第3章
第33話 乙女の集い Ⅰ
マラキア城内の会議室。
天井は高く、水晶のシャンデリアが垂れ下がり、輝く光が室内を照らし出す。会議卓は重厚感のある木製で、
その空間に、十人の
「今月に入ってから、エディリアで起きた
「
「この現状をどう見ているんだ? ロサ隊隊長、オルランド殿」
口々に言う官僚に対してわずかに眉をひそめ、オルランドは発言する。
「……ダリア隊の夜の見回りの強化、
「それで? 自分たちは上手くやっているとでも言いたいのかね? 被害件数がこんなにも増えていると言うのに?」
「……お言葉ですが。我らの想定以上に、
官僚たちは不満げな表情を浮かべ、言う。
「何故、
「え……? それは……不幸な人々が増えれば、新たな
「このエディリアは天使に見守られているのだぞ? 不幸な人間など存在するものか。もしも存在するとすれば、そいつの天使信仰が足りていないだけではないか」
「オルランド殿は、
「いえ、そんなことは言ってませんが……」
「とにかく、なんとしてでも
「はあ、で、その予算は……?」
「それを考えるのがロサ隊の仕事であろう」
「…………」
会議室に、振り子時計の音が鳴り響く。
「おっと。今日はこの辺までにするか。頼んだぞ、隊長殿」
「クッソ野郎どもが……」
廊下を歩きながら、一人で小さく
(どう考えても、最近の
(官僚たちとの会議の間、アダムとシンシアには今後の夜の警備体制について話し合ってもらっているが、あいつらちゃんとやっているだろうか。あの二人は、僕がいないとすぐだらけるから……)
オルランドは隊長室に辿り着く。金属製の取手を掴み、扉を開ける。
「アダム、シンシア、戻ったぞ」
部屋には、豪勢なテーブルが一つに、大きなソファーが三つ。足元には赤い
オルランドが辺りを見渡すと、そこには——
ソファーに転がって寝ている大男と、ぼーっと天井を見上げながら長い髪を
「予想以上のだらけっぷりだ!」
大声を上げるオルランド。
「あら、おかえり」
天井を見上げていた女が、声を掛けてくる。黒く艶のある直毛に、目の上で切り揃えられた前髪。長い脚を組み替えて、一重の黒い瞳でオルランドを見る。
「シンシア! 何も話し合ってないではないか!」
「だって、アダムが寝ちゃったんだもの」
シンシアは、
「おい! アダム! 寝るな!」
アダムの頬を叩く。
「んん……イヴ……」
アダムは寝ぼけながら、オルランドの首に腕を回す。
「違う! 僕だ! 離れろ!」
腕を振りほどこうとするが、びくともしない。逆にますます身体が近づき、オルランドは小さく声を上げる。
「……
冷たい目で、シンシアがオルランドを見る。
「乳繰り合ってない! シンシアも見てないでこの馬鹿を起こしてくれ!」
叫び声に反応したのか、アダムが目を開ける。大きな
「……あ、オルランド戻ってきたんだ。帰っていいか? もう二時間もイヴと離れてるんだ」
「私も帰りたいわ。最近、子猫を飼い始めたのよ。片時も離れたくないわ」
「夜の警備の
「いいえ、何も」
「君たちってやつは……」
頭を抱え、オルランドは目を閉じる。
「オルランドが決めてくれればいい。俺はそれに全て従う」
全く興味なさそうに、アダムが口にする。
「だからといってなあ……」
オルランドは溜息を吐くと、真面目な顔を作る。
「いいか? 二年前に前ロサ隊隊長が退役して、王都騎士団は新体制になったものの、本来はアダム、次期王である君がロサの隊長になるはずだったんだぞ? それを君がどうしてもダリア隊がいいと駄々をこねるから、仕方なく僕が代わりにやっているというのに……」
「はやくイヴの所に帰りたい……」
「こら、話を聞け」
アダムの
「しかし……あれだ。
「ん……まあ……最近は、ずっと寝てるかな……」
「そうか……それは心配だな……」
オルランドが肩を落とすと、シンシアが口を
「私の子猫も、ずっと寝てばかりなの……心配だわ。帰っていいかしら」
「子猫って元々そういう生き物だよな!?」
