第111話 悪役勇者、正体をバラす



 死闘を繰り広げた凄惨な現場。

 勝利し無事に生き残った俺とソーリア、そしてセナの三人が立っていた。


「二人とも怪我はないか?」


 俺は意識を失い再起不能となった、暗殺組織のボスことミルズの襟首を掴み引きずりながら仲間達に近づく。

 下手に離れ意識が回復して何かされても厄介だ。

 それならまだ傍に置いた方が《神の加速ゴッドアクセル》の射程内だからな。


「ボクは大丈夫だよ。やっぱ団長くんは強いね……流石は推し、うひひひ」


 うん、美人の癖に相変わらず不気味な笑い方だ。

 ソーリアの傍らで、セナはミルズから奪った聖武器である片手剣ブロードソードを握りしめてじっと俺を見据えている。


「セナは大丈夫か?」


「……はい、アルフ様。おかげさまで」


「そうか……その剣、キミが奪ってくれたのか。おかげで助かったよ」


「はい、ぼくに備わった能力、《強制奪取スティール》という固有スキルです」


 ああ既に知っているけどな。

 けど俺は初めて聞いたフリをして「そうなのか……」と軽く受け流す。


「けどこれではっきりしたよね、団長くん。うひひひ」


 ソーリアは何か言いたげに、セナをチラ見して不敵に微笑んでいる。

 彼女の言いたいことはわかる。


 セナは暗殺者アサシンであり【殺しの庭園マーダーガーデン】の一員だったということ。

 それこそが夢の中で鳥巻八号が言っていた、彼女の『裏設定』だったんだ。


 けど、俺には一つ疑念がある。


「――セナ、キミは俺と以前どこかで会ったことがあるのか?」


「……やはり何も覚えていないのですね?」


 セナは俯き、ぽつりと言ってきた。

 その口振り、やはり過去でアルフレッドと何かあるようだ。


 だとしたらアルフレッドだけじゃない。ローグとも何かしら繋がっている筈だ。

 でなければ原作で、セナから主人公に接触することなどなかっただろう。


 鳥巻はガバ作家だが、読者(信者)獲得のため今流行り風にあえて合わせて書く傾向がある。

 それ故に原作では語られなかった裏設定なのだろう。


「……ソーリア。セナと二人で話がしたい……悪いが、こいつのことを頼む。もうじき知らせに向かったピコがガイゼン達を連れて来てくれるだろう」


 俺はミルズを目の前に放り投げる。奴は「ぐぅ!」と呻き声を発したが無視だ。


「わかったよ、団長くん。ただし念のため、そいつにデバフかますよ、うひ」


 ソーリアはそう言うと、セナに向けてデバフ魔法を放つ。

 セナの足元に魔法陣が浮かび、彼女は一時的に弱体化された。


 その際もセナは抵抗を見せることはなかった。まるで囚われた捕虜のように受け入れている。


「それじゃ、セナ。俺について来てくれ」


「……わかりました」


 素直に応じ、俺とセナはソーリアから離れる。

 人気のない路地で彼女と向き合った。


「アルフ様、ぼくをどうするつもりですか? ミルズ同様、ハンス王子に突き出すつもりで?」


「え? 別にセナは悪さしてないだろ? 元同じ組織っていうだけだし……それに奴の誘いを断ったから襲われそうになったんだろ?」


「……はい、その通りです」


「なら不問だ――寧ろ評価に値する。よく頑張ったな、セナ」


 俺の返答に、セナは頬を染めて瞳を反らし俯く。

 同時に小さな手をぎゅと握りしめた。


「ありがとうございます、アルフ様。ですが、貴方は本当にアルフレッド様なのですか!?」


「どういう意味だ?」


「先程、以前どこかで会ったことがあるのかと聞きましたね? 覚えていませんか? 五年前、路地裏で一人の少年をぶっかって父親と称する男に引き渡したことを?」


「え? ご、五年前?」


 俺の問いに、セナは真っすぐな瞳で力強く頷いてみせる。


 五年前……もろアルフレッドの人格だった頃だ。

 奴の記憶は今の俺に受け継がれている……けど、所詮は腐れアルフレッド。


 こいつ、自分の都合の悪いことやどうでもいい事は記憶から消してしまう癖があるんだ。

 実際ローグの《能力貸与グラント》スキルがいい例だろう。

 あれだって、あくまで俺一個人が原作知識で覚えていただけだからな。


「……すまない。記憶にないんだ」


