア様! あの人とは遊びではないんです! 私、本当に婚姻するつもりで……!」


「本気かどうかは関係ない。違反は違反。婚姻こんいんも、退役後にしか認められない」


 女は腰を抜かし、後退る。シンシアは、剣を振り上げる。


「ごめんなさい! 二度としません! 何ならリリウム隊を辞めます! だから見逃してください! いや! いやあああああ!」


 泣きながら懇願こんがんする女を、氷のような視線で見据えながら。


「リリウム隊は、一切の穢れも許さない」


 剣を振り下ろす。

 迷いのない一撃は、女の首を裂き、絶命させる。


 地面には、血が流れる。赤い川となって、足元で止まる。

 その光景をうっとりと眺めながら、剣に付着した液体を拭い、さやに納める。


「ああ、きっと、天使様は嘆いておられるんだわ……」


 天を仰ぎ、シンシアは呟く。



「このエディリアを、もっと、浄化しなくては」

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