第28話 連星と息吹 Ⅱ

 教壇きょうだんに立つ教師の隣に、女の子が二人。


 二人は、鏡のように完璧にそっくりだ。

 違うところは、ちょこんと結った長い銀色の髪に結んである、リボンの色だけ。


「今日から、新しく皆さんと一緒にお勉強する、アリスさんと、リリスさんです」


 教師が言うと、青いリボンの方が、元気よく挨拶する。


「アリスです! 一番お家に近かった学校が廃校になっちゃったので、今日からここに通います! よろしくお願いします! ほら、リリスも!」


 赤いリボンの方は、一言だけ発する。


「……お願いします」


 どうやら、青のリボンがアリス、赤のリボンがリリス、のようだ。


「可愛い~!」

「そっくり! お人形さんみたい!」


 生徒達が口々に感想を述べる。



 ——この日から、二人は修道院学校で、セトよりも注目を集めるようになった。


 セトに嫌がらせをしていた児童たちの興味も、セトからアリス達へと移り、セトは少しだけ安心して、学校に通えるようになった。


 アリスとリリスはそっくりだが、性格は随分ずいぶん違うようだ。

 姉のアリスは明るかった。お洒落で、歌が上手で、すぐに学校中の子がアリスのことを好きになった。

 一方で、妹のリリスは変わっていた。あまり人と積極的に関わらず、いつもぼーっと遠くを見ていた。


 セトには、アリスと言う存在はまぶしすぎた。自分とは、別の世界に生きている人間なんだろうな、と感じていた。

 どちらかというと、セトが興味をかれたのは、リリスの方だった。



 休み時間中。リリスが一人、木の下でしゃがみ込んでいる。

 何をしているのか気になって、近くに行ってのぞき込む。

 リリスは木の棒を持って、ありの巣穴に土を入れていた。


「な、何してるの……?」


 セトはリリスに話しかける。


「……蟻の家をふさいでる」


 リリスは真顔で答える。


「か、かわいそうだよ……」

「どうして? 蟻なのに?」

「リリスだって、お家に入れなくなったら、嫌だろ……?」

「…………」


 リリスは眉間にしわを寄せる。そして、納得がいったのか、顔を上げる。


「たしかに」


 蟻の巣に詰めた土を取り除くリリス。本当に、変わっている。

 蟻を見ていたリリスの顔が、セトの方へと向く。思わず、ドキリとする。


「セトは優しい」


 リリスが微笑む。


 ——笑うと、本当に綺麗だ。


 太陽みたいにキラキラと笑うアリスとは対照的に、リリスは月みたいに優しく微笑む子だ。学校中の男子はアリスに夢中だが、セトはアリスよりも、リリスの方が綺麗だと思う。


「そんなことは……普通だと、思う」


 真っ赤になってセトは答える。


「私はそう思った。それだけ」


 そう言うとリリスは、蟻の観察かんさつを続ける。

 セトも一緒になって蟻をながめていると、何やら向こう側で子どもたちが騒いでいる。



「やめてよ!」



 アリスが大声を出している。見ると、頭のリボンを押さえている。

 かつてセトにも嫌がらせをしていた男子児童が、アリスのリボンを取ろうとしているようだ。


「お前ら、実はこれで入れ替わってるんだろう?」

「何それ? わけわかんないんだけど!」


 アリスは頬をふくらませる。


「そうだよ~! アリスちゃんはアリスちゃんだよ!」

「何言ってんの? ほんと、男って馬鹿」

「アリスちゃんに構って欲しいだけでしょ? わかりやすいよね~」


 周りにいる女の子たちはアリスの味方のようだ。

 図星ずぼしだったのか、男子児童はムキになる。


「じゃあ、お前がアリスだって証拠を見せてみろよ!」

「はあ? 何それ——」


 アリスが言いかけると、リリスが立ち上がる。

 そして、花壇かだん用の肥料が入ったバケツを掴むと、そのまま男子児童にぶちまける。



「ぎゃあああああ!」



 辺りは騒然そうぜんとする。


「な、なにするんだこの野郎!」


 半泣きで言う男子児童。


「アリスに意地悪する奴は、私が許さない」


 リリスはゴミを見るような冷たい目をして、言う。


「……うわあああん、先生~!」


 男子児童は、泣きながらその場からいなくなる。

 セトは唖然あぜんとした。周りの皆も、口を開けたまま突っ立っている。


「リっ、リリス! やりすぎ!」


 アリスが焦って、リリスに抱きつく。


「どうして? このぐらいやらないと効果はない」

「はあ……リリスはそうやって……」


 アリスは頭を抱える。


「助けてくれてありがとう……でも、一緒に謝りにいこうね?」

「……うん」


 リリスが頷くと、アリスは笑顔になる。



 ——アリスがリリスを引っ張って、リリスがアリスを守る。


 二人はいつでもそんな感じだった。

 双子と言うのは、こういうものなのだろうか。お互いの欠点をいつも補い合っていた。

 羨ましかった。

 自分にも、そんな相手がいたらいいのにと、思った。


 アリスに手を引かれるリリスを、セトは見つめる。

 リリスはこちらの視線に気が付いて、舌を出す。


 本当は、全く反省していないのだ。

 可笑おかしくて、自然と笑みがこぼれてしまう。


 いつしかセトは、いつもリリスを目で追っていた。

 初恋、だったのだと思う。

 そんなセトの初恋は、最悪な形で終わりを告げた。



「悲しいお知らせがあります……リリスさんが、亡くなりました」



 教師が何を言っているのか、理解ができない。

 だが、教師は淡々たんたんと、説明を続ける。


「昨日の夜中、アリスさん達のお父様のご病気が悪化して、家族で馬車で病院に向かったところ、事故にったそうです。お父様はそのまま……お母様とリリスさんも、助からなかったそうです。唯一、アリスさんだけが軽傷で、今、病院で手当てを受けています」


