第117話 エジルダーナの森

 


 大森林エジルダーナへ向かう道中は極めてのどかだ。

 途中で野生のオークが現れるも、これだけ錚々たる面子である。


 特にリュンは馬車の中でも弓を構え、超精密狙撃でオーク達を射貫いた。

 しかも彼女の弓矢は聖武器だ。

 矢は一度使用しても自動的に持ち主に戻るという補正があり、ほぼ無限に撃つことを可能とする強力な武器だ。


「魔法と違い魔力を消費することもないし……凄いな。フリーになった時、他のパーティから声が掛かったんじゃないか?」


「まぁな……けど全て断った。私はどうしても【集結の絆】に入りたかったからな」


 フッと柔らかく微笑んで見せる、リュン。

 可愛い、てか綺麗だ。エルフ特有の美しさもあり、つい見惚れてしまう。

 けど俺達がいい雰囲気だと決まって背後から視線が突き刺さる。

 特に団員の女子達からだ。


 そして夜は移動を止め、野営することにした。


 ここで活躍するのが支援役サポーターのセナだ。

 流石は第三の原作ヒロインだけあり、ささっとテントを設営し同時に夕食の支度もしてくれる。

 セナだけにやらせるのも申し訳ないと、シャノンやシズクなど手先が器用な団員達も手伝っていた。


 戦闘専門の俺は、彼女達の邪魔にならないようぼーっと待機している。

 そんな時。


「――アルフレッド君、少し二人で話してもいいかな?」


 勇者テスラが声を掛けてきた。

 俺は「ああ」と返答し、離れた場所で二人っきりとなる。


「なんだい、話って?」


「ああ、キミには報告する義務があると思ってね……母、ウェンディのことだが――」


 そう言い、テスラは詳細を説明してきた。


 元第二王妃で悪役婦人だった、テスラの母ことウェンディ。

 追放されてから、俺の要望通りに修道院でゼルネスと二人で暮らしているらしい。

 無論、修道院は女性の聖職者が神に身を捧げ仕えるために修練する、本来なら男禁制の聖なる場所である。


 だがゼルネスは人の目を欺くことに長けた超一流の暗殺者アサシンだ。

 得意の変装スキルを活かし、普段はウェンディに仕える侍女として姿を変えているとか。


「修道院は共同生活だが、母だけは個室が設けられている。そこでゼルネスが世話をしている形だ。言っとくけど特別扱いじゃないよ。真っ当なシスター達への配慮さ。あんな母でも嘗ては王妃だったからね……現に礼拝集会以外は部屋から出ることを禁じられている。所謂、幽閉されている環境だ」


 周囲に配慮された相当厳しい環境に身を置かれているようだ。

 話を聞く限り、修道院という名の牢獄というところか。


「……テスラは会いに行ってないのか?」


「それは父に禁止されている。無論、僕も会うつもりはない……が、手紙だけは唯一許されている。と言ってもゼルネスを介してだけどね」


 ゼルネスは司法取引により、ウェンディの世話をしつつ監視役としてテスラに定期報告する義務が課せられているとか。

 ちなみに手紙では、ウェンディはテスラが次期国王に決定されたことを歓喜していると書かれているらしい。


「……結局、願ったり叶ったりじゃないか。最初から余計なことしなければずっと王妃でいられたのにな」


 強欲が祟って自爆したようなもんだろ、知らんけど。

 俺の皮肉めいた言葉に、テスラは「まったく、その通りさ」と同意して頷く。


「どの道、他にも不正をやらかしていた人だ。裁かれるのも時間の問題だったろう……それでも僕にとっては母親だ。寛大な配慮をしてくれた、アルフレッド君には心から感謝しているんだ」


