第56話 デバフの魔女



 突如、現れた白髪の少女。

 漆黒の魔道服を纏う人族だった。

 まるで透けるような乳白色の肌に赤みを帯びた瞳、スタイルが良くどこか神秘的な美しさを秘めていた。

 だがどこか目が座っており、特に笑い方がなんかヤバ系の雰囲気を纏っていたと言う。


「あ、貴方はまさか……どうしてここに? 確か『ラダの塔攻略』の決起会に招集されていた筈……」


 ウェンディは白髪の少女と面識があるのか酷く狼狽している。


「ソーリア・ファブル。第一級冒険者の呪術師シャーマン……デバフの魔女か」


 ゼルネスは袖口から出した隠し剣の切っ先を少女に向けて呟く。

 ソーリアと呼ばれた白髪の少女は「うひひひ」と笑った。


「興味ないからサボっただけよ……どうせ勝手に都合よく話が進むでしょ? それより王妃様こそ、こんなところで騒ぎを起こしてどういうつもり? 大方、ラウルがオルセアに戻ってきたことを知り、居ても立っても居られず宮殿から出てきたってところかな?」


「フン、辺境の部族である貴女には関係ないわ! ゼルネス、この女ごと斬ってしまいなさい!」


「……ウェンディ様。お言葉ですが、今の私めにこの者を斬る力はございません」


「なんですって!?」


 そう、いつの間にかゼルネスの足元で禍々しく妖しい光を宿す魔法陣が浮き出ていた。


「――呪法 《身体機能低下フィジカルダウン》。術中にハマった今の彼では、いくら最強と謳おうと第一級冒険者のボクには勝てないよ、うひ」


 不気味な微笑を浮かべ、ソーリアは手元から魔杖を出現させる。


 呪術師シャーマンは精霊など霊的な存在と交信して予見し天候を操る占術や相手に呪いをかける呪法に長けており、中でも能力を低下させ弱体化させるデバフ系魔法に特化していた。


 どうやらソーリアは騒ぎが起こっている間、密かにゼルネスにデバフを施した上で姿を現したようだ。


「……自力で呪解することは可能ですが、3分ほど時間が必要でしょう。如何なさいましょうか?」


 ゼルネスの問いに、ウェンディはギリっと強く奥歯を噛み締める。


「もういいわ! 退くわよ、ゼルネス! どうせラウルはこの場にいらっしゃいませんし、目的の半分は果たしたわ!」


「わかりました、ウェンディ様」


 ゼルネスは一礼すると、因縁を吹っ掛けられた少年に近づき金貨一枚を渡した。


「協力した駄賃だ。受け取れ」


「ちょい、どういうことよ!」


 マカ達と縮こまっていた、ピコが訊く。

 ゼルネスは「フン」と鼻を鳴らした。


「ウェンディ様がこの少年に絡んだのはワザとだ。最初から斬るつもりなどない。全てはラウル様が所属した冒険者パーティである、貴様ら【集結の絆】を引きずり出し力量を計るため。団長のアルフレッドは不在にせよ、団員の力量を見定めればたかが知れている。正直この程度の実力では、ラウル様をお守りすることは不可能と判断した」


「なんですって!? アルフはあんたなんかに絶対に負けないわ!」


「であれば奴に伝えろ。死にたくなければ、すぐさまラウル様を連れてこの国を出ろとな。の本職は暗殺者アサシン、ウェンディ様のご命令があればいつでも狩りに行く――」


 ゼルネスは踵を返し、ウェンディと共に馬車に乗りその場を去った。



◇◆◇



「――って事があったの! 本当、頭にきちゃう!」


 ピコは俺の肩に乗って、プンスカと怒っている。

 まさか不在の間、そんなことがあったとは……。


「しかしガチで、そのウェンディっていう王妃ろくでもねーな」


 話を聞き、俺は率直な感想を漏らした。


 まんまと挑発に乗り逆に煽り散らかした、シズクとピコにも問題があるがそこは仕方ない。

 よく考えてみりゃ、待機組にストッパー役がいなかったこともある。

 こんなことなら、シャノンに残ってもらえば良かったかもしれない。


 敵地とまでは言わないが、ラウルの事情を踏まえると団長として配慮が足りなかった俺の責任もあるだろう。


 どちらにせよ、もろ悪役夫人じゃねーか。

 てか夫のバイル国王。政略結婚にせよ、とんでもねぇ女を第二王妃として迎えいれんなよ。

 思いっきり悪行働いてんじゃん。

 おまけに、ゼルネスっていう執事が警告してきた言葉にもイラっとするわ!


