第55話 悪役クズ王妃



 ウェンディ・フォン・オルセア。


 勇者テスラの母親にて、オルセア神聖国の第二王妃。

 ただし第一王妃は既に他界しているため、事実上の正妻の地位にある。


 元々先代国王に仕えていた公爵家の令嬢であり、第一王妃が辺境部族の呪術師シャーマンという異例の身分だったため、言わば世間体を気にした政略結婚で嫁いだ経緯があるとか。

 夫である現国王バイルとは以前から冷めきった関係で、普段は別館に建造された宮殿で暮らしているらしい。


 一方で実の息子である第二王子のテスラを溺愛し、また彼自身も勇者職と国事を同時にこなすほど優秀な人物であるため、母親として子育には定評があった。

 だが肝心の人格は最悪で、プライドが高く自分本位かつ自分勝手で傲慢、さらに執念深く目的のためなら手段を選ばない性分である。


 肝心のバイル国王もウェディの気性を理解しつつ、第一王妃のことで後ろめたさを感じているからか、ある程度の振舞いは容認している部分が見られるとか。


 さらにその悪事が表沙汰にならない理由も、とある優秀な男による手腕であることが後々に垣間見えることになる――。



「なんですの、そこの破廉恥な姿をした獣人族の娘は? 汚わらしい……痴女なのかしら?」


「誰か痴女ですか!? 私は素敵なアルフレッド様の忠実なる奴隷シズクです!」


「奴隷? なら平民以下じゃないの。やっぱり汚わらしいわ。ばっちいから、あっちに行きなさい、しっしっ」


「犬扱いしないで! こう見ても白銀狼系シルバーウルフなんですからねぇ、この派手なおばちゃん!」


「お、おばちゃん!?」


 シズクは最も言ってはいけないことを言った。

 案の定、ウェンディのこめかみから血管が浮き出ている。


「奴隷小娘が! この国の正統な王妃である、わたくしに向かってよくも暴言を吐きましたね! お前達、この無礼な娘から斬ってしまいなさい!」


 余程、頭に血が上ったのか。

 お忍びにもかかわらず、堂々と身分をぶっちゃける、ウェンディ。

 しまいには護衛騎士達にシズクを斬るように命じてきた。


 騎士達も躊躇することなく忠実に抜いた剣を構え、シズクに刃を向ける。


「戦うつもりならば仲間として助太刀いたそう!」


 カナデも両手で短剣ダガーを構えるシズクの隣に立ち、刀剣の鯉口を鳴らす。


「勿論、マカ達も加勢するわ!」


「まったく非常識な王妃です!」


「完全にイッちゃっているね!」


 マカ、ロカ、ミカも参戦するため並んだ。


「アタシは応援役に撤するわ! パールは男の子を護って頂戴!」


「わかった、ピコ(スキルでみんなの《幸運》を上げてあげればいいのに……)」


 アルフレッド以外には《幸運ラック》スキルを使用しない妖精族フェアリーのピコに、パールは頷きつつ複雑な表情を浮かべる。


「フン、他にも仲間がいたのね。粗方、冒険者風情ってところかしら? 言っとくけど、騎士達は選りすぐりの護衛達よ。貴女達流で例えるなら、第一冒険者に匹敵する実力を持っている――やっておしまい!」


