第65話 悪役VS最強の暗殺者



 清々しいほど、俺への殺意をほのめかしてくるゼルネス。

 ついイラっとしてしまう。


「なんだと、テメェ! どういう意味だよ、コラァ!」


「正直、私はラウル様にも情がある。第一王妃様にも可愛がって頂いた恩もあり、お優しいラウル様もテスラぼっちゃまと同じくらい尊敬の念を抱いている……だからこそ、アルフレッド。貴様という生贄が必要なのだよ」


 口調を変え、ゼルネスは俺に向けて凄んで見せてきた。


「生贄だと? まさか俺を始末することでラウルの暗殺を諦めるよう、ウェンディを納得させようとしているのか?」


「――ウェンディ様だ。そうだ。貴様の首を獲れば、ラウル様への警告にもなるだろう。それでウェンディ様も心を静めてくれるかもしれない」


「糞やかましいわ! 俺の命を狙う連中に『様』付けを強要される筋合いはねぇ! ラウルはその気がないと言っているんだ、それでいいじゃないか! 無駄な暗躍はやめろよな!」


「それだけじゃない。ウェンディ様はこれまでの所業を陛下とテスラぼっちゃまに知られるのを何より恐れている。だからラウル様が、この国に踏み入るのを良しとしてなかったのだ」


「母上の所業だと? どういう意味だ、ゼルネス!?」


 テスラの問いに、ゼルネスはフッと笑みを零す。


「――先程申した通り、ウェンディ様は幼少の頃からラウル様の存在を疎ましく思っております。実際、私にラウル様の暗殺を命じた時期がありました。しかし私は意に反し、ラウル様を逃がした経緯がございます」


「なんだと!? 兄さんは自分から国を出て行ったのではなく、出て行かざるを得なかったというのか!? しかも義理とはいえ、第一王子たる者を暗殺などと……」


 真実を聞かされ、テスラは困惑し項垂れてしまう。


「おいおい、もろ知られたくない本人の前だろ? そんなにぶっちゃけていいのか? しかもこれだけ大衆の前だぞ?」


「別に構わんよ。最初から全員始末する予定だ。テスラぼっちゃまとラウル様以外の者をな。マンティス・アーガに殺されたということにすれば十分だろ。あと些か強引だが、テスラぼっちゃまの記憶を改竄すればいいだけのこと。それでラウル様はトラウマとなり、二度とこの国に近づくこともあるまい」


 こいつ……地味に狂ってやがる。

 いや、ゼルネスにとって優先順位はあくまでウェンディなのだ。

 それ以外の連中は基本どうなろうと我関せずの姿勢なのだろう。

 これだけの面子を前に一切臆さないのも、その気になれば全員を皆殺しにできるという絶対的な自信の現れか。


 ラウルの話を聞く限り、恩義あるウェンディの我儘に振る舞わされる情の熱い奴だと思っていたのに……。


「――気に入らねぇ。どうせ命を狙われたんだ。俺が真正面から否定してやるよ!」


 大切な仲間に手を出させないよう、ここで俺が阻止する。


「待ってくれ、アルフレッド君! ここは僕が戦う! これは僕、いや王家の問題だ!」


「テスラ、その貧血気味の状態でか? シャノンの《聖女息吹セイントブレス》は身体の損傷は全快できても失った血液は戻らない。輸血用の回復薬ポーションもない状態だ。気持ちは有難いがやめとけ。ラウルを含む他のみんなも手出し不要だ」


