第97話 元主人公その後



 数日後の朝、騎士団の副団長であるブルクが宿屋に訪れる。

 お忍びとかではなく堂々と入ってきた。


「――勇者アルフレッド様に謁見させて頂きたく参上いたしました」


 部屋に入ってきた早々、畏まり跪いて見せてくるブルクと背後の数名の騎士達。

 丁度俺がまた懲りもせずベッドに侵入してきた、シズクとピコを叱っていた時だ。


 嫌な時に来やがって、この堅物騎士どもは……。

 とりあえず薄着のシズクにガウンを纏わせ、ピコと一緒に廊下へと追い出す。


「ブルク殿、どうしたんですか? こんな朝早くから……それと俺は王族や貴族じゃないんで普段通りで接してください」


「はい、アルフレッド殿。実は騎士団長より伝言をお預かりいたしまして、早朝より失礼とは存じ上げながらお伝えしに参りました」


「騎士団長、ハンス殿下から? 勇者としてのクエスト依頼か何かですか?」


 俺の問いに、ブルクは「いいえ違います」と言いながら立ち上がると、思わぬ事を告げてきた。


「――ローグ・シリウスの死亡が断定されました」


「なっ!?」


 俺だけじゃなく、同じ部屋に居合わせたガイゼンとラウルも絶句するほど驚愕した。


 反乱を指導した罰として、未知のモンスターが棲みつくとされる孤島に無期限で放り込まれた、ローグ。

 一週間に一度だけ食料などの補給がされることになっていたが、二週間ほど経過するも受け取った形跡がないのだと言う。


「武装した巡視船でも島に近づくことができぬため遠くからでありますが、補給物資は放置されたままとなっております」


「それで死亡が断定されたと? だとしたらローグの遺体は確認されてないんですよね?」


「はい、ですが奴にとって生命線でもある物資が放置されていることを考慮すれば、既にモンスターに襲われている可能性が高いと判断しております」


 そうして本日付けでローグへの補給は中止となり、その旨を俺に知らせるよう命じられたそうだ。

 ハンス王子の配慮で……俺がローグと付き合いが長いことを殿下も知っているからだろう。


「……わかった。殿下には気を遣って頂き感謝しますとお伝えください」


 俺はそう告げると、ブルクは「ハッ、必ず騎士団長にお伝え致します!」と堅苦しい言葉を残して騎士達と去って行った。


「ローグが死んだか……バカ野郎が」


 自業自得と思いながらも、つい感傷的になってしまう。

 俺にとっては一年とちょっとくらい程度の付き合いだが、アルフレッドにとっては【英傑の聖剣】を立ち上げる前から一緒に過ごしてきた間柄だ。


 この胸に突き刺さるような気持ち……おそらくアルフレッド自身の感情だろうか。

 いや、それはないか。だって本物のクズだから。


 けどあの時ずっと感じていた違和感、ローグにご都合展開ガバが働いているんじゃないかという疑惑……。

 やはり気のせいだったのか?


 身支度を整え、食堂で女子達と合流する。

 シズクとピコは俺のベッドに無断で潜りんだ件がバレてしまい、シャノンに思いっきり怒られ身を縮めていた。


「……シャノン。もう、その辺でいいだろう。食後、みんなに伝えたいことがあるんだ」


「わかりました……アルフさんが紳士で良かったです。ブツブツ」


 不満気ながらも感情を抑える、シャノン。

 さりげなく俺とお揃いのブレスレットを擦っている仕草がいじらしくてかわいい。

 今度はガチのデートプランを練って誘ってみよう。


 朝食を終え、俺からローグの事を報告した。


「……そうですか。あれだけのことをしたのですから当然の報いでしょう」


 嘗て幼馴染のシャノンが感想を漏らしている。

 既に冷めきった関係だからか、ショックを受けている様子は見られない。


「可哀想だとは思わないけど、せめてみんなに謝罪くらいしてほしかった」


「まったくだ。最後は魔物の餌食か……あやつらしい末路ではありますが、いっそあの場で斬首した方が情けだったかもしれませぬ」


 パールとカナデも、それぞれの想いを語っている。

 誰もローグに対し同情する声は聞かれない。


 あいつは結局、最後まで孤独だったということか……。


「――果たして本当に死んだんのかなぁ、うひひひ」


 ソーリアが不気味に微笑みを浮かべている。


「どういう意味だ?」


「ボクはね、呪術師シャーマンとして人の魂の大きさを見極めることができるんだよ」


「魂の大きさだと?」


「そう、正確には質量だけどね。質量が大きいほど、人はそう簡単に死なない。強運、あるいは悪運ってやつだよ。あのローグって男……アルフ団長と同じくらい悪運だけは並外れて備わっていたからね。現にあれだけやらかしたにもかかわらず、極刑は免れたでしょ? それだって悪運が成せる業ってやつだね」