 ウェンディの合図を皮切りに、10名の騎士達は一斉に襲い掛かってきた。


「「「そんなの関係ないわ――《三位一体トリニティ》!」」」


 付与術士エンチャンターの三つ子からスキルが発動された。

 約5分間、パーティ全員の能力値アビリティが大幅に向上された。


「私達を甘く見ないでください! 悪には絶対に屈しません!」


「相手が多勢である以上、強化付与バフは有難い! このまま押し通す!」


 強化されたシズクとカナデは騎士達と互角以上に撃ち合い、次第に圧倒し始める。

 既に半数以上が峰打ちにより殴打され、手足の骨を砕かれ動けなくなり戦意喪失されていた。


「バカな……我々がこうもあっさり!?」


「ぐっ! こ、こ奴ら強い!」


「話が違う! 白銀シルバークラスの低級冒険者じゃないのか!?」


 狼狽する護衛の騎士達。

 その光景にウェンディは苛立ちを見せた。


「な、何を手間取っているの! たかが小娘らを相手に! とっとと斬っておしまい!」


 安全圏で身勝手な指示を出すも、残った騎士達の中では息を切らし跪く者もいる。

 既に力の差は歴然だった。


「いい加減にして――《雷撃サンダー》」


 パールは少年を保護しながら魔杖を掲げた。


「ぐわぁ!」


 騎士達の頭上から雷が降り注ぎ浴びせられる。


 初級魔法だが強化された状態では通常以上の効果を生む。

 残りの護衛騎士達は全身が痺れて身動きが取れなくなった。


 結果、10名もいた護衛騎士が格下の冒険者達によって行動不能となる。


「バカな! こんな小娘達にわたくしの護衛が!?」


「勝負は見えました! おばちゃんの負けです!」


「無駄な殺生は好まぬ。このまま引くのであれば刀を収めよう」


「やーい、年増ッ! とっとと降参しなさいよ! 『おばはん、もうしましぇ~ん』って泣いて謝ったら許してあげるわ!」


 実際に刃を交えたシズクとカナデよりも、応援役に撤していた筈のピコが何故か上から目線で酷い暴言を吐いている。


 ウェンディは一瞬だけ「ぐっ、小娘共が!」と顔を顰めるも、すぐに口端を吊り上げて見せた。


「……思いの外やるじゃない。けど切り札は常にとっておくものよ――ゼルネス、来なさい!」


「――はっ、ウェンディ様」


 まるで霧の如く、音も無く現れた執事で中高年風の男。

 燕尾服を着こなし、すっと背筋を伸ばした佇まい。

 端整な顔立ちに血色のない青白い肌、丁寧に分けられた漆黒の髪。

 左目には片眼鏡をしている。


 にしても随分と異質な雰囲気を宿す男だ。

 対峙するシズクとカナデはそう思った。


「この男、いつの間に現れたのでしょう……先程からいましたか?」


「さぁな……相当な手練れと見たが、こちらも時間がない。もうじき《三位一体トリニティ》の効力が消えてしまう」


 その前に倒す必要がある。二人はそう思った。


「ゼルネス、この不届き者の小娘達を成敗しなさい!」


「わかりました――」


 フッとゼルネスの姿が薄くなり、そして消えた。


「なっ!?」


「これは!?」


 突如、二人の視界に靄がかかり不意にゼルネスの姿が出現する。

 同時に強烈な拳撃と蹴撃が流れるように襲った。

 シズクとカナデは辛うじて防御するも、気がつけばそこにゼルネスの姿はない。


「「――ぐっ!」」


 いつの間にか、シズクとカナデの背後に回り頸部に手刀を叩き込まれていた。

 魔力を注ぎ込まれたのか、二人の意識が朦朧となりその場で倒れてしまう。


「そんなバカな――あっ!」


 パールも意識が途切れ、崩れるように座り込む。

 彼女の背後にはゼルネスが立っていた。


「残るは妖精族フェアリー小人妖精リトルフのみ。見たところ付与術士エンチャンターのようだが、直接戦闘向きではないな」


「ちょっと何よ、こいつ! めちゃ強いんだけど……アタシ逃げていい?」


「あわわ、こりゃピンチよ!」


「格が違いすぎますぅ!」


「アルフ団長じゃないと無理な相手だね!」


 非戦闘員のピコと戦闘向きでないマカ、ロカ、ミカは小動物のように寄り添い怯え始める。

 その光景を目の当たりにした、ウェンディは羽根のついた扇子を口元に添え高笑いした。


「おーっほほほ! 流石、わたくしのゼルネス! オルセア最強と称しても過言ではないでしょう! 何せ、わたくしの最愛の息子、勇者テスラに武芸を教えた師でもあるのですからねぇ! 冒険者風情が敵う相手ではないわぁぁぁ!」


「ウェンディ様。この者達、既に戦意を失っていますが如何いたしましょう?」


「――全員、殺しなさい! 愚民共への見せしめよ!」


 はっきりと言い切り指示する、ウェンディ。

 とても一国の王妃……いや王妃だからこそ残酷なのだろうか。


 そんなハチャメチャな指示に一瞬だけ戸惑いを見せるゼルネスだが、気持ちを切り替え冷酷な目つきとなる。

 袖口から剣のような仕込み刃を出現させた。


「わかりました。ではお命頂戴いたします」


 あわやピンチ。

 そう思った時だ。


「うひひひ……人を呪わば穴二つ。おイタはその辺にした方がいいんじゃない、王妃様?」


 黒装束を纏う前髪がぱっつんと揃えた白髪ロングヘアの少女が、不気味な笑い声と共に現れ近づいてきた。



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