第103話 セナの過去と心の闇



 俺の回答に、セナはすっと立ち上がると丁寧に頭を下げて見せてきた。


「アルフレッド様、どうかよろしくお願いいたします!」


「……アルフでいい。それじゃ明日から頼むぞ、セナ」


 こうして第三のヒロインこと、支援役サポーターセナの仮入団が決まった。



◇◆◇


 ――ったく。


 ようやく入団を認めてくれたか。

 アルフレッド・ヴェステン、噂以上に慎重な男だ。


 ぼくの名は、セナ・ローウェル。

 つい最近昇格した、第一級の冒険者であり支援役サポーター


 そして――暗殺者アサシンでもある。


 ギルドと以前所属していた団長には元盗賊シーフと伝えているけど、それはでっち上げフェイク

 自分が暗殺者アサシンであり続けるための偽装さ。


 ぼくに備わっていた固有スキルも相俟って、ギルドでも都合よく盗賊シーフだと思われていた。それだけだ。


 この世には二通りの暗殺者アサシンがいる。

 一つはギルドに公認され、パーティを組みモンスターや魔族を狩るための隠密的な役割を担う暗殺者アサシン

 もう一つは非公式で暗殺を目的とするガチ勢の暗殺者アサシン

 ぼくは後者の暗殺者アサシンだ。


 嘗て所属していた組織は、【殺しの庭園マーダーガーデン】という30人規模の集団クランだった。

 内容は依頼によって様々だが個人的な復讐から国賊の粛清、密告者の口封じから要人暗殺まで何でもありさ。


 その代わりテロやクーデターには加担しない最低限のルールは設けられていた。

 非公式であるが【殺しの庭園マーダーガーデン】の存在は多くの貴族達に恐怖を与え腐った世の中にメスを入れる「必要悪」と称賛される一方で、暗殺ターゲットを始末するためなら犠牲を厭わない姿勢から「無秩序の殺戮者ディスオーダー」と忌み嫌われ畏怖されている。