 まぁ仮にも元主人公キャラだからな。

 下手なモブキャラより相当悪運が強いだろうぜ。


 そういやアルフレッドも悪運だけはやたらと強かった。

 結局、やりたい事をやり尽くして、ようやく極刑になった男だ。

 勿論アンチ読者から「とっとと殺せ!」だの「ガバじゃねーか!」と感想欄で好き放題に書かれまくっていたけど、 原作者の鳥巻八号は書籍版のあとがきで「あんな美味しいキャラ、そう簡単に殺すわけねーだろw」だの「これだけ祀られたアルフレッドに心から感謝でーす! ハァァァイ!」と締め括られたっけ。


 それは置いといて。


「ソーリア、何が言いたい?」


「案外しれっと生きているかもね……確認しに行ってみる、団長くん?」


「……いや、そこまでしなくても。仮に生きていたとして、ローグが罪人であることに変わりない。もう二度と、このルミリオ王国に戻って来れないんだ。確かめる意味はないだろ?」


 俺の話に、みんなが無言で頷き割り切っている。

 ソーリアも「それもそうだね、うひひひ」と、いつもの病んだ微笑を見せていた。


 そう表向きは言ってはみたものの、内心では俺も超気になっているけどな。

 確かにローグのしぶとさは半端ない。けどそれは主人公補正ありきのご都合展開ガバで成立しているからこそだ。


 鳥巻八号は「ローグはもう主人公じゃない。だからご都合展開ガバはない」と断言していたけど、そもそもあいつ自身がガバ神だ。


 しれっと生きている可能性は否定できない。

 だが確証がない以上、団員達に不安を煽るのも間違っている。


(暇をみて、俺一人だけでも例の島に探索できるよう、ハンス王子にお願いしてみるか……)


 そう思った。



◇◆◇



 ――っと。


 今頃、僕は死亡した扱いなんだろうな。

 アルフレッドや愚かな間抜け共め……。


 この僕ローグは、旧ダニエルこと「ネイダ」に連れられ島を脱出した。


 サキュバスであるネイダは背中から蝙蝠の翼を広げ、僕を抱える形で飛行している。

 おかげで彼女のぷにゅっと柔らかく豊満すぎる両胸に埋められる形で、ちょっとしたラッキースケベ展開となっていた。


 闇堕ちしてから幸先いいじゃないか……ククク。


 まぁ僕の首には忌々しい『能力封殺スキルアウトの首枷』が付けられたままだけどね。


「ローグ団長、そろそろ『魔城マシラゴア』が見えるわ」


「あの雷雲に覆われた陸地か? めちゃ雷が落ちているんだけど、近づいて大丈夫なのか?」


 にしてもデカい……大陸までとはいかないも、ルミリオ王国の領土並みはあるそうだ。

 陸地の上空に巨大でドス黒い雷雲が渦を巻くように覆われており、延々と無数の雷が枝分かれしながら地上に落ちていた。


「外部の者を近づけさせないためよ。ワタシが傍にいれば雷には当たらない仕様になっているわ。普段は島全体が霧に包まれ発見されにくいよう、カモフラージュが施されているのよ」


「へ~え、そりゃ難攻不落なわけだ。けど魔改造された元勇者のショウタ君とかは侵入を許しているんだろ?」


「絶対ではないのは確かね。だから魔王様にとっても、それだけ勇者が危険な存在ってわけよ。生かさず殺さずに制裁するのも、見せしめと魔王軍の士気力向上させる意味が含まれているわ」


 まぁ難敵の勇者達を家畜以下の奴隷にしているんだからな……さぞ魔族達も優越感に浸れるだろう。


 間もなくして陸地に降りた。

 周りは薄暗いが、先程の落雷は見られない。


 いや、それよりも……。


「臭せぇ……超イカ臭いんだけど」


 何か腐敗し濁ったような耐え難く不快な空気だ。


「負の魔力で構成された瘴気よ。抵抗力レジストの低い人族なら、30分で肺を汚染され死に至るわ」


「げっ! んじゃスキルも使えず雑魚と化した、今の僕も危ないってことじゃないか!?」


「大丈夫よ。ローグ団長はワタシと契約して、既にこちら側・ ・ ・ ・だからね。影響しない筈よ。まぁ臭いには慣れるしかないわね」


 しれっと答える、ネイダ。


 果たして慣れるだろうか……。

 あまりにも激臭に僕は素直にそう思うのだった。



―――――――――――

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