第106話 憎むべき立派な勇者
ぼくことセナは、アルフレッドに連れられルミリオ王城に到着した。
ガチの徒歩だ……無駄に三時間も歩かされたぞ。
だが正門の前には騎士団が整列しており、副騎士団長のブルクが前に出てくる。
「勇者アルフレッド殿、お待ちしておりました! ささハンス殿下がお待ちしております!」
顔パスどころか、もろVIP待遇を受けるアルフレッド。
まぁクズでも自国の勇者だからな。当然といえば当然だ。
ぼくが想像するアルフレッドなら「おう待たせたな雑魚共! ギャハハハ!」とか言ってそうだが……。
「お出迎えご苦労様です、ブルク殿。それとお出迎えを断ってしまいすみませんでした」
謙虚に謝罪し一礼している。
信じられない……最初に出会った、あの横暴な下品さは欠片も見られない。
あれから五年経つとはいえ、人がこうも変われるものだろうか?
アルフレッドとパーティのぼく達はそのまま城の中へと案内された。
初めて入る王城。どこを見ても豪華な造りで虫唾が走る。
「アルフレッド様~っ!」
華やかなドレスに身を包む美しき少女が近づいてくる。
こいつがティファ王女か。
情報だとアルフレッドにぞっこん中で見る目のないバカ姫だ。
「やぁ、ティファ。ハンス殿下はどこにおられるんだい?」
王族に呼び捨てとタメ口で訊く、アルフレッド。
やっぱスケコマシかと思ったが、あとで奴から「勘違いするなよ。ティファ王女から二人の時はそうするようにお願いされているんだ」と謎の説明を受ける。
まるでぼくの心を見透かしたようなフォロー。やたら周囲に気を配る男だ。
何度も言うが、とてもぼくが知るアルフレッドと同一人物とは思えない。
ティファ王女の案内で応接室に案内される。
広々とした部屋に、身形の良い優男風の青年が豪華なソファーに腰を下ろしていた。
ぼくは良く知る因縁の相手でもある。彼こそがハンス王子だ。
「やぁ、勇者アルフレッド。わざわざ来てもらってすまない」
王子は立ち上がり、アルフレッドと握手を交わしている。
「いえ、殿下。出迎えの件、失礼いたしました」
「相変わらず謙虚な男だ。あれはティファがそうするべきだと言ってきたからだよ……キミは妹に寵愛されているからね」
ハンス王子は気さくに片目を閉じて見せると、アルフレッドは恥ずかしそうに「何ともはや」と笑みを浮かべる。
それから促されるがまま、ぼく達はソファーに座らされた。
「早速だが勇者として、キミにクエストを依頼しても良いかい?」
「はい、殿下。極秘とお聞きしています」
「まぁね……あまり表沙汰にしたくないクエストだ。ある意味、魔王軍と戦うより厄介な相手かもしれない」
「といいますと?」
「……アルフレッド、キミは【
ハンス王子の発した言葉で、ぼくの心臓は大きく跳ね上がってしまう。
思わず手に持っていたティーカップを落としそうになった。
「どうした、セナ?」
「いえ、すみません……アルフ様」
「どうやら、その少年は知っているようだね……見ない顔だ。新しい団員かい?」
「ええ、昨日入団したばかりの
「そうか、それは失礼した……本当にすまない」
アルフレッドの説明を受け、ハンス王子は申し訳なさそうにぼくに謝罪する。
嘗てぼくが所属していた組織【
けど、ぼく個人はハンス王子を恨んでいない。
寧ろあの組織から解放するきっかけを与えてくれて感謝すらしている。
「いえ、ぼくもそう思われた方が都合も良いので気になさらないでください」
「そうか、ならいいのだが……話を戻すと、【
ハンス王子はそう告げると、【
全部、ぼくの知る内容……しかし問題はそこじゃない。
まさか既に、ぼくの正体がバレたというのか?
