第35話 乙女の集い Ⅲ

 士官学校から歩いてすぐの、大通りに面した茶店。白い壁に、淡い黄色で模様が描かれている、可愛らしい外見。

 店に入ると、アリス達はテラス席へと案内される。周りには美しい花が植えられており、まるで小さな庭園のようだ。


「えへへへ……私、こうやって学校の後に、誰かとお茶するのって初めて……緊張しちゃう……」

「そうね……」


 実のところ、アリスも初めてである。何せアリスは士官学校に友達がいない。こんな女学生っぽいことをする機会なんてなかった。緊張しながら、メニュー表を見る。軽食や菓子、それに色々な種類の紅茶がっている。が、正直に言うとお洒落な名前すぎてどんなものか想像がつかない。


「僕も憧れてたんだ~! 僕の時代はさ、女学生が外で食事をすること自体がはしたない! みたいな感じだったからさ!」

「いつの話?」

「あ、ごめん! 何でもない! あはははは」


 何てことない、女子生徒達のお茶会。実際は、聖女セイント魔女ウィッチと、ただの女子。何とも不思議な顔触れだ。


「アリスは何にする? 私はパンケーキにしようかな。でも、また太っちゃうかな?」


 クロエの身体を見る。一部分に多めに脂肪がついてはいるが、全然太ってなんかいない。別にアリスも小さい方ではないが、全く羨ましくないかと言うと、少し嘘になる。


「私もパンケーキにするわ……」


 別にクロエの食生活を真似てみようと思ったわけではない。断じて。


「僕はカヌレにしようかな。よし、店員さん、お願いしま~す!」



 運ばれてきた菓子は、見た目も可愛らしく、味も良い。口いっぱいに広がる甘さに、幸福を感じる。


 一緒に注文した紅茶を飲みながら、オーロラが言う。


「クロエは何処に住んでいるの?」

「大通りの、肉屋さんだよ! 今度遊びに来てよ! お肉しか出せないけど!」


 すると、クロエが何か思い出したような表情をする。


「そう言えば、アリス。私、セト様にちゃんとお礼が言いたかったの。セト様、何か言ってた?」

「セト? 特に何も……」

魔宴サバトでね、危ないお姉さんに襲われたところを助けてくれたんだよ。本当に怖かった!」

「そうだったの……」


 そんなことがあったとは。セトは結局、アダムにもアリスにも、詳しいことは話してくれなかったから。


魔宴サバトってなあ~に~?」


 オーロラが聞いてくる。


(この女……)


 オーロラに苛立いらだつが、何も知らないクロエにあやしまれるといけないので突っ込めない。


「あ、ちょっとね……私、悪霊デーモンや術に少しだけ興味があって、先日、危ない集会に参加しちゃったんだ……この話は内緒にしてね」

「へえ、悪霊デーモンに興味があるんだ? 面白い子だね、クロエは」

「え! オーロラちゃんも、悪霊デーモンに興味があるの?」


 オーロラの言葉にクロエは目を輝かせる。


「ちょっと、オーロラ……」


 静止しようとするが、オーロラはにこりと笑って言う。


「大丈夫。近くに王都騎士っぽい人も見当たらないし……クロエはどうして悪霊デーモンに興味があるの?」

「そうだなあ。アリスには前に話したけど、子どもの頃は夜が寂しかったから、悪霊デーモンでもいいから話し相手になって欲しいなって思ったのと……家にあった古い本に、書いてあったの。百五十年前、イヴと戦ったと言われる大悪霊アークデーモンが……」

大悪霊アークデーモンが……?」


 もしかしたら、アークの秘密や弱点が、知れるかもしれない——

 注意深く、耳を傾ける。


「すごい美形だって」


 アリスはその場でがくりと首をれる。


「なんか私、闇の公子みたいな? そういう存在に憧れてて……うふふ」

「やめといたほうがいいと思う。ね? アリス」

「うん」


 オーロラの意見に真顔で同意する。大悪霊アークデーモンはやめておいた方がいい。確かに顔はいいが、性格が悪い。


「ええ~……」


 がっかりするクロエに、オーロラは真面目な顔をして言う。


「クロエ、男は顔や雰囲気じゃなくて、素直で思いやりがあって、真面目に金を稼いでくれる相手を選びなさい」

「なんか急におばあちゃんみたいなこと言うじゃん!?」


 実際、オーロラは百歳を超えているのだが。クロエは知るよしもない。


「というか、アリスってセト王子と婚約してるんだよね? どんな感じなのか聞きたいな~?」


 オーロラがにやにやしながら言う。そんなところまで調査済みなのか、と少し怖くなる。

 だが、いい機会だ。二人も自分以外の女子がいる状況。聞いてみたいことがある。


「……あのさ、婚約者に、距離を置こうって言われたら、どう思う?」

「フられた……?」


 クロエが答える。


「やっぱりそう思う……?」

「え!? アリス、セト王子に振られたの!? マジで!?」


 ものすごくうれしそうな声を上げ、オーロラが立ち上がる。


「ということは、この超絶美少女が自由の身ってこと⁉ 大変! 僕が捕まえなきゃ!」

「オーロラ、ちょっと五月蠅うるさい……」


 オーロラを座らせようと、服のすそを掴む。すると、テーブルに置いてあった会計表がひらり、と風に舞う。

 会計表は、大通りの中央まで飛んでいく。


「あら、いけない」


 アリスは立ち上がり、大通りへと出る。

 すると、通りすがりの少女が会計表を拾ってくれる。


 黒い帽子に、黒いワンピース。背丈は、アリスと同じぐらいだ。


「あ、すみません。ありがとうございま……」


 言い掛けて、アリスは硬直こうちょくする。


 帽子からのぞくその顔に、懐かしさを感じる。

 銀色の髪に、星空色の瞳。まるで、自分を、鏡でみているような——


 少女はアリスに会計表を押し付けると、帽子を深く被り、走り去る。


「あ……ちょっと!」


 声を掛けたが、もう姿は見えない。


「アリス? どうしたの?」


 クロエが声を掛けてくる。


「今の人、私にすごい似てた気がしたんだけど……」

「え? この世に自分に似た人は最低でも三人はいるっていう、あれ?」

「噓! アリスみたいな美少女が何人もいたら、僕は何股すればいいの!?」


 アリスがほうけていると、クロエにとんとん、と肩を叩かれる。


「気のせいじゃない? ぱっと見で似ている人なんて沢山いるよ」

「そう……よね……」


 胸のざわつきを感じながらも、アリスは席へと戻った。

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