第116話 最後のヒロイン



 エルフ族の集落があるエジルダーナを調査するための打合せは続いている。

 っと言ってもほとんど雑談に華を咲かすばかりだった。


「――ザック率いる【戦狼の牙】は、今では白金プラチナクラスの集団クランとして昇格し、オルセアを牽引する一大組織まで成り上がっている」


「ザックか……あの白狼系獣人族ホワイトウルフ、少しはとっつきやすくなったのか?」


 俺の問いに、リュンは「ああ」と頷く。


「以前より大分丸くなったよ。現に新生された【大樹の鐘】と共闘するなど、何かとベイルとエルの面倒を見てくれている」


 今ではザックも獣人族を代表とする英雄であり憧れの的だとか。


「へ~え、なんか会いたくなってきたな」


「私が旅立つ前に、ザックも同じこと言っていたよ。あの『ラダの塔』で達成した皆が変わって成長した……これも全て導いてくれたアルフのおかげだと思っている」


「俺は何も……無事で達成できたのは、みんなで協力したおかげだよ」


「アルフレッド君は相変わらずだね……そこに僕も救われたんだけどね」


 テスラは双眸を細め笑っている。彼も随分と丸くなったと思う。


「にしてもテスラ、わざわざルミリオ王国に来なくても《言霊魔法》で要請してくれても良かったのに……お前だって次期国王でもあるんだから忙しい身だろ?」


 同じ勇者とはいえ一国の王子に対してタメ口の俺。

 それだけテスラとは親交を深めあった仲だという証拠だ。


「まぁ建前上は同盟国の勇者としての協力要請だがアルフレッド君、キミに会いたかったこともある――特にリュンがね」


 テスラは四角眼鏡の奥で瞳を細めながら笑みを零し、リュンの方を見つめる。


「お、おやめください、殿下! 決してそのようなことはあったり、なかったり……ごにょごにょ」


 顔中を真っ赤にしながら指ツンし始める、リュン。

 やっぱ、しばらく見ない間にキャラが変わった気がするぞ。


「あのぅ、テスラ様達はどうやってここまで来られたんですか?」


 パールが挙手して訊いてきた。


「同じ魔法士ソーサラーとして私が答えましょう。《移動転移魔法トランジション》を使用しました」


 フィーヤが言う《移動転移魔法トランジション》とは、一度訪れた国や町にマーキングしてパーティごと転移させる超高度な上級魔法だ。

 流石は副団長しながら宮廷魔法士を務めるだけある。博学といい大した実力者だ。

 パールはフィーヤのことを尊敬しているらしく「勉強になります」とペコリと頭を下げて見せる。


「けど、フィーヤと僕もエジルダーナには行ったことがないからね。移動は馬車になるだろう……大体、五日は掛かるかな」


「これだけの大所帯だ。そこは仕方ないだろうぜ……って待てよ?」


「どうした、アルフレッド君?」


「え? いや、なんでもない少し昔を思い出してしまって……気にしないでくれ」


 そう誤魔化しつつ、俺は自分の記憶を辿る。

 まるで展開が異なっていたので、すっかり忘れてたわ。


 原作でもエジルダーナのネタがあったぞ。



◇◆◇



 ――あれはハーレム要員のヒロインが全員揃った後の話だ。


 主人公ローグは魔王軍がルミリオ王国を狙っている時期もかかわらず何故か突然、「エルフの集落を見に行きた~い!」と言い出したことから始まる。


 確か遠い親戚で妖精族フェアリーのピコが雑談の中で、


「エルフの集落に『精霊の雫スピリット・ドロップ』とう宝玉が祀られているわよ」


 と奴に教えたからだ。


 『精霊の雫スピリット・ドロップ』とは精霊王の加護を受けた由緒正しい宝玉で、天候を操り自然を豊かにする奇跡の力が宿されている。

 またその力は近隣国のルミリオ王国とオルセア神聖国の田畑に影響を及ぼし豊穣の加護ともされていた。


 そうして、のこのことエジルダーナに向かったローグ達。


 森に入った途端、当然の如くエルフ達が警戒し「何しに来た人間!?」「それ以上、森に踏み込むことは許さん!」と警戒と威嚇のため弓矢を放った。

 その行為がヒロイン達の勘に触り、シズクを始めとするメンバー全員がエルフ達をオーバーキル並みにフルボッコにする。


 ローグも早く止めてやればいいのに、「やれやれ敵じゃないのにな……」と呟きながら傍観してやがった。

 そうして仲間が倒されて激昂するエルフ戦士の隊長ことリュナが出てきた途端、ローグは目の色を変えてヒロインに制止を呼び掛けると、「いい加減にしろ! 僕達は敵じゃない! 何故、わからないんだ!? そんなに戦いたいなら僕が相手だ!」とか叫び始めた。


 いや、いい加減にするのはお前らだからな。

 エルフの皆さんは森を守るため、侵入者を追っ払いたいだけだろ?

