第89話 絶望する元主人公



 僕は忌まわしき『能力封殺スキルアウトの首枷』をつけられてからの記憶がない。


 気づけば牢獄の中にいた。

 所謂、独房というのだろうか。


 薄暗い煉瓦調の密室であり、天井近い壁から僅かに光が漏れている。

 しかも唯一の出入り口も鉄格子でなく、分厚い鉄の扉だ。


 随分な扱いじゃないか……僕は凶悪な犯罪者ってか?

 それとも脱獄されることを危惧しているのか?


 フン、バカめ。


 《能力貸与グラント》を封じられた僕に何ができると言うんだ?


 フォーガスとラリサは、僕より前に投獄されている筈だが何処に入れられたのだろう。

 まぁあの二人は僕より刑が軽い。きっと相応の牢獄だと思った。


 ……別にどうでもいいか。


 もう、あいつらは仲間じゃない。

 ただ僕のスキル目当てで近づいてきた薄っぺらい間柄だ。

 現に話を持ち掛けたダニエルなんて真っ先に逃げやがったし。


 ……そうさ。


 最初から僕に仲間なんていやしなかった。

 こんなことなら冒険者なんかにならず、孤児院でシャノンと二人でひっそりと暮らしていれば良かったんだ。


 ――アルフレッドなんかに出会わなければ!


 地元の教会で行われた《スキル降臨の儀式》で、あいつに出会ったのが運の尽きだ。

 アルフレッドは僕より一つ年上で兄のような存在だった。

 あいつはその頃から冒険者として活躍しており、固有スキル《加速アクセル》で活躍する期待のルーキーだ。


 僕はそんなアルフレッドに憧れ奴に近づいた。

 その時にチンピラから絡まれ、助けてもらったことがきっかけで意気投合し、二人で【英傑の聖剣】を立ち上げたわけさ。


 ……嬉しかったなぁ。

 ……楽しかったなぁ。


 幼馴染のシャノンも加入してもらい、ガイゼン、パールと次第に団員が増えていった。

 どんどんパーティが大きくなり、集団クラン規模へと成長し周囲からも一目置かれるようになる。


 けど、それからだ。

 僕とアルフレッドの間で距離が置かれるようになったのは――。


 気づけば、あいつは僕の《能力貸与グラント》を忘れ、僕を無能者扱いし雑用係同然に扱うようになった。


 その時は別に構わない、そう思ったさ。

 事実、僕が居なくなって困るのはあいつらだからね。


 それに僕は影でパーティのみんなを支えていく……実はローグって感じが心地よく余韻に浸っていたことも否定しない。実際そうだからね。


 けど本当に歯車が狂いだしたのは、アルフレッドが変わってからだ。


 ある日、突然いい奴になった――。


 急に僕に優しくなり、周囲に気を配るようになる。

 挙句の果てに、謎のボランティア活動まで始める始末だ。


 いや、それだけならまだいいわ。


 最終的には、「俺に《能力貸与グラント》は不要だからな」とか言い出し、「団員にも許可を貰ってからバフしろよ」と命令してくる。


 それじゃ意味ないだろって反論したら、ガチギレされてしまった。


 ずっとサボっていた剣術の訓練もこまめにやるようになり、新人のカナデと親交を深めるまで至っている。カナデも入団当初はアルフレッドの傲慢さに軽蔑していたクチだ。


 そして、シャノンですらあれだけアルフレッドのことを嫌っていたのに、何故か見直すようになり……ついに寝取られてしまった。



「……アルフレッド、どうして僕を必要としなくなったんだ? どうして僕から離れたんだ……」


 自問自答するも返答してくれる者は誰もない。

 時折、薄汚いネズミがせわしなくちょろちょろするだけだ。


 ――チクショウ、チクショウ、チクショウ、チクショウ……。


 丁度、時間を忘れかけていた頃。


「ローグ・シリウス、貴様の出航が本日に決まったぞ――早く出ろ」


 鉄の扉が開けられ、数名の兵士達が入ってくる。

 立たされた僕は手枷を付けられ、独房から出された。


 いよいよか……。


 まるで売られてしまう家畜になった気分だ。


 目が光に慣れるまでしばらく掛かる。

 兵士達に両腕を引っ張られながら、ずっと俯き下を向いて歩く。


「おお、アルフレッド殿達だ……わざわざ観に来られたのか?」


 前の歩く兵士達が何やら呟いている。

 僕は一瞬だけピクっと反応するも、顔を上げる気力すら湧かなかった。


 どうせ無様な姿を笑いに来ているんだろ?