アダムからもシンシアからも、やる気が全く感じられない。オルランドは彼らを嗜めるような口調で、発言する。
「全く……君たちというやつは。僕たち王都騎士団は、エディリアの王から命を受け、人々を害する
「天使ねえ……天使なんて本当にいるのかねえ……」
アダムが、面倒くさそうに呟く。
「アダム、また君はそれか。君が持ち歩いているその剣。それこそ天使が自らの骨で作り上げた
「じゃあ、エディリアはその天使様とやらに見捨てられたのかな。そのせいで
「そんなことは……何か原因がきっとあるはずだ」
とは言ったものの、原因は全く解らない。災害があったわけでもなく、王都はいつもと変わらない。何でもいいから、
「……そう言えば、アダム。君に聞きたいことがあった」
「何だ?」
「先日の
「特には。捕らえたものは全員始末した。が、開催者は取り逃がしたようだ」
「ライラ……正体不明の
「ああ、そうだ。オルランドに見せようと思って持ってきたんだった」
そう言うと、アダムは
「この短剣は現場に残されていたものだ。もしかしたら、ライラの持ち物かもしれない」
「……ちょっと見せてもらってもいいか」
「ああ、構わないぞ」
オルランドは、まじまじと短剣を見つめ、薔薇の装飾を指でなぞる。
「…………」
「何か気になるのか?」
「いや、少しだけ。見覚えがあるような……」
「ふうん。なんならロサ隊で預かってくれていいぞ」
「ああ……」
オルランドは、無表情で頷く。
「あとはあれかな。
「そうか……アリス……ってアレだよな? セト殿下の……」
「ああ。次から次へと問題だらけだ」
アダムは大きく伸びをし、
「何でもいいわ……私は、やるべきことをやるだけだから」
シンシアは立ち上がり、扉の方へと向かう。
「もういいわよね? 今日は終わりってことで」
「あ、こら。シン——」
オルランドが言い終わる前に、シンシアは部屋を出ていく。バタン、という音が耳に響く。
「……行ってしまったな」
「シンシアは自由だからな」
「お前が言うな」
「ま、オルランドがいい感じに決めておいてくれ、俺も行くわ」
そう言うと、アダムも部屋を後にする。
一人になったオルランドは、盛大にため息を吐いた。
◇ ◆ ◇
隊長会議を強制的に終わらせたシンシアは、城の庭を歩いている。
早く、子猫の匂いを嗅ぎたい。
そう思い、城下にあるリリウム隊員の
「…………」
シンシアは立ち止まる。
人の気配がする。
すぐ近くの茂みの向こうだ。獲物を狩る獣のように、一切の音を立てずに覗き込む。
見ると、恋仲と思われる男女が何やら会話をしている。男の方はロサの隊服、女の方はリリウムの隊服を着ている——どちらも、王都騎士だ。
二人は話し終え、口付けを交わす。手を振り、男の方が去っていく。
「……
シンシアは腰に差した剣に手を添え、女の元へと向かう。
「……動くな」
シンシアは
「ひっ! しっ……! シンシア様!」
目の前に急に現れたシンシアを見て、女は顔を青くする。
「リリウム隊戒律、その五。他者との性的接触は禁止……」
冷ややかな声でシンシアは告げ、距離を詰める。
「まっ、待ってください! 話を聞いてください、シンシア様! あの人とは遊びではないんです! 私、本当に婚姻するつもりで……!」
「本気かどうかは関係ない。違反は違反。
女は腰を抜かし、後退る。シンシアは、剣を振り上げる。
「ごめんなさい! 二度としません! 何ならリリウム隊を辞めます! だから見逃してください! いや! いやあああああ!」
泣きながら
「リリウム隊は、一切の穢れも許さない」
剣を振り下ろす。
迷いのない一撃は、女の首を裂き、絶命させる。
地面には、血が流れる。赤い川となって、足元で止まる。
その光景をうっとりと眺めながら、剣に付着した液体を拭い、
「ああ、きっと、天使様は嘆いておられるんだわ……」
天を仰ぎ、シンシアは呟く。
「このエディリアを、もっと、浄化しなくては」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます