第12話 寝取られ聖女の気持ち



 シャノン・フレム。

 主人公ローグの幼馴染みで恋人と設定されている聖女。


 落ちこぼれだったローグと異なり、優秀な神官プリーストとして一目置かれている。

 ローグの誘いで【英傑の聖剣】に入った後、その高い回復魔法(実際はローグが《能力貸与グラント》で強化とスキル進化された)で幹部となった。

 しかしアルフレッドが《蠱惑の瞳アルーリングアイ》を使用して彼氏に一途だったシャノンを寝取り、ローグとの仲を引き裂かれてしまう。


 ローグ追放後、他の仲間と同様に能力値アビリティが激減し固有スキルが使えなくなるが、シャノンはアルフレッドとの肉欲に溺れたままだった。

 時にアルフレッドに貢ぐため見ず知らずの男達に肉体を売って稼ぐなど、嘗て聖女として羨望を集めていた姿は完全に消え失せていく。


 最終的にアルフレッドと共に闇堕ちし、ローグの前に立ちはだかるも敗れてしまい処刑された。

 しかも死刑が執行される三日前に《蠱惑の瞳アルーリングアイ》の呪縛が消失し、正気に戻ってしまう。

 元の人格に戻ったシャノンだが、ローグを裏切ったことやアルフレッドとの汚れた関係など全ての記憶が残っており、処刑寸前まで発狂し血の涙を流し続けた。


 そして処刑される前、立ち合うローグの姿を見たシャノン。

 掠れた声で「……ごめんなさい」と謝罪するも、ローグからは「もう遅いよ……」と呟かれ斬首されてしまった。

 彼女の亡骸は同じく処刑されたアルフレッドの遺体と共に城に晒されることになり、民達から石を投げられハゲタカの餌となる。


 ――そんな末路だ。


 救済なんて一切ない。

 凄惨すぎて思い出しただけで鬱になる。

 いくら多くの読者にざまぁを求められていたとはいえ、原作者である鳥巻八号の人格を疑ってしまった。



◇◆◇



 そうした前世の社畜時代――。


 この展開に気分が悪くなり、ラノベを勧めた後輩の佐々木君にクレームを言ってしまった。


「佐々木君、この話随分と酷くない? あまりにもシャノンって子が可哀想だよ。裏切ったとはいえ、アルフレッドの糞に操られていたわけじゃん? ローグと復縁はあり得ないとして、死刑回避くらいできなかったのかなぁ? てかローグも見捨てず命だけは奪わない方法もあったと思うよ。主人公なんだし……」


「先輩~、んなのつまらないじゃないっすかぁ。読者は主人公を投影しながら読んでいるんっす。基本、主人公を肯定し承認欲求を満たしてくれるヒロイン達以外はどうでもいいっすからね。ましてや裏切り処女を奪われた肉便器なんて不要っすよ。んなメス豚、死んで当然っす。みんなそういう容赦のないざまぁ展開がすっきりして大好物なんっす! 鳥巻先生、最高っす!」


 そう佐々木君は爽やかな笑みを浮かべ力説してくる。

 俺が疎いだけなのか? すっきりするどろこか吐き気して悶々しているのに……。


 佐々木君……チャラそうに見えて案外病んでいたんだね。

 キミの見方が変わったよ……いやマジで。



◇◆◇



 そうドン引きしていたのを思い出した。


 ――だからこそだ。


 アルフレッドとして転生した俺は流されない。

 いくら悪魔が囁こうと自分の欲情を制御してみせる。


 一方で寝巻姿のシャノンは頬を染めながら、きょろきょろと部屋を見渡していた。

 何故か頻繁にベッドの方をチラ見している。


 なんだろう……あの厳格な聖女がちょろく見えてしまう。

 ベッドに押し倒したらいけそうな気がする……いやいや駄目でしょ。


 俺はわざとらしく咳払いをした。


「シャノン、話が終わったならいいかな? 俺もう寝るから……」


「あっ、ごめんなさい。いつまでも居座ったらご迷惑ですよね……わたしったら、つい」


 決してそんなことはないんだけど……俺もこのまま理性を保てるか正直自信がない。

 そのシャノンは耳元まで真っ赤にし、慌てながら立ち上がる。

 何をテンパっているのか、椅子の脚部に自分の足を引っ掛けバランスを崩してしまう。


「きゃっ」


「危ない!」


 俺はベッドから立ち、彼女を支えようとするも――。


 どさっ


 シャノンはもろに俺の胸に飛びつき、その勢いで後ろのベッドへと一緒に倒れてしまった。


 あ、あれ?

