第33話 悪役の覚悟と補正



「動きがとまったぞ、剣士! 隙ありだ!」


 ゴルゴアは残りの片腕で戦斧を横薙ぎに振るう。

 俺はそれをもろに食らい、吹き飛ばされ地面に倒れた。


「ぐっ!?」


 魔力石で鎧の性能をアップしていたおかげで致命傷には至っていない。

 だが肋骨は数本折れてしまった可能性がある。


 ゴルゴアは「ブワハハハッ!」と笑いながら近づいてきた。

 俺は奴を睨みつける。


「き、汚ねぇぞ! それでも武人か、ゴルゴア!」


「最高の誉め言葉だな――死ねぇ!」


 戦斧を振り上げ凶刃が、俺の頭上を目掛けて襲ってくる。


 が、



 ひゅん



 攻撃は頭上に届くことなく、あらぬ方向に歪曲され地面に叩きつけられた。


「何だと!? 貴様、また何をした!?」


 ゴルゴアは驚愕する。


 俺は何もしちゃいない。

 しかしこの現象、覚えがあるぞ。


「――《幸運フォーチュン》スキル! ピコか!?」


「……ラッキータイム。1日に1度だけ、アルフの運を絶頂まで引き上げるスキルよ」


 耳元から囁く声。

 伝達役を終えたピコがいつの間にか、俺の背後で浮いていた。


 《幸運フォーチュン》は一定時間、ピコが指定した者にラッキータイムとやらを発生させ不条理に運を味方にするチート級のスキルだ。

 原作でもローグは彼女から恩恵を受け、運を味方につけた最凶のバケモノと化し誰も手がつけられず無双しまくっていた。


 いやそれよりもだ。


 ピコの奴、ようやく俺に信頼を寄せてくれたってのか?

 そっちの方が嬉しいんだけど!


「サンキュ! まず、ゴルゴアから始末する――《神の加速ゴットアクセル》!」


 俺は固有スキルを発動する。


 刹那、30メートル圏内が超スロー状態となった。

 ゴルゴアは辛うじて小刻みに動いているようだが、ほぼ止まっているようなもの。

 俺は立ち上がり、奴の背後に回った。


「痛かったぞ……テメェは武人じゃねぇ! 無様に背後から切り刻んでやんよ!」


 剣を振るい容赦なく徹底的に斬撃を浴びせる。

 ゴルゴアは細切れになった状態で、まだ空中に留まっていた。

 《神の加速ゴットアクセル》発動中は重力だろうと俺以外は全てがゆっくりだ。


「こいつはもう死んだことすら気づかない――残り5秒」


 体感からして5分もある。

 俺はハンス王子を人質にしている魔族の場所まで移動した。


 やはり距離が足りない。

 あと10メートルもある。


「これ以上は駄目だ。武器を投げただけもスキルが解除されてしまう……そういう縛りだからな。だが俺にはまだ打つ手がある――」


 そう言い、ずっとポケットに隠し持っていた『ある魔道具』を取り出した。


 クソッ、本当はこれだけはやりたくなかったんだ……チクショウ!


 などと躊躇している間に、スキル効果が切れてしまった。


 遠くの方で、ぶしゃっと何かが弾け飛び地面に落ちている。

 細切れにしてやった、ゴルゴアの亡骸だ。


 魔族兵は「ハッ!」と目を見開かせ、その光景を凝視した。


「ゴルゴア将軍!? バ、バカな……いつの間に!? それに剣士、テメェもそこまで近づいているとは……よくも、よくもやったゲスねぇ!」


 上官がキルされたことで憤怒し絶叫する、魔族兵。

 ハンス王子の喉元に突き立てた短剣ダガーに力が込められる。


「ブッ殺す! 人質をブッ殺してやるゲスよぉぉぉ――!!!」


 駄目だ、やるしかない!


