第20話 夜の魔女 Ⅰ

 アリスとクロエは屋敷の内部へと進む。


 高い天井に、くすんだシャンデリアのある空間へと出る。暖炉の炎がゆらゆらと揺れ、やわらかな光と暖かさがある。家具は上質な木材で作られ、壁には美術作品や絵画が掛けられている。そこそこ裕福な人が暮らしていたのだろう。少し埃っぽくはあるが、普通の屋敷だ。


「うわあ、広い。なんだか舞踏会に来たみたい」


 クロエが感嘆かんたんの声をあげる。

 会場を見渡すと、既に人がいる。一人で壁に寄りかかっている者もいれば、和やかに会話をしている集団もいる。年寄りから若者、男も女も入り乱れている。

 

 この者たち全員が、魔女ウィッチなのだろうか——


「わ、私、場違いじゃないかな? なんかゴミみたいな女がいるって周りに思われてないかな?」


 クロエが小声で、不安感を打ち明ける。


「クロエ、私から離れないで」

「う、うん。わかった」


 とは言ったものの、初めての場所だ。アリスもどうしていいか解らない。とりあえず、他人の邪魔にならないようにと、壁際に二人で立つ。


「こういうとき、陰気な性格って困るよね……」


 クロエがつぶやく。アリスもそれには同意だ。



 しばらくすると、二人組の女性がアリスとクロエの目の前に現れる。


 三十代ぐらいだろうか。口元を布で覆った背の高い女と、片目を髪で隠した女だ。

 背の高い女が、アリス達に声を掛ける。


「ごきげんよう。お二人とも、ずいぶんお若そうね」

「はっ、はひっ! こんばんは! ええっと、これでも二十歳は越えてて……」


 クロエが適当にごまかす。十代だと言ったら家に帰されるかもしれないし、仕方がない。


魔宴サバトに参加するのは初めてかしら?」


 片目を髪で隠した女が問う。


「はえっ、はい!」


 クロエが調子はずれな声で答える。


「そう。私たちは三回目なの。今日は死者蘇生ししゃそせいの禁術を見に来たのよ」

「ライラ様はいつも私たちに刺激的な話題を提供して下さるわ」


「ライラ様……?」


 初めて聞く名前に、アリスは首を傾げる。


「本日の主催者の名前よ。大悪霊アークデーモンと契約した魔女ウィッチなの」

大悪霊アークデーモンと契約……って何ですか?」


 クロエが質問すると、背の高い女はにこやかに答える。


「百五十年前、歴代最強のイヴと戦ったといわれる、あの大悪霊アークデーモンよ」

「ああ、その伝承は有名ですよね。王都に大災害をもたらした大悪霊アークデーモンが、当時のイヴに退けられたっていう……」


 クロエの反応を見て、女はクスクスと笑う。そして、妖しげな表情で言う。


「本当は違うのよ」

「えっ?」

「実際には、退けられてなんかいないの。大悪霊アークデーモンはイヴを殺し、その時代の王都騎士団も壊滅させた。その後、ぱったりと目撃情報がなくなったのをいいことに、王家が『退けた』ってことにして、民を安心させただけ」

「じゃあ、大悪霊アークデーモンは今も普通にエディリアにいるかもしれないってことですか……?」


 クロエが不安げに、しかしどこか期待した目で言う。


「そういうこと。そして、その大悪霊アークデーモンの契約者がライラ様って話よ」

「まあ、本当か嘘かはわからないけどね」


 片目を隠した女が笑う。


「他に何か聞きたいことはある? 私、交霊術ゴエティアには結構詳しいのよ」


 背の高い女は優しげに言う。


「あ……」


 アリスはここへ来た目的を思い出す。マラキア城の聖堂の扉にかかっている術のことが聞けるかもしれない。


「あの、扉を開かなくする術について、知っていることはないですか?」


 アリスの質問に、背の高い女は意外そうな顔をする。


施錠ロック? それなら初歩的な術よ」

「簡単なんですか?」

「ええ。神動術テウルギアでも交霊術ゴエティアでも可能よ。誰にでもできるから、誰にでも解除できてしまう。故に、あまり使われることはないわ」


「天使には解除できないとかありますか?」


 アリスが問うと、女は目をぱちくりさせる。そして、大きな声で笑う。


「貴女、面白いことを言うのね。天使に会ったことはないから、これは推測になるけれど——天使に解除できない術なんて、それこそ禁術しかないんじゃないかしら」

「禁術……」


 聞きなれない言葉に戦慄せんりつする。


「そして、禁術を使える人間は限られている。素質のない者が使えば、すぐに魂が壊れてしまうわ。それこそ、今ここにいる中では、ライラ様ぐらいにしか扱えないんじゃないかしら」

「はあ……」


 ふと、アリスは横を見る。さっきまで隣にいたはずのクロエと、片目を隠した女がいない。


「あれ? クロエ? クロエは?」

「あら、二人とも何処にいったのかしら。さっきまでいたのにね」


「すみません、探してきます!」


 アリスは話していた女と別れ、屋敷の奥へと足を進めた。

 

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