 お前らこそ、事あるごとに武力で片付けようとする振る舞いはやめろ。


 それにローグの奴め、絶対に下心があるぞっと読者の俺は思った。


 案の定、ローグは「やれやれ不本意なんだが……」とかイキり散らかし力の差を見せつけて、リュナを泣かすほど屈服させていた。

 明らかにアポなしで侵入したローグ達が悪いのにリュナは土下座して謝罪させられ、エルフ族の集落へと案内させられる。


 そこで族長のイシリオンに会い、タメ口で『精霊の雫スピリット・ドロップ』の在処を聞き出すと、いきなり魔王軍が襲ってきて戦うことになった。

 ヒロイン達が懸命に戦う中、ローグはやたらと「ああ、『精霊の雫スピリット・ドロップ』が気になる! 僕の宝玉は無事なのか!?」とか連呼し始める。


 ん? 僕の宝玉……?

 その後ローグはなんやかんやチート無双し、敵将を頭頂部から真っ二つに斬り裂いて勝利した。


 こうしてエルフ達の集落を魔王軍から救った、原作主人公のローグ。

 だがその後、なんとローグは戦いのどさくさに『精霊の雫スピリット・ドロップ』を持ち出していたことが発覚する。


 理由は「敵に奪われたらマズいと思ったんだ」とぬかしていた。

 さらにパクったのがバレると「いけね、テヘペロ」とか寒いギャグをブチかまして多くの読者にヘイトを与える始末だ。


 しかもローグの野郎は『精霊の雫スピリット・ドロップ』を勝手に錬成スキルで四つの指輪に作り替え、ヒロイン達を守るアイテムとして渡していた。

 受け取ったシズク達は今よりも知能デバフに侵されたキャラであり、「まぁご主人様、婚約指輪ですね♡」とデレデレのバカウケ状態だ。

 唯一、セナだけは「これでいいのでしょうか?」と首を捻っていたけどな。


 んで、ローグは得意げに「やれやれ、そんなつもりで作ったんじゃないんだが……喜んでもらって嬉しいよ」とヒロイン達にイキるという酷い内容で締めくくられた。



◇◆◇


 

 このサイコパスすぎる展開にアンチ読者から「あ~、こいつらまたやっちまったよ」「セナ以外、全員やべーよ」「てかヒロイン達もいい加減に気づけよ!」と感想欄に書かれ、「やっていることは魔王軍より酷いゲスw」「あのぅ、いい加減にしてもらえますか?」と即行で炎上状態となった。


 対して信者達から「シズクちゃん達のデレが最高!」だの「もう結婚しちゃえよ!」「ローグくんの粋な計らい!」など、まるで犯罪が無かったことにするコメが延々と火消しの如く書き込まれている。


 流石の原作者である鳥巻八号も猛省したのか、WEB版でフォロー話を付け加えたけどな。

 確かローグの仲間にして最後のヒロインが「当面はわたくしが定期的に雨を降らせて参ります」と言い、エルフ達から「んじゃ村も救ってもらったし、しばらくいっか」と許した。

 そんな感じの結局は酷すぎるガバ話だ。


 まぁその後は別の展開へと繋がる話となるんだけど……そろそろ頭が可笑しくなりそうなので、それはまた後ほど思い出そう。


 しかし、


「最後のヒロインか……」


 原作を知る俺はふと彼女のことを思い浮かべる。


 ――サラティノ・ドラッセオ。


 通称「サラ」と呼ばれる美女だ。

 ヒロインの中でも最年長で、セクシー担当だった。


 見た目こそ、シズクと堂々のボンキュッボンの癒し系姉さんだったが、その正体は『竜人族』であり天候を操る固有スキルを持っていた。


 サラはとにかく主人公ローグを褒めちぎるキャラで、ただ何も考えずぼーっと立っているだけでも「物おじしない、なんて素敵なお姿!」などとワッショイしては、流石の俺でさえ「このヒロイン、超うぜぇ」と呆れたものだ。


(……確かサラが仲間になったのは物語の中盤あたりだったな。最初はローグの敵として現れた筈だ)


 そう原作展開を思い出す中、打合せが終了する。

 翌日、エジルダーナに向かうことになった。

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