「そうですが……丁度、貴方とローグで【英傑の聖剣】を立ち上げていた時期だった筈です――」


 セナは淡々とした口調で説明してきた。

 俺はその話を聞いて、瞳孔が見開くほど驚愕し微動だにできないほど焦燥してしまう。


 ――セナが暗殺組織【殺しの庭園マーダーガーデン】に入った理由は、アルフレッドとローグの仕業だったらしい。


 組織の男に現金をちらつかされ、彼女を売ったのだ。

 当時、浮浪者だったセナを少年だと勘違いしたまま。


 それだもん、セナさんも恨みますわ。


「……そ、そうだったのか。なんと言って良いやら、うん」


 全て話を聞き終え、俺は口籠ってしまう。

 とても土下座して赦してもらえる内容じゃない。

 某政治家ばりに「記憶にない」と押し通すべきか……だって本当にアルフレッドの記憶から消去されているし。

 けど、それはそれで俺自身が赦せない。


 そう俺は戸惑っている中、セナは話を続けてくる。


「ぼくが【集結の絆】に入団を希望したのも、アルフ様、貴方に復讐するためでした。『不運をもたらす者アンラック』としてパーティを崩壊させ、貴方を孤立させる目的でした」


 なるほど、それで原作でも自分からローグに近づいたわけか。

 けど今のローグは自滅して死亡認定された男。

 だから勇者として成り上がった、この俺に標的を絞ったのだろう。


「そうして団員達の信頼を勝ち取り、俺への不信感を植え付けようと?」


「はい。正式に団員となった暁に実行しようと目論みました」


「けど、ミルズの誘いは断ったろ? 昔所属していた【殺しの庭園マーダーガーデン】にとって壊滅に追い込んだ、ハンス王子は怨敵の筈だ」


「組織はそうでしょう。けどぼくは違う。嫌々入らされた組織でしたし、寧ろハンス殿下には感謝しております。復讐する相手はあくまでアルフ様、貴方一人です」


「……そうか。そうだよな……理由はわかった。俺はキミに復讐されても仕方ないと思っている。けど今は勘弁して欲しい」


「今は?」


 セナの問いに、俺は真っすぐ見つめ首肯する。


「そうだ。今の俺は【集結の絆】の団長だ。そして勇者でもある……せめて魔王を斃すまで責務を全うしたい。都合が良すぎる話なのは理解している。だがしばらく保留にしてくれないか?」


「……自分の保身のためじゃなく? 何度も聞きますが、貴方は本当にあのアルフレッドなのですか? これまで貴方を見ている限り、それらしさが欠片もない……いくら善良になったからって、人はそこまで変われるものでしょうか?」


「そ、それは……まぁ実際にこうだし」


「私は元暗殺者アサシンとして、あるいは支援役サポーターとして、これまで醜悪な者達を嫌というほど見てきました! どいつも口ばかりの体裁で内面は腐りきっていました! けど貴方は違う! まるで中身だけ入れ替わった別人です!」


 セナはその境遇から、関わってきた者達の「負の部分」ばかりを見てきたヒロインだ。

 だからこそ、俺とアルフレッドの違いに違和感を覚え確信したのだろう。


 今のアルフレッドに別人格が宿っていると――。

 俺はどう彼女と向き合ったらいいんだ?


 このままアルフレッドを演じれば、ずっとセナにとっての復讐対象者だ。

 それはそれで仕方ない……もう慣れっこだ。殺されなきゃ孤立しても仕方ない。


 けど、それってセナの復讐になるのか? 彼女の気持ちは晴れるのか?


 ならば――。


 俺は深く呼吸をして、彼女をじっと見つめた。 


「セナ、聞いてくれ……俺にはずっと周囲に黙っていたことがあるんだ」


「黙っていたこと?」


「そうだ。俺はアルフレッドであって奴じゃない……奴の人格と入れ替わった転生者だ――」


 正直に全てをセナにぶちまける。


 考えてみれば、別に鳥巻八号から止められてなかった内容だ。

 これまでは頭が可笑しいと思われるのが嫌で皆に黙っていただけのこと。

 どうせ話しても信じてもらえないと思ったからだ。


 セナは沈黙したまま俺の話を聞いている。

 最初こそ、あまりにも非現実的な話に「何を言っているんだ?」という疑う眼差しだった。


 しかし彼女の表情は、次第に疑惑から確信へと変わっていくように思えた。

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