第21話 夜の魔女 Ⅱ

「クロエ? どこ行っちゃったの? クロエ!」


 アリスはクロエを探す。だが、来た時よりも人が増えている。クロエと同じような格好をした人が多すぎて、探し出すのが困難だ。


「クロエ!」


 声を張り上げるが、返事はない。もう一度名前を呼ぼうとした、刹那——


 会場の明かりが全て消える。

 ざわつく人々。真っ暗で何も見えない。


(えっ? 何? 何が起きたの?)


 クロエを探すどころではなくなって焦るアリス。

 しばらくすると、屋敷内に、透明感のある可愛らしい声が響き渡る。


「え~、こほん。本日はお集まりいただきありがとうございます」


 屋敷の一部分だけに明かりがともる。そこに現れた人物に、アリスは目を見張る。

 見た限り、アリスよりも幼いか、変わらないぐらいの女の子だ。


「はじめましての方ははじめまして。お久しぶりの方はお久しぶり。僕が大悪霊アークデーモン魔女ウィッチ、ライラで~す!」


 ぱっちりとした黄玉の瞳に、こじんまりとした身体つき。燃えるような赤い髪を頭の高い位置でひとつ結びにし、ぴょこんと揺らしている。絶世の美女といった感じではないが、透き通る声と愛らしい姿で、士官学校にいたとしたら人気がありそうだ。修道服にも見える黒いワンピースを身にまとい、そのスカートをふわりと持ち上げて挨拶する。


「今から、死者蘇生ししゃそせいの禁術をやりたいと思います!」


 ライラというらしい魔女ウィッチは軽い口調で、楽しげに話し始める。

 アリスはクロエを探すことを忘れて、見入る。


「禁術というのはですね~、簡単に言いますと、霊だけでなく魂に干渉するものです。魂は人間が生まれつき持っているとされる本質的な存在であり、神様に与えられたものですからね! 手を出すとえらい目に遭うわけですよ。まあ、今から手を出すんですけどね!」


 笑いが起きる。その雰囲気に、アリスは動揺する。

 ライラの元に、台車で何かが運ばれてくる。布が掛けられているので、何かは解らない。

 台車の前に立つと、ライラはまるで手品を披露ひろうするかのように、仰々ぎょうぎょうしく華麗な手つきで布を取る。


「じゃじゃ~ん! ここに、女性の亡骸なきがらを用意しました!」


 二十代ぐらいの、若い女の死体だ。黒い髪に白い肌。眠っているような、綺麗な姿。それでも強烈な違和感と喪失感を覚え、アリスは恐怖する。

 ライラは目の前に死体がある状態でも、明るい口調を崩さず話し続ける。


「人間は肉体・霊・魂からなる存在! 霊はなくても何とかなりますが、魂がないと身体は動きません。なので、今から魂を入れていきたいと思います!」


 魂を入れるとは、どうするのだろうか。まさか、死の国や天の国から連れてくるとでもいうのか。アリスは恐怖を抑え、注意深く観察する。


「誰かこの中で魂をくれる人はいますか~?」

(ええっ⁉)


 元気いっぱいにライラが呼びかける。

 人々がざわつく。すると、屋敷の中央より左側、一人、手を挙げる者がいる。


「やった~! さあさ、前へ!」


 手を挙げた人物は前へ出る。フードを深く被っていて、表情は解らない。その人物と向き合うライラ。


「何か、言い残すことはありますか?」

「……ありません」


 声から察するに、若い男のようだ。

 ライラは男を抱きしめて、ささやく。


「ありがとう、愛してるよ」


 男から少し離れて、ライラは右手を男のみぞおち辺りに添える。

 すると、ライラの手が男の身体の中へと入る。思わず悲鳴を上げそうになったが、すんでの所で耐える。


 ライラが体内をいじってから手を引き抜くと、男はその場に崩れ落ちる。ライラの手には、見えない何かがある。


 目視もくしはできない。だが、確かに『何か』がある——


 周囲がどよめく。


「魂を取り出すことができるなんて……」

「あれが大悪霊アークデーモンの力なの?」


 各々が感じたことを口にしている。


「さあ、魂を入れます」


 ライラはそう言うと、今度は女の死体の中に手を入れる。

 しばらく沈黙が続く。

 すると、死体が目を開け、上体を起こす。


「……誰?」


 先程まで『死体』だったものが、言葉を発する。

 アリスは驚愕きょうがくする。自分の足が震えているのが解る。会場は大いに沸く。


「すごい! 本当に死体が生き返った!」

「人格や記憶はどうなっているのですか?」

「ライラ様、私の恋人も生き返らせることは可能でしょうか⁉」


 質問が飛び交う。アリスは人の波に潰されそうになる。


「はいは~い。順番にって……ん?」



「うう……うああ……」



 ライラは魔女ウィッチたちの質問に答えようしたが、生き返った女が苦しみ始める。

 人々が騒然とする。


「ありゃりゃ? 魂が上手く定着してないかな? えっと、この術はねー、肉体と魂の相性が悪いと、上手くいかないんだよね! そして失敗すると……」



「うぎゃあああああ!」



 女の悲痛な叫び声が響く。聞いていられず、アリスは耳を塞ぐ。

 ドサッ——と音を立てて落ち、女は動かなくなる。

 静まり返る会場。

 女の身体が黒いもやに覆われていく。


 ——この光景は、何度見ても慣れるものではない。


 黒いもやは女の肉を喰い、ドロドロとした触手へと変わる。みるみるうちに骨へと絡み付き——


「残念! 狂悪霊インセインデーモンになってしまいました!」


 ライラは舌を可愛く出して、自分の頭をこつん、と叩く。


「まあまあ、魔女ウィッチの皆さまは既に霊がないので、狂悪霊インセインデーモンに襲われたりしないですから。冷静にね!」


 ライラの横にいる狂悪霊インセインデーモンうめき、アリスの方を向く。


「……え?」


 アリスが後退ると、ライラはにやり、と笑う。


「あら……悪い子がいたみたいですねえ……?」


 幼い頃、絵本で見た——魔女ウィッチの微笑み。



「だめじゃない。魔女ウィッチじゃないのに、こんなことろに来たら……」



 狂悪霊インセインデーモンは咆哮し、胴体から何本も生やした脚でバタバタと地面を蹴り、アリス目がけて突進してくる。周りの魔女ウィッチから歓声が上がる。ライラの用意した演出だとでも思っているのだろうか。


 アリスは会場の外へと飛び出す。屋敷の庭を抜けて、木々が生い茂る方へと逃げ込む。追ってくるのは、狂悪霊インセインデーモンだけだ。


「エクス‼」


 アリスが叫ぶと、頭上からエクスが現れる。


「何でお前、急に狂悪霊インセインデーモンに襲われてんだ?」

「私が聞きたいわよ! もう!」


 アリスは、エクスへと手を伸ばす。


「……こいつを倒す!」

 

 アリスとエクスは手を取り合い——剣へと姿を変えたエクスを構えた。

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