第107話 ぼくっ娘ヒロインの疑惑

 


 俺の問いに、セナは瞳を大きくして「え? え?」と首を傾げている。


 もしこいつが、虚無の神ミヅキナイトが送り込ませた『物語の破綻者デウス・エクス・マキナ』であれば何かしらの反応を見せると思ったが……その素振りはないようだ。


 直球すぎる質問だったから、すっとぼけているのか。

 あるいは本当に知らないのか。


「アルフゥ、トリマキとミヅキってな~に? 新種のモンスター?」


「どっちも間抜けそうな名前だね……ラウルしか興味なさそう、うひひひ」


 逆にピコとソーリアが食いついてくる。

 モンスターに間抜けって……一応、この世界じゃ一番偉い神様だけどな。


「……すみません、アルフ様。ぼくにはわかりません。カバって何ですか?」


「いや、わからないならいいよ。すまなかった」


 このネタでこれ以上言及しても無駄だと割り切り強引に話を終わらせる。

 予定通り『奴隷商店アクバ』に向かった。



 建物の前にて。


「ソーリアとセナはここで待っていてくれ。中には俺とピコで入る」


「わかりました、アルフ様」


「団長、ついにその彼女ヅラした目障りな妖精フェアリーを売るの? うひひひ」


「アルフがアタシを売るわけないじゃない! アンタこそ目障りよ、薄気味悪い根暗女!」


「……チッ。幸運を呼ぶだが知らないけど、デバフかまして二度と飛べなくしてやろうか?」


 いきなりソーリアとピコが喧嘩し始める。

 おいおい、何故そーなる?