 俺は聖剣グランダーを鞘から抜き、ゼルネスと対峙する。

 奴はニヤッと意味ありげに口端を吊り上げた。


「アルフレッド君……」


「テスラ、ここはアルフ団長に任せましょう。彼なら大丈夫です」


 兄ラウルに諭され、テスラは「わかった、兄さん」と身を引いた。

 異母兄弟の二人さえ、ああして和解したってのに……。


「ゼルネス、お前らはしょーもない連中だ。俺が直接ブッ飛ばしてやるから覚悟しろ」


「わざわざ一対一でか? 別に全員相手にしても、こちらは構わんのだが……まぁ、そうなるよう願っているよ――」


 ゼルネスがニヤついたまま身を屈め、何やら動きを見せる。


「無駄だな――《神の加速ゴッドアクセル》!」


 固有スキルを発動し、射程30メートル範囲を超スロー状態へと誘う。

 当然、ゼルネスも動けたとしても非常に遅く動いたか動いてないか程度だ。


「もう自力でスキルを発動できるようになったぞ。少し残酷だが手足を両断して、達磨になってからボコ殴りだな」


 俺は呟き短剣ダガーを握る右腕に向けて容赦なく刃を振るう。


 が、妙な手応えを感じた。

 いや、まるで手応えがない。


 それこそ空気でも斬ったかのような感覚だ。


「なんだ? こいつの肉体は――《蠱惑の瞳アルーリングアイ》」


 俺は右の眼帯をずらし魔眼で、ゼルネスの魔力を探る。

 全身が奇妙な魔力で構築されていた。

 ゆっくりと霧状に散らばり、それは肉体にも影響している。


「まさか」


 俺は他の腕や足も斬りつけるも、同じような感覚に見舞われてしまう。

 斬撃した箇所を優先に、ゼルネスの身体は砂の城のように次第に崩れていく。


 そういやシズクとカナデとパールの話だと、奴の身体が靄状になり気がつくと背後に回られ当て身を食らわされていたと聞いた。

 てっきり幻惑系の魔法だと思っていたが……。


「そういうことか――」


 俺はゼルネスから離れ、自ら射程外から離れる。

 《神の加速ゴッドアクセル》が強制解除された。


「消えただと? もうあそこまで……なるほど、あれがアルフレッドのスキルか。だが二度も見させてもらっているだけに初動は見切っている」


 ゼルネスは一度姿を消し、俺が立っていた位置へと回り込む形で現れた。


 やはりそうか、こいつ……。

 離れた距離から魔眼で観察したので明らかになったぞ。


「肉体を霧状に変化させ自在に移動するスキル――ゼルネス、それが貴様の能力か?」


「その通り――《煙霧の幻影ヘイズ・ミラージュ》だ。よく見破った……その右目の魔眼か?」


「まぁな。卑猥な魔道具なんであまり晒したくないが、こうして魔力探知が可能っていう利点もある」


「聞いたことがある。魅了系の魔眼か……生憎、私を魅了することは不可能。幼少期から、その手の訓練を死ぬほどさせられている。毒耐性もカンストしていると思え」


 ゼルネスの本業は暗殺者アサシン

 ラウルの話だと嘗て暗殺組織に属し、足を洗った後にウェンディ家に護衛兼執事として雇われた経緯があるとか。

 どちらにせよ、仕える主を間違えているけどな。


「タネさえわかればどうってことない。未知は謎だから驚異なんだぜ」


「強がりを、いや時間稼ぎか? 貴様のスキルには1分ほどの待機が必要と理解している。その時間など与えん、これで確実に仕留める――」


 ゼルネスは言いながら、身に纏う衣服や装備ごと霧状と化し散開させた。

 確かにああなっては攻撃のしようがない。唯一の弱点は炎系の攻撃だろうか?

 無論、俺にはそんな能力はないがな。


 だが《蠱惑の瞳アルーリングアイ》のおかげで魔力の流れは見極められる。

 霧という微粒子と化したゼルネスが移動する流れが見えていた。


 後は――



 ザッ



 俺の背後、左肩に激痛が走る。


 ゼルネスの短剣ダガーによって刺されたからだ。

 しかし本来なら頸動脈を狙った攻撃であった。

 俺は刃が出現するタイミングと狙う箇所を魔眼で見極め、あえて左肩でガードしたのだ。


「――なっ! まさか、そこまで見切られていたのか!?」


「痛ぇ……が、これぞ肉を切らして骨を断つ。名言だろ――くらえ!」


 俺は素早く反転し、カウンターと言わんばかりに聖剣グランダーを振るう。

 それでも本来ならゼルネスに見切られ、せいぜい皮一枚ほど掠る程度で躱されてしまうかもしれない。


 しかし、そこは聖剣グランダー。

 俺の意志で攻撃しながらでも自在に変化することが可能だ。



 斬ッ――!



 攻撃の軌道上で刃は伸長し、ゼルネスの胸部を捉えた。

 深々と横一文字に斬り裂く。


「ぐぼっ! み、見事だ……」


 ゼルネスは吐血と血飛沫を上げ、その場で倒れ崩れた。


 確かに奴のスキル《煙霧の幻影ヘイズ・ミラージュ》は、物理攻撃に関しては無敵の防御力を誇るだろう。

 しかし攻撃に転じる際、必ず実体化しなければならない。

 予め《蠱惑の瞳アルーリングアイ》で魔力の流れを見極めていく中でそう理解した。


 つまりゼルネスが攻撃した時こそ、こちらの攻撃が通じる時となる。

 俺はあえて攻撃を受けることで、タイミングを合わせてカウンター攻撃を放ったのだ。


 こうして深手を負いながらも、最強の暗殺者アサシンであるゼルネスに勝利した。



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