第98話 元主人公、魔王と謁見する



 あれから数時間ほど歩かされる。


 ネイダの言う通り、僕は瘴気に侵されることがなかった。

 しかし、まったく臭いには慣れない。


 超イカ臭せぇんだけど――。


「もうすぐ本部よ」


「本部?」


 樹海を掻き分け、王城のような建物が見える。


 益々イカ臭い……どうやら瘴気の素はあそこからのようだ。

 マジかよ……まさか瘴気の原因って。


「魔王、様か? この瘴気を放っているのは?」


「……違うわ。あまり失礼なこと、言わない方がいいわよ」


 ネイダに釘を刺され、僕は本部と称する城へと踏み入る。


「お帰りなさいませ、ネイダ様」


 エントランスには使用人の女性達が迎えてくれた。

 全員魔族で耳が尖っており頭には角が生えている。

 見た目は怖いが、皆美形でスタイルが良い。下手な人族より綺麗だ。


 うむ、魔王め……ハーレム満喫で羨ましいじゃないか。


「こっちよ、ローグ団長」


「ああ、わかった」


 魔族の使用人に見惚れていると、ネイダが手招きして呼んでくる。


 彼女の後に続きしばらく歩くと、長い廊下の奥側に大きな扉があった。

 魔王と会うことができる『謁見の間』らしい。


「謁見の間には魔王様の外に四天王もいるわ」


「四天王?」


「魔王様の側近中の側近よ。大将軍の地位にあるわ……けど、四天王はワタシの存在を知らない。密偵の一兵士だと思っているから言動に注意してね」


「何を注意するんだ?」


「タメ口よ。ローグ団長、王様にも平気でタメ口だったでしょ? 普通、アレ駄目だからね。あとワタシの正体も言わないこと、いいわね」


「……わかったよ。敬語ね、敬語」


 今の僕はイキれる立場じゃない。

 昔はそこそこ礼節をわきまえていた筈だ……と思う。


 扉に近づくと、ギギギッと音を鳴らし勝手に開けられる。

 ネイダを真似る形で赤絨毯の上を歩くと、奥側に四人の魔族達が左右に分かれて立っていた。


 こいつらが大将軍の四天王か……。

 全員が漆黒のフード付きマントを羽織っており姿はわからないが、魔力は相当なものだ。


 四天王は階段に立っており、その奥は真っ白なカーテンレースが閉じられていた。

カーテン越から歪で大柄な人影らしき姿が玉座に鎮座して揺らいでいる。


 あれが魔王?


 全種族の宿敵だと?


 にしては魔力をほとんど感じない……力をセーブしているのだろうか?

 それに瘴気の素は、魔王じゃないようだ。


 ネイダは階段の手前で身を屈めて跪き、僕もその動作に従う。


「密偵ネイダ、只今帰還いたしました」


「何故、勝手に戻ってきた。オルセアの『ラダの塔』で失態を犯した貴様は、待機命令が出ていた筈だ」


 言ったのは魔王じゃない。

 マントを羽織った四天王の一人だ。

 こいつらはネイダが魔王直下の密偵であり、四天王を含めた全魔族の監視を命じられている特別な存在であることを知らない。


『――我が呼び寄せたのだ。手土産があるとのことでな』


 カーテン越しから声が響く。

 地鳴りのように低く反響させたような声質。男か女か、若いか年寄りかわからない。


『ネイダよ、その人族がそうなのか?』


「ハッ! 名は、ローグ・シリウス。嘗て【英傑の聖剣】の団長を務めた付与術士エンチャンターであり、強力な固有スキルを持つ者であります。先日、ルミリオ王国の反乱では扇動者として、1400名の兵士を強化貸与バフをさせた実績がございます」


『うむ、聞いておる。《能力貸与グラント》というスキルだな? 仲間全員を強化させ、または没収させることで己が力とし、あるいは他の者に移行させる能力……確かに我が魔王軍が欲する重要な人材であるぞ』


 おお! どうやら僕は既に魔王に認知され、一定の評価をされているようだ。

 もうエリートコースに乗ったようなもんじゃね?