 教室内は静まり返る。突然の訃報ふほうに誰もが口をつぐむ。

 セトも衝撃を受け、目の前がぼやける。


 しばらくして、誰かが口を開く。


「アリスちゃんが戻ってきたら、今まで通り、接しよう」


 皆が賛同さんどうする。自分たちにできることは、それぐらいだったから。


 アリスは——どうなったのだろうか。

 受け入れたくない。リリスに、あの笑顔に、もう二度と会えないなんて。


 セトですら心に穴が開いたような気分なのだ。

 急に家族を三人も失くして、特に、自身の片割れのような存在だったリリスを失くして、正気でいられるのだろうか——



 数週間後のある日。いつものように修道院学校に登校したセトは、教室の雰囲気が少し違うことに気が付く。

 見ると、アリスの席に人がいる。アリスが登校してきたのだ。


 だが、席に座っていたのは、ではなかった。


 アリス——は無表情で、ただ、前だけを見ている。

 星屑ほしくずのように輝いていた瞳はくもり、友達が来ても、笑顔一つ見せない。


 本当に、人形のようになってしまった。


 最初こそ皆が声を掛けたが、軽く返事をするだけで、表情は変わらない。

 だんだんと、アリスの周りには人がいなくなっていく。

 

 セトはその姿を見て——興奮した。

 

 あんなに幸せそうだった子が、なんてかわいそうなんだろう。

 大切な人を失う辛さは痛いほど知っている。

 きっとセトなら、アリスの寂しさを、解ってやれる。



 アリスならば、セトの寂しさを解ってくれるのではないか——



 その後、アリスは少しずつ表情を取り戻していったが、人と深く関わることはなくなった。

 セトとアリスの関係は変わらぬまま、修道院学校を卒業。

 士官学校入学前、セトに縁談えんだんが持ち上がる。第一王子が未だ婚姻こんいんしていないこともあり、無理強いはされないのだが、一六歳ぐらいになるとそういう話が出るのだ。


 何十人もの娘の名前を出されたが、それは全て断る。代わりに、アリスとなら考えてもいい、とだけ伝える。


 アリスに話が行き、婚約は成立した。


 素直に嬉しかった。


 アリスの傷ついた心をどうにかできる自信はなかったが、これからはアリスと二人でやっていける。もう一人では、なくなるのだと。


 だが、現実はそう上手くはいかない。


 アリスは、二人きりになっても何も聞いてこない。話題を切り出しても、そうね、としか言わない。きっとアリスは、セトに何の興味も持っていない。ただ、今後の生活を不安に思い、婚約するという選択肢を取っただけなのだろう。


 理解はできる。両親を失った騎士の娘が、王家からの縁談を断るなんて、普通だったらありえない。

 それでも、もう少し関心を持ってくれてもいいのではないか——


 そんな希望は、同年の天使降臨祭にて砕けた。



 祭典の当日。セトはマラキア城の聖堂の最前列で、天使に誓約せいやくを宣言する兄のイヴを見守る。アリスも、セトの許嫁いいなずけとして儀式に初参加している。

 イヴが主祭壇しゅさいだんへと現れる。王家の者たちが、一斉に膝をつく。


 そんな中で、アリスだけが一人、突っ立っている。


「……? おい、アリス!」


 小声で、アリスをたしなめる。が、その表情を見て、唖然あぜんとする。



 アリスは泣いていた。

 両親や、リリスが亡くなった後も、表情を崩さなかったアリスが。



 セトは察する。アリスが結婚を承諾しょうだくしたのは、このためだったのだと。

 結局、セトはダシに使われたのだ。

 兄も、アリスも、所詮はイヴしか見ていない。



 ——己の中で、何かが崩れ落ちた音がした。



 それからセトは、アリスに冷たく当たるようになった。

 不安も怒りも全部ぶつけたし、ひどい言葉も言った気がする。


 しかし、アリスは何を言っても反応しない。ただ、無表情でうつむくだけだ。

 もっと、ちゃんと、怒ったり泣いたりしてほしいのに。



 そうしたら、ちゃんと話し合って、変われるかもしれないのに——



* * *



 朝になり、セトはマラキア城の廊下を歩く。

 向かいから足音が近づいてくる。この歩き方は——アリスだ。


「あ、おはよう」


 アリスが何事もなかったかのように挨拶をしてくる。


「ん……」


 しばし沈黙が流れる。すると、アリスが口を開く。


「私、一度部屋に戻って準備したら、そのまま帰るから、じゃあ……」

「……アリス!」


 セトはアリスを引き留める。アリスは不思議そうな顔をしてセトを見ている。


「……何?」

「あのさ」


 セトは暗い表情のまま、続ける。


「お前、俺に隠してること、あるだろ? 昔も、今も……」


 アリスは眉をひそめてしばらく黙るが、


「……特にないと思うけど?」


 と、表情を変えずに言う。

 その言葉を聞いて、セトは決断する。


「アリス……俺達、しばらく、距離を置こう」


 アリスはきょとんとする。


「距離?」

「うん。もう一度、俺達、本当にこのまま一緒になっていいか、考える必要があると思う」


 そう言って、アリスの肩を叩き、そのまま立ち去る。


 アリスは呆然ぼうぜんとしていた。が、追いかけては来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る