いや、そんな筈はない。
当時ぼくは、まだデビュー前の見習いのパシリだった。
殺しの仕事に手を染めたことなど一度もない。
だからルミリオ王国に再入国だって容易だったんだ……。
ぼくは心臓の高鳴りを抑え、二人の話に耳を傾ける。
「――つまり我ら【集結の絆】に【
「場合によってはそうなるが、無理に相手をする必要はない。私が欲しいのは情報だ。連中の尻尾を掴み再び掃討戦を開始する。正直、その手の情報は我々よりキミら冒険者の方が得やすいと思っている……特に私が最も信頼できる冒険者はアルフレッド、キミと【集結の絆】だからね」
本来、勇者パーティは対魔王軍用に編成された組織だ。
したがって国内犯罪やクーデターの鎮圧は範囲外の筈。
通常は冒険者ギルドに依頼するべき内容だが、ハンス王子は勇者であり同時に特零級の冒険者であるアルフレッドの手腕を期待して依頼をしているのだろう。
アルフレッドは顎先に指を添え考え始める。
ぼくの知る奴は、あっさりと欲に目を晦ませる脳筋そうな浅慮野郎と思っていたのに……。
クソッ! 眼帯男の癖に理知的でちょっとドキっとしてしまうじゃないか!
「――わかりました。殿下への情報提供でよければ引き受けましょう」
「ありがとう。だが無茶はしないでくれ。相手は一流の
「はい。オルセア神聖国でその手の輩と一戦交えたことがありますが、戦闘はいざという時にしておきます」
アルフレッドはフッと微笑を零して話し合いは終わった。
信じられないがここまで見ている限り、こいつは誰もが認める立派な勇者だ。
◇◆◇
ぼく達が王城を出た時、既に昼頃だった。
あれからティファ王女がアルフレッドに向けてメス犬の如くじゃれつき、「アルフレッド様ぁ、お昼でもご一緒されません?」と何度も誘ってくる。
アルフレッドは「仕事があるんだ。また今度ね」と丁重に断っていた。
一国の王女にこれだけラブアタックされていれば、普通はワンチャン狙うもの。
特に以前の強欲の奴であれば王族入りするチャンスとばかり、ぐいぐい食いついている筈だ。
けど今のアルフレッドは違う。
なんて言うか……真面目だ。
「アルフ様。ティファ王女のお誘い、お断りして良かったんですか?」
「ん? ああ……可哀想かもしれんが、またお誘いを受けた時にお付き合いすればいい。それより今はハンス王子から依頼されたクエストが優先だ」
「はぁ……」
昼食は王都の露店ですませることにした。
その後、顔馴染みである『奴隷商アクバ』に赴き【
アルフレッドが言うには「あの主人は裏情勢の情報通でもあるんだ(原作でも事あるごとに、主人公ローグに情報を流していた万能支援キャラだからな)。きっと連中の事を掴んでいるかもしれない」ということらしい。
人脈もそうだが頭の切れる男だ。
「……セナ、一つキミに確認したいことがあるんだが?」
食事中のアルフレッドが何気に訊いてくる。
まるで、ぼくの何かを探ろうとしている口振りだ。
ひょっとして、こいつ……ぼくの正体に気づいているのか?
だから、わざわざデバフの魔女ソーリアを連れて……こいつもぼくを怪しんでいるクチだ。
ドクン!
心臓の鼓動が大きく波を打つ、一瞬で緊張感が生まれた。
ぼくはもう組織とは関係ない……けどアルフレッドにとっては同じ残党で討伐対象だ。
だとしたらどうする? もういっそ、ここでやるか?
……いや駄目だ。真正面ではこいつに勝てない。
それに仲間もいる。
ソーリアだけじゃなく、
このちんちくりんはアルフレッドの幸運を絶頂まで引き上げるスキルを持つと聞く。
余計に状況が悪すぎじゃないか……クソッ、どうする?
固まるぼくに、アルフレッドは静かに口を開いた。
「――俺さぁ、鳥巻八号の作品はガバすぎてついて行けないんだよねぇ……まだ美月夜斗の方がマシだと思うけど、キミはどう思う?」
「は? え?」
な、何だ? いったい何をカマかけているんだ?
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