 ネイダから「団長も何か言ってよ」と振られる。


「ああ……いや、はい。やれやれ、僕がローグだ、ですます。こうして魔王、様にお目通り頂き嬉しいでございますです」


 やばい、久しぶりの敬語だから上手く話せないや。

 めちゃカミカミになってしまっている。


『うむ。その首にはめているのは……「能力封殺スキルアウトの首枷」か? 古代の遺物で相当強力な呪術が込められておるな』


「……ああ、そうだ、いえそうです、はい。自分で外すことはできない、ようです」


『そのようだが――どれ』


 ふと魔王の影が揺らめく。


 刹那



 ボォン!



 僕の首枷が弾け飛び消滅した。


「え? え、ええーっ!!!?」


 は、外れた! いや消し飛んだのか!?

 無理に外したら首が締まる呪術を……作動する前に一瞬で吹き飛ばし消滅させたのか!

 いったいどうやったんだ!?


 こ、これが魔王の力……超やべぇ!!!


『ローグとやらよ。これで貴様はスキルが使えるようになったぞ』


「は、ハッ! ありがとうございます、魔王様ァ!」


 僕は生まれて初めて、まともに頭を下げ感謝の念を伝えた。

 少なくてもフレート王なんかより、魔王の方が余程尊敬に値するわ。


「良かったわね、団長」


「ああ、ネイダにも感謝だ! これで《能力貸与グラント》の復活だぁぁぁ! 見てろ、アルフレッドに糞共め! リベンジしてやっからなぁぁぁぁ!!!」


 僕は歓喜し立ち上がって飛び跳ねる。

 なんだか闇堕ちしたからか、身体も軽くなった気がするぞ。


「おい貴様、陛下の前で無礼だぞ!」


「人族風情が分をわきまえろ!」


「まったく礼節がなっておらん!」


「なんと浅ましき存在よ!」


 テンションを上げる僕に向けて、四天王共がチャチャを入れてくる。


「あぁ? うっせーな。お前らみたいなイカ臭い連中より、僕の方が超絶的に優秀だってことを魔王様に証明してやんよ!」


「なんだと貴様!? 我らを愚弄するつもりか!」


「我らはイカ臭くないぞ!」


「無礼者め、訂正しろ!」


「そうだ! イカ臭いとは何事だ!」


 僕のイキリっぷりに、四天王はやたらと体臭を気にし始める。

 実はこいつらが悪臭の原因じゃないかと思った。


『ローグよ。随分と威勢が良いではないか?』


「ハッ! 失礼しました、魔王様!」


 僕は瞬時に気持を切り替え、その場で跪き畏まる。

 自分は心から認めた上司には、礼節を守るタイプだと今頃わかった。


『いや気に入ったぞ。貴様ならアレ・ ・を抜けるかもしれんな』


「アレですか?」


『そうだ、邪武器――魔剣グロイスと言う』


「ま、魔剣!?」


 そんなのが存在していたのか……邪武器とは、まるでアルフレッド達が持つ聖武器を相反する代物っぽいぞ。


 すると使用人の魔族が一振りの剣を持ってきた。

 漆黒色の鞘に収められた禍々しいデザインの剣だ。

 その状態でも邪気が溢れており、見ているだけで背筋が凍えそうだ。


『ルールは聖剣と若干似ておる。その鞘から抜けば、その者が魔剣の所有者となろう』


「つまり、この僕にチャレンジせよと?」


『そうだ。これまで長い歴史上、たった三人しか抜くことはできなかった……失敗した者は皆、呪われてしまうからな』


「の、呪われる!?」


『うむ、魔剣グロイスの効力である《精神崩壊マインドロスト》だ。精神が壊され廃人と化し死んだも同然となるだろう』


 いや駄目じゃん、そんなの。チャレンジ云々以前の問題だわ。


 せっかく《能力貸与グラント》も使えるようになったのに……だから魔王は疎か四天王すらチャレンジしてないのかよ。

 あんたらがイモ引いているのに、僕に振るなよ……。


『どうだ、ローグよ。抜けば貴様を暗黒将軍として我の右腕として迎い入れよう』


 え? 暗黒将軍……響き的にカッコイイ。

 魔王の右腕ってことは、大将軍の四天王より上ってことか?


 つまり魔王軍のNO.2の地位。


 それってネイダだけじゃなく使用人の魔族ネェちゃんも、僕のいいようにできるんじゃね?

 うおっ、魅力的だなぁ……けどリスクがめちゃ高い。


 僕の決断は如何に――!



―――――――――――

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