 そんな組織だけあり【殺しの庭園マーダーガーデン】はルミリオ王国では危険視され、ギルドの討伐対象として多額の報酬金が課せられていた。


 今から二年前だ。

 ハンス王子が率いる騎士団が【殺しの庭園マーダーガーデン】を殲滅させるため一斉に討伐へと動き出した。


 連中の戦闘力はそう高くないも、何分多勢に無勢。

 しかもハンス王子は頭のキレる戦略家として定評がある。


 ぼくら【殺しの庭園マーダーガーデン】は追い詰められ、数を減らし解体まで追い込まれた。

 激しい掃討戦の中、辛うじて生き残った首謀者リーダーと数人の暗殺者アサシン達はなんとか逃げ延び、ルミリオ王国から脱出する。


 その中には、ぼくの姿もあった。

 けど、ぼくは仲間達から離れて一人ルミリオ王国へと戻る。


 ――理由は復讐だ。


 そう、ぼくをこんな身体にした男共。



 アルフレッド・ヴェステン。


 そしてもう一人、ローグ・シリウス。



 ぼくはこいつらだけは絶対に赦さない……。


 あれは、ぼくが9歳の頃。

 元々ぼくは魔王軍の侵攻で国を追われた戦争孤児であり避難民だった。


 流れ流れて比較的に安全なルミリオ王国に行き着くことになる。

 そこで悪い大人達に騙され、奴隷として売られそうになり逃げだした。

 誰も信じられなくなり結局、一人で生きて行くことになったんだ。


 でも何も怖くない。

 既にぼくには固有スキルが備わっていたから。


 ――《強制奪取スティール》。


 それが、ぼくのスキルだ。

 能力は対象者の何かを一つだけ奪い獲ること。


 所有物は勿論、体内の臓器でも良い。

 条件さえ合えば、射程内にある物体ならば必ず一つ奪うことを可能とする強力なスキルだ。

 嘗て所属していた組織もこの能力に目を付け、ぼくを暗殺者アサシンに引き入れた。


 けど暗殺訓練はされたけど、幼かった事もありデビューする前に掃討戦に合って組織は解体されたため、ぼくは誰かを殺したことは一度もない。

 見習いの間はもっぱら雑用としてターゲットの情報収集や暗殺の下準備などパシリ役だった。

 おかげで支援役サポーターのスキルを身に着けることになったけどね。


 話を戻そう。


 浮浪者だったぼくは社会の厳しさを味わいながらも、《強制奪取スティール》のおかげで食べ物には困らなかった。

 そのうち浮浪者同士の仲間に入れてもらい、皆で協力し合いながらそこそこ楽しく生きてこれたと思う。


 にもかかわらず――。


 ある日、とある裏路地で【殺しの庭園マーダーガーデン】がぼくの固有スキルに目をつけ、暗殺者アサシンになるよう勧誘してきた。


 ぼくは断りその場から逃げると、組織の男は「なら無理矢理でも連れて行く!」と叫び連れ去ろうと追いかけてきたんだ。

 必死に逃げるぼくは裏路地から表通りに出る際、ある男達とぶっかってしまう。


 それが当時のアルフレッドとローグだった。


「痛ッ! んだぁ、この糞ガキ! うわっ、こいつバッチィなぁ! それになんか臭せぇ!」


「アルフレッドさん大丈夫ですかぁ? キミも大丈夫ぅ? 随分と汚れているね?」


 地面に転がるぼくに悪態と暴言を吐く、アルフレッド。

 そして口調こそ優しげで穏やかだが、汚物を見るような眼差しで見てくる、ローグ。

 ムカつくが今はこいつらに構ってられないと、すぐに立ち上がろうとした。


 が、


「冒険者様! どうか彼を捕まえてください! 彼は家出した私の息子なんです!」


 追いかけてきた組織の男がそう偽り始める。


「ああ? 息子だぁ? んなの俺らに関係ねーし。なぁローグ?」


「そうですけど……息子さんならどうして逃げているんです?」


「それは親子の事情といいましょうか……彼は長年路上生活を送っていたようで、ようやく見つけたんです! お礼なら致します!」


 男はそう言い、懐から大量の金貨が入った袋を見せてきた。

 瞬間、アルフレッドの目の色が変わる。

 物凄い速さで迫り、ぼくの頭部を掴むと地面に押し込む形で抑えつけてきた。


「――《加速アクセル》。交渉成立だ。大人しく親元に帰んな!」


「ち、違う聞いてくれ! そいつは父親じゃない! それに、ぼくは女……」


「アルフレッドさ~ん、乱暴はいけませんよぉ。でも路上生活を続けるより、父親に帰してあげた方がいいですよねぇ、うん」


 正直に話そうとするぼくに、空気を読めないローグが平和そうに笑いながら割って入ってくる。


 そして、ぼくはそのまま組織の男に引き渡された。

 男から大金を受け取り、はしゃぐアルフレッドとローグ。


「やりぃ! これから娼婦館でパーティーすんぞぉぉぉ!」


「駄目ですよ! 僕らが立ち上げたばかりの【英傑の聖剣】への運営資金に充てるべきです! けどぉ、久しぶりに美味しい物食べたいな……」


 奴らはヘラヘラと笑い合い会話しながら、ぼくの前から消えていった。

 その時の後ろ姿を今でも鮮明に覚えている。


 ――ギリッ!


 思い出す度、ぼくは奥歯を噛みしめる。


 赦さない……絶対に赦さないぞ!

 頭の悪い能天気共め!

 復讐してやる! 必ず復讐してやるからな!


 アルフレッドにローグ! 覚えていろ!


 ぼくはそう誓い、組織の厳しい暗殺訓練を受け現在に至っている。


 先の理由で【殺しの庭園マーダーガーデン】が解体され、ぼくは支援役サポーターとして、あえて悪評の高いパーティに入った。


 理由は実験のため――パーティのメンバー同士を疑心暗鬼にして仲違いさせること。

 案の定、ちょっとカマを掛けただけで、欲深いクソ冒険者達は仲間を信用せず互いに傷つけ合い自滅へと堕ちていく。

 これと同じことを、アルフレッドとローグが立ち上げた【英傑の聖剣】にしてやろうと思ったんだ。


 だがどうだろう?


 気づけばアルフレッドは追放され、ローグは反逆者と成り果て【英傑の聖剣】は解体されてしまっていた。

 しかも、アルフレッドは【集結の絆】を立ち上げ今じゃ誰もが認める勇者となっている。


 あの糞が勇者? ルミリオ王国の英雄だと?


 ふざけるな……。


 ――ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 ぼくは今でもお前を赦さないぞ、アルフレッド!

 ローグはもういい! 手を下すまでもなく勝手に自滅して処分されたクズだからな!


 でもアルフレッド……お前は違うだろ?


 ぼくの運命を変えておいて、自分だけ華々しくのうのうと勇者しているお前はな!

 だからぼくは【集結の絆】に入団したんだ。


 お前から大切なモノを奪取するためにな――!

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