「別に俺は……半分はラウルのためでもある」


「キミらしいね。兄さんも幸せだろう……僕もキミを見習い、同じ勇者として自分を見つめ直している最中だ。兄さんに託された次期国王として恥じぬようにね」


 勇者をやりながら国王か……内心じゃ面倒がっている俺なんかでは想像もつかない大業だな。

 けど今のテスラなら充分に成し遂げてくれそうだ。



◇◆◇



 こうして五日後。

 俺達はようやくエジルダーナの大森林へと到着した。


 寧ろここからが本番だ。


 複数の山々に囲まれた森林地帯。目の前ではぶっ太い木々が不規則に並び覆う、樹海とも言える。

 馬車で進むのは不可能なので、フィーヤが《移動転移魔法トランジション》でルミリオ王国に戻した。


「もうマーキングしたので、いつでも行き来ができるでしょう」


「流石、フィーヤ様。超勉強になる、うん」


 パールはすっかりフィーヤを先輩魔法士ソーサラーとして尊敬し師匠のように慕っている。

 まぁパールも《移動転移魔法トランジション》を覚えてくれたら、俺達の移動も楽になるだろう。


 間もなくして俺達は森の中へと踏み入れた。


 他種族の侵入を禁じているだけあり足場が悪い。

 コミック版のローグ達は平然と歩いていただけに、俺としては「聞いてないよ!」の心境だ。


「――気をつけて! モンスターが潜んでいるわ!」


 斥候役のピコが俺の周りを飛び交いながら教えてくる。


「モンスターだと? 侵入禁止なのにか?」


「エジルダーナはモンスターも自然の一部だと認識している。現に連中は森を荒らすことはしないからな……だがエルフ族にとっては自分らの有害な存在は見つけ次第、狩るようにしている筈だ」


 リュンがそう説明してくる。要は野生動物扱いってところか。

 けど保護動物ではないので、襲ってくればキルしても良いらしい。


 すると草木が揺れ、複数のモンスターが現れる。

 ゴブリンとオークだ。それぞれ五体ほどおり、その手には棍棒や斧などが握られている。

 連中は俺達を目視すると、「ウガァァ!」と吠えて総出で襲い掛かってきた。

 この分厚い最強メンバーの前で随分と無謀な連中だ。


「私が相手を致そう!」


 などと思っていたら、刀剣術士フェンサーのカナデが真っ先に疾走する。

 一気にモンスターとの距離を縮めると、鞘から『無幻刀』を抜き、舞う如く華麗に刀剣を振るった。


「肆ノ刃――《残月》!」


 それは超高速による二段同時斬りだった。


 まるで刀身が増えたように、ゴブリンとオーク達は斬り刻まれていく。

 格の違いもあり、あっという間に戦いを終わらせた。


「カナデ、流石だな。けど一人で突っ走る必要はないぞ?」


「わかっております、アルフ団長! しかし私とてリュン殿に負けられませぬ故!」


 やたら意気込みを見せる、推しのサムライガール。

 彼女は何を意識しているんだ? リュンのことライバル視しているのだろうか?


「……カナデの気持ちはボクにもわかるよ。所謂、キャラ被り問題だね、うひひひ」


 ソーリアはわざわざ俺の背後で薄ら笑いを浮かべている。

 てかソーリアよ。お前、セナとは「ボクっ娘」以外で一切被っているところねーからな。



 さらに奥へと進むこと数時間。


「……先程から誰かに見張られているようだね」


 テスラが周囲を見渡しながら言ってくる。

 彼は何かスキルを持っているのか、俺にはわからない。

 すると不意に一本の矢が飛んできて、足元の地面に突き刺さった。


「うおっ、危ねぇ!」


 つい反応しびびってしまう、俺。

 けどわかる。これはわざと外された威嚇攻撃だ。


「――人族共よ! この聖なる森は、お前達の踏み込める領域ではない! 我らとの不可侵条約を忘れたのか!? すぐさま引き返せぇぇぇ!」


 高い木々の上から怒号を上げる女性の声。

 一人だけじゃない。それぞれの木々に複数の者達が枝の上で俺達を見ている。

 それぞれが先端を尖らせた長い耳を持つ種族達だ。


 間違いない、エルフ族だ。


 中でも矢を放ち、威嚇してきたのは中央の隆々とした枝の上に立つ少女。

 真っ白い肌に金色の長い髪を後ろで結んでいる。

 スレンダーな体形に身軽で動きやすく肌の露出が多い衣服。


 顔立ちはどことなく、リュンに似ている。

 ってことは、この子が「リュナ」か?


 原作でローグに泣かされ土下座までさせられ、頭まで踏みつけられた可哀想なエルフっ子だ――。

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