 特にアルフレッドめ……シャノンとイチャつきながら。


「【集結の絆】の皆様は、我がルミリオ王国を救い今では象徴とも言えるパーティだ」


「聖剣グランダーを振るうアルフレッド殿こそ、勇者に相応しき英雄よ」


「国中で話題になっているぞ。何せ、オルセア神聖国で難攻不落と称された『ラダの塔攻略戦』にも一石を投じたと聞く」


「団員全員が聖武器を所持されているのが何よりの証だろう。反乱軍の鎮圧時も共に戦えて真に誇りであった」


 オディロンと僕がおっぱじめた反乱騒動を機に、アルフレッド達の評判は爆上がりしたようだ。

 今ではアルフレッドを勇者と呼び、その仲間達を英雄と称えられている。


 本来なら、僕がそこに立っていた筈なんだ……。

 アルフレッドに代わって……この僕が。


 ――チクショウ


 結局、一度も顔を上げないまま護送用の馬車に乗せられ出発した。




 何日か移動し港湾に辿り着く。


 埠頭にはルミリオ王国が保有する巡視船が待機していた。

 僕は船舶兵に引き渡しされ、巡視船に乗せられる。

 生まれて初めて乗る船がこんな形かよ……そう皮肉った。




 出航してから五日ほど経過する。


 船舶兵の話だと、波が落ち着いていれば三日ほどで着く距離にあるらしい。

 海まで、僕を拒むのか……。

 

 そしてようやく、僕が暮らすことになる孤島が見えてきた。

 一見して普通の無人島のように見えるが……。


 不意に僕の手枷が外される。


「このまま浅瀬に船を停めるので、そこからは用意したイカダに乗り一人で行け」


 ぶっきら棒な口調で指示される。


「岸で降ろしてくれないのか?」


「無理だ。本来なら近づくことすら危険な島だからな……命令通り、週一回は食料と備蓄品を送ってやる。ただし無人のイカダに乗せてだ。放置されていれば死亡と見なし、二度と補給はないと思え」


「……わかったよ」


「あとこれはハンス殿下の伝言だ――『ローグ、キミの処分は未知なる島の調査と開拓にある。滞在は無期限となっているが一定の成果が認められたら、早期にルミリオ王国に戻ることを検討しよう』と。つまり殿下は貴様の頑張り次第で減刑して下さる意向もあるということだ」


「……司法取引ってか? ふ~ん」


 半ばどうでもいい、そう思えた。



 僕はイカダに乗せられ、一人で島へと向かう。

 予め数日分の食料と1本の短剣ダガーが箱に入っていた。


「この短剣ダガーで未知の凶悪モンスターと戦えってか? 舐めやがって……」


 せめて《能力貸与グラント》さえ使えればどうにかなるのに……今の僕は付与魔法も使えない無能力者だ。

 すぐ殺されるのが目に見えてしまう。



 僕はイカダを漕ぎながら、海に反射する自分の姿を見つめる。

 何日ぶりだろうか、こうして自分の姿を見るのは……。


 にしても酷い顔だ。自慢の黒髪が、ほぼ真っ白になっているじゃないか。

 つまり今の僕はそれだけ絶望していること。


 この世界そのモノに――。


「チクショウ、チクショウ……チクショウォォォォォ――ッ!!!」


 久しぶりに喉が張り裂けるまで叫んだ。


 イカダは岸に到着し、僕は砂浜に降りた。

 見届ける形で浅瀬に停まっていた、巡視船が離れて行く。


「チッ、ムカつく連中だ……しかし言うほど邪気を感じないけどな」


 僕は愚痴を零して辺りを見渡した。

 砂浜の奥側から樹木で生い茂り、ジャングルと化している。


 さぁて、糞サバイバル生活の始まりだ。



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