第108話 暗殺組織のボス



 数分前に遡る。

 ぼくことセナは、アルフレッドの言いつけ通りに奴隷商の前で待っていた。


「もしもし、そこのお嬢さん」


 不意に老人が声を掛けて近づいてくる。

 杖をついて腰が曲がり痩せこけている、ごく普通の爺さんだ。


「お爺さん誰? それ以上近づいたら攻撃しますよ」


 しかし、ぼくは警戒度を上げた。


「はて? ワシしゃ普通に道を聞きたいだけなんじゃが……」


「白々しい爺さんだ。ぼくを人目見て女子だと見分けられる奴はそうはいない……それにお前、死臭がするんだよ!」


「――チッ。やっぱ爺の肉体は駄目か。時季もあってか腐敗が進みやすいようだ」


 爺さんはそう言うと曲がっていた腰を真っすぐ伸ばし始める。

 その際、バキッと腰の骨が折れる音がするがお構いなしだ。

 さらに杖を肩に担ぎ、悠然と立ち尽くしている。


 こいつ……やはりそうか!


「お前、ミルズ・ダカルターだな!?」


「ボスと呼べ、セナ。久しぶりじゃないか、ええ?」


 爺ことミルズは鼻で笑い、ぼくの方に近づこうと歩き出す。


「動くなと言っている!」


 ぼくは咄嗟に左腕に仕込んでいた暗器の小型石弓クロスボウを出現させ身構える。


 ミルズは足と止め、じっと鋭い眼光で凝視した。


「……暗器使い。それがお前の戦闘スタイルだったな? だが人を殺したこともない貴様に撃てるのか?」


支援役サポーターとして実戦経験は積んでいる! いつまでも暗殺者アサシン見習いのぼくだと思うなよ!」


「まぁ聞け、セナ。私は別にお前と戦うために現れたわけじゃない。話し合いに来ただけだ」


「話し合いだと?」


「ああそうだ……ここで話すのは不都合だ。もっと奥の路地で話さないか? 距離はこのままでいい。お前ならいつでも逃げられる距離だろ?」


「……わかりました」


 ぼくはミルズの提案を承諾する。


 ここでの戦闘はこちらも都合が悪い。

 建物内にいるアルフレッドに勘付かれる可能性があるからだ。

 下手したらミルズごと、ぼくまで討伐対象とされるかもしれない。

 見習いとはいえ、ぼくも【殺しの庭園マーダーガーデン】の一員だったことに変りないからだ。



 ミルズの案内で、さらに奥の路地へと進んでいく。

 袋小路に入ると、ミルズだけが行き止まりの方へと進み立ち止まった。


 互いの距離は維持されたまま、その気になればいつでも逃げられる位置。


「ついて来てくれて感謝するぞ、セナ」


「あそこでボス・ ・と戦うのは、ぼくにもリスクがあります……先程から随分と腰が低いですね? 見習い如きのぼくを相手に」


「こっちは頼み事をする立場だ。交渉する以上、威圧しても意味がないだろ?」


「交渉? 命令じゃないのですか? 大方、ぼくに組織に戻れと指示するつもりでしょ?」


「お前が望むなら受け入れてやる。見どころは十分にあるしな」


「冗談はよしてくれ! 二度と組織に戻るつもりはない!」


「……だろうな。だからこそ協力を求めに来た。この国で信頼を勝ち得た、第一級の冒険者だから頼める内容だ」


「頼める内容だと?」


「そうだ。是非に協力してほしい――ルミリオ王国の王太子ハンスの暗殺だ」


 ハンス王子も暗殺……やはりそうか。

 暗殺組織【殺しの庭園マーダーガーデン】を復活させるため、まずは怨敵であるハンス王子を殺すつもりなのか。


「ぼ、ぼくに協力って……そんなのできる筈……」


「セナお前、今勇者パーティに所属しているだろ? 既にハンス王子と対面も果たしている筈だ」


 こいつ、ずっと僕を監視していたのか?