「やめろ、二人共! 何だっていうんだ!?」


「アルフ様、きっとソーリアさんは貴方様にべったりのピコさんにヤキモチを焼かれているのかと思います」


 セナがフォローするかのように言ってくる。


「……キミ、凄いね。まるでボクの心が読めるようだ。けど、『ボクっ娘』は譲らないよ、うひひひ」


 うひひひじゃねーよ。ただ中に入って、アクバから情報を仕入れるだけじゃないか。

 まぁ慕ってくれるのは嬉しいけど。


「わかった。それじゃみんなで入ろう」


「いえ、アルフ様。ぼくは外で待機しています……どうもこのような場所は苦手で」


 セナが遠慮した口調で拒んでいる。


 そういや彼女、原作だと他国から来た避難民の孤児で、その時に奴隷商に売られそうになったという設定があったな。

 んで生まれ持って身に着けていた固有スキルを活かしながら、一人で生きてきたらしい。


 なら苦手意識を持つのは当然か。

 仮に逃げたら逃げたで、セナが「黒」であるということ。


「わかったよ、それじゃセナは待機してくれ。行くぞ、二人共」


 俺はセナを残し、ピコとソーリアを連れて建物の中に入って行く。


「これはアルフレッド様、いえ勇者様とお呼びましょうか? お久しぶりです」


 仮面を被り燕尾服を身に纏った紳士こと、アクバが出迎えてきた。


「アルフレッドでいいよ。シズクの件では世話になった」


「いいえ、こちらも商売ですので。貴方様があの者をお買いになられたことが貴族達の噂となり、おかげで当店も繁盛しております。フフフ」


 喜んでいいのか悪いのやら。

 合法店とはいえ、転生者の俺としては複雑な気分だ。


 けど幸い奴隷にもそれなりの種族権利があるようで、虐待や虐殺は禁止されているらしい。

 ここルミリオ王国の奴隷商は、身寄りのない亜種族を保護し引き渡しを仲介する「里親探し業者」的な位置にあり合法として認めているそうだ。

 なので大半の貴族は従者や愛玩もそうだが、主に労働力や護衛として購入されるとか。

 また奴隷は税を払わなくて良いらしく、無料で公共施設が利用できるというメリットがあった。


「それで本日はどのようなご用件で? 新たな奴隷をお買い求めでしょうか?」


「いや違う。実は情報が欲しい――【殺しの庭園マーダーガーデン】についてだ」


 俺は懐から大量の金貨が入った袋を取り出し、アクバに手渡した。

 奴は仮面越しで俺をじっと見据えている。


「……相変わらず抜け目のない方だ。確かに商売上、私にはその手の情報が入手しやすい。とはいえ秘密主義でもあります。でなければ今頃命を狙われているでしょう」


「それで足りないなら礼は弾む。何せハンス殿下の依頼だからな。それなりに融通は利くだろう」


「……いえ、これで十分です。ここで勇者様と国に貸しを作るのも良いでしょう」


 そう言うと思った。

 だから極秘クエストとはいえ、ハンス王子の名を出したんだ。


 やはり、アクバは貴重な情報を持っていた。

 ハンス王子の話通り、【殺しの庭園マーダーガーデン】の残党は既にルミリオ王国に潜伏しているようだ。


 目的は――怨敵とするハンス王子の暗殺と組織の再建。


 その残党を集める首謀者は、「ミルズ・ダカルター」という名の男で元リーダーを務めていた暗殺者アサシンだとか。


 しかもこのミルズという男……神出鬼没であり組織内でも奴の姿をまともに見た者はいない。

 若い男から年寄りに至るまで、様々な姿に扮して現れるようだ。

 したがって名前や本名もわからない、性別以外は謎に包まれているらしい。


「ミルズ達は先日のクーデター騒動に乗じて紛れ込んだと思われます。目的はご説明した通りです」


 アクバがそう説明してくる。


「ハンス王子の暗殺か……そりゃ絶対に見過ごせないな。連中が潜伏している場所とかわからないか?」


「流石にそこまでは……ただ情報によると、以前より国内で潜伏している元構成員に接触を図るかもしれません」


「元構成員? 掃討戦で全員が国外に逃げたんじゃないのか?」


「一人だけ独断で戻っていたそうです。しかもその者は暗殺者アサシンとしての実績がないため身元バレしておらず、隠密行動には打ってつけとか」


 なるほど、まずはそいつを使ってハンス王子を暗殺するつもりか……。

 成し遂げれば組織再建への拍車が掛かる。復讐を兼ねて目的はそんなところだろう。


「アクバ、大変参考になったよ。しかし随分と詳しいんだな? どこからの情報なんだ?」


「長年この稼業を続けて色々な伝手がある……そんなところでしょうか」


 企業秘密と言わんばかりに話を反らす、奴隷商のアクバ。

 まぁ深入りしても仕方ないし、俺にとって万能キャラとして割り切っておくべきか。


「……実績のない暗殺者アサシンね。まさか……うひひひ」


 隣で聞いていた、ソーリアが半笑いで呟いている。


「うひひひって何だ?」


「団長くん。朝、話したでしょ。セナにその疑惑があるって……」


「何だって!? セナが【殺しの庭園マーダーガーデン】の元メンバーだって言うのか!?」


 しかし、原作ではそのことは一切触れられていない。

 本人は元ソロの盗賊シーフだと語っていた。

 最初にローグに近づいたのも、たまたまギルドで奴がイキリ散らかしていたのを見かけたからだ。


 だが原作者の鳥巻八号から裏設定があると容認されたヒロインでもある。


 特にセナは心の闇が深いとか……。

 決して可能性がないわけじゃない。


「……とりあえず、その疑惑は俺に預けてくれ。仮団員とはいえ、仲間を疑うのはあまり良しとしない」


 ぶっちゃけガチで疑っているけどな、色々と。

 けど万一違っていたら最悪だ。まだミヅキナイトの『物語の破綻者デウス・エクス・マキナ』疑惑なら誤魔化しようもあるが内容が内容だけにな。


 そう考えながらアクバに礼を伝え、俺達は奴隷商を出た。


 が、


「――セナがいない」


 待機していた筈のセナがそこにいなかった。


「逃げたんじゃないの? アルフに正体がバレそうになったから」


 ピコが俺の耳元で囁く。

 その可能性はある……ハンス王子と対面した時も様子が可笑しかったからな。

 やはりそうなのか、セナ……。


「逆に良かったんじゃない? これで『ボクっ娘』キャラは、ボク一人になったね、うひひひ」


 ソーリアは別の意味で喜んでいる。

 確かに二度と俺達に近づくことはないだろう。これで内部崩壊させられる心配もなくなったわけだ。


 しかし、


「……俺はセナが、彼女がそこまで闇に染まっているとは思えない。仮に元暗殺者アサシンたったにせよ、俺達に接触してきた意味があった筈」


 原作の、特に絆されてからのセナを知っているからか。

 俺はどうも、あの『ぼくっ娘』の支援役サポーターが嫌いになり切れなかった。

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