 これって……俺が押し倒されちゃったってやつ?


「ご、ごめんなさい、アルフさん……大丈夫ですか!?」


 俺の視界いっぱいに、シャノンの綺麗な顔と柔らかそうな唇。

 こんな間近で彼女を見つめるのは初めてだ。


 や、やばい……胸が超ドキドキしてくる。


 このまま抱かれてもいい……いや逆じゃね?

 けど手を伸ばしたら簡単にキスできる距離――。


 華奢で柔らかいシャノンの身体。よく見たら、ぷにゅっと両胸が当たっているじゃないか。

 やばい、流されてしまいそうだ……童貞の俺にはキツすぎる。

 いや、こういう時こそ思い出せ……ここは鳥巻八号の原作世界でもあるんだぞ。


 ――絶対にフラグだ。


 俺とシャノンに意地でも関係を持たせ寝取らせようとする……けど押し倒されているの、こっちの方だけど。


「お、俺は大丈夫だ……うん、これは事故だってわかっているよ」


「はい、今どきますね……」


 シャノンはそう言うも、顔を真っ赤に染めたまま離れようとしない。


「どうしたの?」


「アルフさん……わたし今、凄くドキドキしています」


「うん、俺もだよ。けど、この体勢なら仕方ないというか……ね」


「初めてなんです!」


「え?」


「男性の前で、こんなに胸が高鳴っているの……わたし初めてで」


 な、何を言っているんだ、シャノン?

 キミにはもう――。


「ローグは? 彼とは恋仲なんだろ?」


「え? いえ、ローグは大切な幼馴染ではありますが……少し頼りない兄のような存在です。確かに彼がパーティで浮かないよう、そう思われても流していたところもありました。ですが実際はそういった関係ではなく、ましてやこのような気持ちなど抱いたことがなくて……」


「そ、そうなの? へぇ……」


 言われてみれば原作でもローグ視点で「シャノンは幼馴染で僕の恋人さ~」などと一行くらい書かれていただけで、実際に付き合っていた描写や場面など描かれてなかった。

 てっきり鳥巻のガバだと思って流していたけど実際は既成事実で、ローグの妄想カップルだったようだ


(――じゃあ、シャノンはフリーじゃん。ユー、ヤッちゃいなよ!)


 脳内の奥でそんな声が響いてくる。

 悪魔の囁き、またアルフレッドの糞だな。


 やかましいわ! シャノンだって俺に好意を抱いているかわかってないんだぞ!


 こうして密着しているのだってあくまで事故だし、離れようとしないことだって一時の気の迷いってこともある。

 何より俺は原作みたいにシャノンを雑に扱いたくない。

 彼女は大切な仲間であり、守ってあげたい女の子なんだ――。


「きっとシャノンはまだ恋愛をしたことがないんだよ」


「え? どういう意味ですか?」


「だから少し気持ちの整理は必要だと思うよ。俺のことは知っているだろ? 決してキミのような聖女に想われていい男なんかじゃない」


「……確かに以前はアルフさんのこと大嫌いで軽蔑していました」


 うん、身も蓋もねーっ。

 知っていたけど、そこまで嫌っていたのかよ。


「けど今は違うんです……すっかり見直したというか。今のアルフさんといると、とても気持ちが穏やかになるんです……」


 ひょっとして外見のアルフレッドじゃなく、中身の俺に好意を持ってくれたってこと?

 だとしたら超嬉しくね!?


 元35歳の社畜童貞、異世界で聖女様に惚れられてしまう――。

 鳥巻八号のガバ作品より余程良いタイトルだ。


 いや、そうじゃない!

 だったら尚更大切にしなきゃ駄目じゃないか。


 俺はシャノンの頬に手を添える。


「あっ……」


 シャノン大きな瞳を潤まし艶っぽい声をあげた。


「そう思ってくれて嬉しいよ、ありがとう……だからこそ、お互い整理する時間が必要だと思う。ローグだってキミのこと大切に思っている筈だからね」


「そうですね……わたしったらいきなり変なこと言って、アルフさんの気持ちも考えないで……ごめんなさい」


 シャノンは寂しそうに俺から離れていく。

 本当ならスキルジャンキーのローグなんかに渡したくない。


 だがもうじき一年が経過する。

 ローグ追放イベントが始まる次期だ。


 それさえ回避できれば……。

 まだシャノンの気持ちが俺に向いてくれていれば……。


 ――ちゃんと彼女と付き合えるチャンスがあるのだろうか。


 そう思い始めていた。



―――――――――――

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