第68話 悪役だってイキりたい



「どういう意味だ、ラウル?」


「アルフ団長が手を下す必要はないと言っているんです。そもそも私は最初から、その人を怨んでいません」


「怨んでいないだと!? バカな、兄さん!」


 テスラの問いに、ラウルは戸惑うことなく頷いて見せた。


「ええ。私はたまたま第一王子として早く生まれてしまっただけで王位を継ぐ気などありませんでした。幼少の頃からね……寧ろテスラ、優秀で責任感のある貴方が王位を継ぐべきだと思っていたくらいです」


「確かに兄さんは穏やかで優しすぎる……だが頭が良く誰にでも好かれていた。だから陛下も周囲も兄さんに期待していたんじゃないか?」


「評価してもらえるのは嬉しいですが、嫌なものは嫌ですね。寧ろ大好きな魔獣達と一緒に過ごした方が幸せです。そんな身勝手な者が王位継承など相応しくないでしょ?」


「しかし母は……ウェンディは実際に兄さんの命を狙おうと、ゼルネスを使って……」


「ゼルネスはわたしの命を狙ったことはありません。寧ろそうならないよう逃がしてくれました……ですから義母には、追放のきっかけを頂き感謝しているくらいです」


 爽やかに微笑を浮かべる、ラウル。

 あまりにも清々しさに、弟テスラは何も言えなくなる。


 ――やっぱりな。

 ラウルならそう言うと思った。


 心優しい彼なら弟を悲しませるような選択はしないだろうと見込んだ上で――。

 だから悪役らしく振舞い発破を掛けたんだ。


「当事者のラウルがそう言うなら、俺は剣を振り下ろすことはない……まぁ俺の暗殺に関しては、ゼルネスの一存でやったこと。テスラを始め攻略した冒険者みんなが聞いていることだ」


 俺はそう言うと、剣を騎士に返した。


 命を繋いだウェンディは、ほっと胸を撫で下している。

 まだ安心するのは早いぞ、おばさん。


「――が、それでは俺の腹の虫が治まらない。こう見てもルミリオ王国から勇者候補として保留扱いの冒険者だ。はっきり言って国際問題には変わりないぜ。失礼ながらそうでありますな、バイル陛下?」


「うむ、アルフレッドの言う通りだ。余とて同盟国であるルミリオと揉め事を起こす意志はない。その女はまだ余の妻であり王妃……余からも誠意を込め、如何なる謝罪と詫びを致そう。貴公とルミリオに対して――」