 いつの間に……いや奴の固有スキルなら容易だ。


「確かにハンス王子と対面している……けど出会ったばかりの支援役サポーターのぼくが一国の王子をどうこうできる筈がないだろ?」


「まぁな。だが勇者アルフレッドならどうだ? 奴ならお前が上手く誘導すれば乗ってくる筈だ。以前、所属していたパーティでもそうやって解散に導いていたろ? 『不運をもたらす者アンラック』よ」


「……アルフレッドは今までの連中とは違う。そんなにちょろい相手じゃない。それに奴は、ぼくの獲物だ!」


「知っている。勿論アルフレッドに手を出したりしない。お前はただアルフレッドに、我ら【殺しの庭園マーダーガーデン】の潜伏場所を教えればいい。偽装した場所にな。そこに団長のハンス率いる騎士団を誘導させ、ハンスごと一網打尽にする。セナ、お前はただ情報を提供すればいい、見習いの時も情報操作は得意だったろ?」


 ミルズの言う通り、ぼくなら容易い仕事だ。

 情報操作も暗殺者アサシンの生業だからな。


 けど、ぼくは――。


「嫌ですね! もうあんたの言うことを聞く義務はない! 元々組織だって居たくていたわけじゃないんだ! もう二度とぼくに関わるな!」


 そう仮にここで引き受けたら、ぼくは再び裏社会へと堕ちてしまう。

 連中に協力することで、今度はそれをネタに脅され別の仕事を押し付けられるだろう。

 一度でも弱みを見せたら死ぬまでつけ込まれる、それが【殺しの庭園マーダーガーデン】のやり方だからだ。


 ぼくの返答を聞き、ミルズは身体を硬直させる。

 すると肩に担いでいた杖を両手で持ち、前に翳して見せた。


「……嫌われたものだな残念だよ」


 杖から鯉口を斬り、鋭い刃が露わになる。

 やはり仕込み刀か……。

 口封じに、ぼくを始末するつもりらしい。


「悪いがボス、あんたと戦うつもりはない! もうぼくのことは放っておいてくれ!」


 ぼくは脱兎の如く、後方へと飛び跳ねて逃げようとした。


 が、


「――逃がすわけがないだろ、セナ?」


 背後から不意に現れた大男。

 そいつは一人だけじゃない。他にも中年風の男や女など、10人ほどぞろそろと現れてくる。


 いつの間にか、ぼくは奴らに囲まれていた。

 どいつも見慣れない顔ぶればかり、それに腐乱臭が強い。


「うっ、こいつらまさか……全員」


「――そっ、全員私だ。知っているだろ、《屍の操り人形コープスパペット》。それが私の固有スキルだ」


 そう。組織のボス、ミルズ・ダカルターの実体はここにはいない。

 ミルズは魔物以外の死体を自分の分身体アバターとして操る能力を持つ。


 だから組織に所属していた暗殺者アサシンでさえ、ミルズの姿を知る者はいないのだ。

 したがって、この場にいるぼく以外の連中は、《屍の操り人形コープスパペット》で操られた屍達である。


「……屍の操作も射程距離がありましたね? 一体で1キロ圏内でしたっけ? これだけ同時だと結構な近場にいるんじゃないですか!?」


「まぁな。セナ、お前の《強制奪取スティール》は一人につき一つだけ何かを奪う能力……そちらも条件させ揃えば簡単に命脈を奪うことができたスキルだよな?」


「まぁね……モンスター相手なら試しにやったことがありますよ」


 ぼくの《強制奪取スティール》は相手の所有物だけじゃなく、肉体の臓器など奪い絶命させることが可能だ。

 ただし、その類だと10秒間ほど狙いを定めなければ奪えないという縛りがある。


 10秒間とは簡単なようで至難の技だ。特に素早く動く相手では不可能に近い。

 したがってミルズが思っているほど戦闘向きではないスキルだが、暗殺に向いているスキルだと思う。

 だからこそ、組織はぼくに目を付けたんだ。


「シュッ!」


 爺のミルズが呼気を吐き、仕込み刀で抜刀してくる。

 ぼくは瞬時に反応し回避しようとするも、背後の大男を含む他の屍達に邪魔をされ逃げ道を封じられてしまう。


 斬ッ!


「ぐうっ!」


 しまった、背中を斬られてしまった!

 けど幸いリュックサックで防御され、背中の傷自体は浅い。

 斬られたリュックからは。ぼとぼとと荷物が零れ落ちた。


「あえて背中を斬らせたか? 相変わらず見事な反応だ……殺すには惜しい」


「最初から生かすつもりなんてない癖に……ここでぼくが死ねば、アルフレッドに気づかれるぞ!」


「フン、あれだけ憎んでいた男に随分と信頼を寄せているんだな? 安心しろ、お前は死体ごと操ってやるよ!」


 爺ミルズは刀を上段に構え、容赦なく斬り込んで来る。

 ぼくは屍達に完全に抑えこまれ身動きが取れない。


 クソッ、ここまでか!


 が、刹那


「――セナ! そこにいるのか!?」


 その声は……アルフレッド!?

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