「すみません、皆さん……また私の件でとんだご迷惑を」


「いえ、ラウルさんが謝る話ではありません! 最初から狙いは私達のようでしたから!」


「……シズク殿の言う通りだ。どうか気にしないでくだされ。敗北したのも我らが未熟だった故」


 シズクとカナデが各々の言葉でフォローする。


「いえ、私の責任です。おそらく義母は私がどう出るか煽っているのでしょう……」


「今もラウルが王位を継ぐかもいれないと思っているのか?」


 俺の問いにラウルは首肯する。


「……はい。少なくても父のバイルはそのつもりのようですからね。私の出方次第では、ゼルネスを暗殺者アサシンとして差し向けてくることでしょう」


 ラウルとしては王位を継ぐ気はないと言っている。

 今回の「ラダの塔攻略」でクエストを達成させ、バイル国王と謁見の機会を設けられた際にその旨をはっきり伝えたいそうだ。


「ラウルは一度、そのウェンディっという義母に殺されかけているんだろ?」


「ええ、私が丁度13歳の時です……暗殺者アサシンとして差し向けて来たのが、そのゼルネスでした」


「マジかよ……シズク達の話だと相当な手練れなんだろ? よく逃げられたよな?」


「彼が……ゼルネスがこっそり城から抜け出すよう、あえて逃がしてくれたんですよ。ゼルネスはテスラの師であると同時に、私とも深く親交がありましたので……ああ見ても本来は情の深い人です。ただウェンディには盲目的に忠誠を誓っておりますが」



 ラウルが言うには暗殺者アサシンだったゼルネスは、当時所属していた組織を抜けるためボスだった暗殺者アサシンと幹部らごと皆殺しにし壊滅させた。

 理由は依頼を達成するためなら、民間人の子供だろうと利用する姿勢に嫌気が差したことらしい。


 その後も裏切り者として残党に追われ、暗殺ギルドから賞金首となり他の暗殺者アサシンからも狙われてしまった。


 やがてゼルネスは追跡者により深手を負い、命が消えかけた時に手を差し伸べ助けたのが若き日のウェンディだった。

 ウェンディは第二王妃の権力を駆使し暗殺ギルドに圧力をかけ、ゼルネスの賞金を撤去させ、オルセア国の騎士団に残党の暗殺者アサシンを掃討させたと言う。


 ゼルネスは誰からも命を狙われなくなり、恩義を受けたウェンディに感謝し永久の忠誠を誓ったそうだ。

 当時のウェンディとしては暗殺ができる優秀な下僕が欲しかっただけの気まぐれらしいが、ゼルネスにとって人生を変えてくれた恩人に変わりはない。


 それ以来、鳥巻八号を妄信する読者ばりに悪役夫人に仕えているようだ。

 またウェンディの悪行がバイル国王とテスラにそれほど知られていないのも、全てゼルネスが裏で手を回しているからだとか。

 とんでもなく優秀な暗殺者アサシンだと言える。



「ラウルさん。逃げた後、どうされたんです?」


 シャノンに問われ、ラウルは壁際の方を指差した。


「しばらく親戚のところに身を隠していました。そこにいる従妹のソーリアの所に――」


「なんだって?」


 俺はその方向に視線を向けると、壁際から顔を出す白髪のネェちゃんがいた。


「……うひひひ」


 彼女が第一級冒険者、呪術師シャーマンのソーリアか。

 話通り相当な美少女だが、やたらと不気味な笑みでこちらをじっとガン見している。


 てか、なんか怖ぇ……。

 そういや決起会でも変人扱いだったな。


「気を失ったパル達を介抱してくれたのもソーリアさんだよ」


「そうだったのか……仲間を助けてくれてありがとう」


 離れた場所で佇むソーリアに向けて感謝を伝える。

 彼女は笑みを浮かべたまま、しゅっと素早く壁に隠れてしまった。

 なんでこっちに来ねぇんだ?


「彼女は照れ屋なんです。特にアルフレッドさんはドストライクみたいですね」


 意味ありげに教えてくる、ラウル。


「え? どういう意味だ? それよりソーリアさんと親戚だって?」


「はい、実母が同じ部族でして、ソーリアの母親は妹にあたります。ほら同じ髪の色でしょ」


 言われてみればそうだな。


 ラウルは母方の姓を名乗っているから一緒だった。

 そしてラウルが言うように城から逃げた後、彼は二年間ほど母親の故郷であるソーリアの実家で身を隠し冒険者として腕を磨いていたそうだ。


 ソーリアの実家は辺境地であるも、オルセア神聖国では有名な呪術師シャーマン部族であり、ゼルネスとて迂闊に侵入することはできなかったらしい。

 ちなみに彼女は俺と同じ年齢だとか。


 そんなソーリアは壁際で顔を出し、ラウルを手招きして呼んでいる。


「なんですか?」


 ラウルは向かい、ソーリアから何やら耳打ちされて戻ってきた。


「――どうやら彼女、アルフレッドさんのこと大変気に入ったらしく【集結の絆】に入りたいそうです」


「え? マジで?」


 思わぬ熱望ぶりに俺は首を傾げた。

 ところでなんで気に入られたんだろう?



―――――――――――

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