「まだ俺のターンは終わっていないぞ――」


 俺は取り出した魔道具を自分の右目へと押し当てる。

 突如、激痛と同時に眩い閃光が発せられ、魔道具は眼球と一体化された。


「ぐっ痛ッ! だがこれでいい――《蠱惑の瞳アルーリングアイ》起動ッ!」


「なっ、ゲスぅ……」


 俺の右目から紅く妖しい光輝が放たれる。

 すると魔族兵の手が止まり、ポーッと虚ろな表情で俺を見つめ始めた。


 これがジャダムから奪った魔道具、《蠱惑の瞳アルーリングアイ》の効力だ。


 原作だとアルフレッドは気に入った女子達を魅了し凌辱する目的しか使わなかったけどな。

 本来は、こうして敵を魅了し操るという使い方ができる。


 ――っと、WEB版の感想欄で鳥巻八号が読者のツッコミに答えていたのを思い出した。


「おい、貴様。その短剣で自分の首を掻き斬って自害しろ」


「はい、ゲスゥ~」


 俺の命令で魔族兵は自分の首に短剣ダガーを突き刺し、恍惚の笑みを浮かべながら自分の首を刎ね飛ばした。


 す、凄まじい……なんっつう効力だ。

 そりゃアルフレッドも調子に乗るわ……まぁ使用の仕方が超間違っていたけど。


 などと考察していると、不意に握っていた剣がパキンと音を立て剣身が真っ二つに折れてしまう。


「無理に性能を上げすぎて、剣の耐久強度を超えたのか……逆によく持ち堪えてくれたと感謝するべきだな」


 新たな剣を手に入れるしかない。

 けどそれは後だ。

 それより今は、ハンス王子の安否を確認する必要がある。


「……これは酷い。拷問されたのか? 虫の息じゃないか……」


 損傷もそうだが明らかに衰弱しており、呼吸も浅いようだ。

 それでぐったりしていたのか。


「危険な状態だ……すぐ手当をしないと。せっかく助けたのに、クソッ!」


 俺は舌打ちしながら周囲を見渡す。


 ボスであるゴルゴアを斃したが戦闘は未だ続いていた。

 いや逆に俺達が拠点であるここを襲ったことで、点在していた魔族兵とモンスター兵が集まってしまっているのか。

 あれほど斃した筈なのに一向に数が減っていない。


 ガイゼン達も《三位一体トリニティ》の効力が切れ、疲労もあってか苦戦を強いられているようだ。


 次の強化付与バフまで数分は掛かる。


 俺も固有スキルの反動で自由に動くことはできず、おまけに武器もない。

 ピコの幸運効果ラッキータイムも切れた状態だ。

 ましてやハンス王子を治療する余裕など、俺達にはないだろう。


「……ここまでなのか」


 無意識に呟いてしまった。

 まだ戦う気持ちがあるのに、心のどこかで諦め折れてしまったのか。


 ――前世の社畜でもそうだ。


 いつも何かに諦め、ブラック企業だと思っても転職する気すら湧かなかった。

 現実逃避して、後輩に勧められた鳥巻八号の作品を読み漁っていた日々。


 あまりにも杜撰な展開とガバっぷりに愚痴を零しながら、気づけば夢中になりラノベやコミックまで手を付けていたんだ。


 今でも俺は、鳥巻八号の作品が……この異世界が好きなのかわからない。

 だって酷すぎるんだもん、いやガチで。

 けど原作知識があれば、たとえ最低な悪役に転生しようと軌道修正してなんとかなると思っていた。


 しかし無理なものは無理だ。


 俺は主人公ローグじゃない。

 所詮は悪役アルフレッド……だから俺にご都合展開ガバはない。

 あるわけがない。


「――諦めてはいけません、アルフさん!」


 聞き覚えのある声。

 振り向くと、そこに真っ白な神官服を纏う女の子が駆けつけて来た。

 あまりにも懐かしい姿に、つい気持ちが込み上げ溢れてしまう。


「シャノン!?」


 そう、【英傑の聖剣】に残っていた筈の彼女だ。


 シャノンは俺の傍に近づき、瀕死のハンス王子に手を翳して回復魔法ヒーリングで癒し始める。

 その姿はまさしく美しき聖女様だ。


「どうして、キミがここに?」


「話は後です! まずは避難するために撤退を!」


「しかし、まだ魔族達はあれほどいる……今の状態で全員逃げ切れるか」


「大丈夫です――あの子・ ・ ・がなんとかしてくれます」


 シャノンが言った直後。


「ぐわぁぁぁ! なんなんだ、あれはぁぁぁ!?」


 魔族兵達が一斉に悲鳴を上げる。

 青くプルンとした巨大な物体が転がるように移動しながら、魔族兵とモンスター兵達を体内に取り込み始めたていた。


 あれは、まさか――スラ吉!

 いやデカくね!?



―――――――――――

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