 バイル王の言葉に、俺は「ハッ」と丁寧にお辞儀して見せる。


「では私めから要望をお伝えしてもよろしいでしょうか?」


「うむ、良いだろう」


「では、今すぐウェンディ様の第二王妃の失脚を要望いたします」


「わかった。たった今より、ウェンディの王妃を剥奪する。それにより貴族としての地位を失うだろう」


 つまりこの女が見下していた平民の身分へと成り下がるわけだ。


「そんなぁ陛下、あんまりです!」


 思った通り抗議する、ウェンディ(ただのおばさん)。

 あんまりじゃねーよ。あれだけやらかしておいて当然じゃねーか。


「もう一つ、ウェンディとゼルネスの王都追放を要望いたします」


「なっ……アルフレッド! 貴方という男はどこまでわたくしを陥れるつもり――」


「黙れ、ウェンディ! わかった、アルフレッド。貴公の望む通りに致そう」


「ありがとうございます、陛下。ですが、それでも多くの民は納得しないでしょう……そこで不躾ながら私に提案があるのですが?」


「何なりと申してみよ」


「ハッ――この者達を生涯、辺境の修道院に入れてみては如何でしょうか」


 俺の提案に、バイルは双眸を細める。


「……ほう。その意図は?」


「神聖国らしく、生涯かけて神に懺悔することで心も身体も清らかになるでしょう。それが、この者達が犯した罪滅ぼしにもなるのではないかと」


「うむ確かに、我がオルセアらしい裁きだ。アルフレッド、貴公からの提案となれば貴族や民も理解を示すだろう」


 どことなく明るい声で応じる、バイル王。

 へえ……陛下も俺の意図に気づいたようだ。


 ――テスラの手前、ウェンディとゼルネスは生かしておいてやる。


 が、それだけではこれまで蔑ろにされてきた周囲が納得しないだろう。


 だから半追放処分とし辺境で細々と余生を過させてやることにした。

 まるっきり国外追放も、テスラが悲しむだろうからな。

 せめて国内に留まるよう配慮してやるわ。


 無論、これは被害者兼ルミリオ王国の勇者候補である俺だから提案できること。


 身内であるバイル王やテスラじゃ、「元妻だから甘い裁き」だの「結局救済じゃね?」とか、感想欄のコメントばりに周りから不満の声が上がるに違いない。

 だからこそ部外者の俺がしゃしゃり出る必要があったのだ。


 そういった不満や文句も、全て俺のせいにしちまえばいいんだからな。

 おそらくバイル王はその意図を察し、ああいう言い回しになったのだろうぜ。


「――では、これにて裁きを終える! とっととその二人を退出させろ! 準備が整うまで牢獄にでも放り投げておけ!」


 指示を受け兵士達は「ハッ!」と敬礼し、ウェンディとゼルネスを強引に立たせた。

 そのまま「早く歩け!」と強引に連行しようとする。


「い、痛い! 乱暴にしないで! おのれぇ、アルフレッド! よくも、わたしに対してこんな真似をぉぉぉぉ――……」


 ウェンディはヒステリックに声を荒げる。なにやら捨て台詞を吐く前に退出させられた。


 あのババァは死んでも反省しないと見たぞ。

 やっぱ斬っておくべきだったか……もうどうでもいいや(軽)。


 一方のゼルネスは去り際に俺と目を合わせ、微かに唇を動かした。


「……ありがとうございます、アルフレッド様」


 そう小声で言った。


 どうやらこいつも俺の意図に気づいていたようだ。

 寧ろゼルネスにとっては、あのババァと生涯一緒に居られるのだからご褒美かもな。


 そういや修道院って男禁制だったな……勢いから自分で提案しておいてアレだけど、ゼルネスはどうするんだ?

 まぁ奴は変装も得意だから自分でなんとかするだろうぜ(超軽)。


 こうしてウェンディはゼルネスと共に失脚した。



 しばしの沈黙後。


「アルフレッド君、礼を言わせてもらうよ。ありがとう……そして、すまなかった」


 テスラが深々と頭を下げて見せる。


「別に俺は何も……部外者なのに図々しく進言して悪かったと思っている」


「いや、そんなことはない。キミだから良かったんだ……息子の僕では母を斬るしかケジメを取る方法がなかった。国としての体裁を保つために……それでもだ。あんな母でも……僕にとって母親に変わりないんだよ。ゼルネスだってそうさ……僕の肉親みたいな存在だ。不謹慎だが内心ではホッとしている」


「そう思ってくれるなら、それでいい。もう気にしないでくれ」


 俺は手を差し出し握手を求める。

 テスラは「ああ」と頷き固い握手を交わした。


「アルフ団長、私からも礼を言いましょう。ですが私が止めるよう呼び掛けなければ、本当に義母を斬っていたのですか?」


 ラウルの問いに俺は「ハハハ」と笑う。


「まさか……誰も止めなければ、寸前で『いやぁ腹壊したわ~』とか適当に言って、最終的に《神の加速ゴットアクセル》でバックレてやろうと考えていたよ、うん」


 そう言うと、周りから失笑が漏れ始める。


「まったくアルフらしいぜ! けど大したもんだ!」


「本当に見事な采配でした。やはりアルフさんは勇者です!」


「本当、アルフ凄い!」


 ガイゼンとシャノンとパールが褒め称えてくれる。

 他の仲間達からも「団長、流石ですぅ!」と持ち上げてくれた。

 また【太陽の聖槍】や周囲の騎士から貴族に至るまで、俺に向けて拍手してくる。


 なんだか、映画スターになった気分だ。

 少し恥ずかしいけど、みんなが称賛してくれるのなら素直に嬉しい。


「まぁ、俺はいつも通りに振舞っていただけさ」


 などと謙虚な姿勢を見せつつドヤ顔の俺。


 悪役でも、たまには主人公みたいにイキるのもいいだろう。

 何気にそう思うのだった。



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