第3話 無能なる主人公



 つい放置できず、俺は食堂の中へと入る。

 すると食事をしていた全員が一斉に立ち上がり、頭を下げてきた。


「おはようございます、団長!」


「今日も一段と男前ですねぇ!」


「本当、惚れ惚れしちゃう~!」


 みんなが顔を合わせるやベタ褒めしてくる。


 おお、前世じゃただの社畜おっさんだけに何か気持ちいいぞ。

 つい優越感に浸ってしまう。

 アルフレッドよ、お前クズだけど実は凄い奴だったんだな……。


 などと浸っている場合じゃない。


 俺は「みんな気にせず食事を楽しんでくれ」と告げると、食堂内は元の雰囲気に戻った。

 そのまま、ローグを苛めていた三人の団員を見据える。

 どいつもコミック版で見たことのある顔ぶれだ。

 

 一人は、フォーガス・モークリー。30歳。

 長い癖髪と筋肉隆々の大男で職業は蛮族戦士バーバリアンだ。

 原作では落ちぶれたアルフレッドの捨て駒として、モンスターの餌食にされ死亡している。

 だからだろうか、一見忠誠心を見せているも内面では俺のことを嫌っている筈だ。


 もう一人は、ダニエル・ラド。22歳。

 オールバックの髪型に丸眼鏡目を掛けた、魔法士ソーサラーの男。

 鷲鼻で痩せていることから、アルフレッドから「鷲ゴボウ」と呼ばれていた。

 主に驚き役や解説役だった気がする。気づけば姿を消していたモブキャラだ。


 最後は、ラリサ・チェレノフ。20歳。

 職種は女盗賊シーフで、赤毛のボブヘアに褐色肌。抜群のスタイルを強調した露出の高い革服に身を纏う、艶めかしい美女。

 原作だと今回のクエスト達成を期にアルフレッドのセフレとなる。

 けど奴が落ちぶれたことで、あっさり見限りどこかへ行ってしまうビッチな尻軽女の設定だ。


 どいつも物語に影響を及ぼさないモブキャラばかり。

 けど実在している以上、そう邪険にできない。


「三人とも飯ならどこでも食べれるだろ? ローグだってもうじき食べ終わる……ん?」


 俺はふと、ローグが食べていた食器を見て言葉を詰まらせてしまう。

 カビの生えたパンの切れ端に黄土色した謎の液体……何これ? スープ?

 酷ぇ……まるで家畜の餌以下だ。

 さっき食った俺と幹部達の朝食は、めちゃ豪勢だったのに。


「……こんなんじゃ腹を満たすどころか、逆に腹を壊してしまうぞ。どれ、俺が取り替えるよう言ってやる」


「え……でも」


 俺は遠慮するローグを他所に、半ば強引に食器を取り上げ厨房へと向かった。

 調理担当の団員に文句言ってやる。

 そう半ギレしながら、恰幅の良い調理担当した男に詰め寄った。


「おい、今すぐローグの朝食を取り替えろ! いくらなんでも酷すぎるぞ!」


「え? けど……アルフレッド団長が『無能のローグならこれでも贅沢なくらいだ』っと言われましたので」


 え? そーなの?

 んじゃ俺のせいなのか!?

 アルフレッド……お前、とことん最低で嫌な奴だな。


「……そうか、すまん。とにかく今から他の団員と変わらない食事内容を提供してくれ。最近、冒険者ギルドでも団員の虐待問題とかうるさいんだ」


「わかりました。ご指示とあれば」


 調理担当の男は頷き、ローグにまともな食事を提供した。

 彼は「ありがとうございます!」と嬉しそうに受け取り、隅っこのテーブルで食べ始める。


 俺が「ふぅ」と溜息を吐く中、フォーガスとダニエルとラリサの三人が不思議そうな眼差しでこちらを見てきた。

 こいつらも一変した態度に違和感があるようだ。

 まったく、いちいち面倒くさい。


「さっき言った通りだ。ギルドの視察とか入ったらアウトだからな。皆もコミュニケーションは大切だがほどほどにしてくれ」


 ギルドの視察なんて大嘘だけどな。

 最もらしい理由がなければ余計に可笑しいと思われてしまう。


「わかりました、団長」


「まぁいちいち雑魚に構ってられませんからね」


「んなことよりアルフ団長ぉ、これからあたしとデートしな~い?」


 ラリサは俺の腕に抱き着き、声を弾ませ女の顔をしてくる。

 もろにおっぱい、いや胸が二の腕に当たっているんですけど……おまけに良い香りがする。

 やべぇ……アルフレッド自身は女遊びばっかで慣れているかもしれないけど、中身の俺は35歳童貞のままだ。


 こりゃ、あまりにも刺激が強すぎる……。

 俺は興奮を抑え、「ははは」と笑いながらラリサから離れた。


「その前に、三日後の『古代遺跡クエスト』という重大イベントがある。相手は魔王軍の幹部だけに皆の協力が不可欠だ。期待しているぞ」


「「「わかりました」」」


 三人は愛想良く返答する。

 俺は軽く手を振りながら食堂を出た。


 何だろう……めちゃ気を遣う。


 鳥巻八号の原作では、アルフレッドとローグの出会いは五年前くらいだ。

 冒険者を目指していた二人は同じ孤児院出身ということで気が合い、立ち上げたパーティが【英傑の聖剣】となる。


 え? お前、五年前といえばまだ12歳だろって? 確かにローグなんて11歳の少年だからな。


 けどそこはガバ作者、鳥巻八号大先生。

 奴に年齢云々という概念はない。酒や煙草も13歳からOKな設定だ。

 確かSNSで読者から叩かれ、鳥巻は「細かいことはいーんだよ! 江戸時代だってそーじゃん」と開き直って炎上していた。


 それからローグの幼馴染であるシャノンが加わり、ガイゼンが仲間に入り、パールを拾うことになる。

 付与術士エンチャンターローグの固有スキル《能力貸与グラント》もあって、俺達は脅威的な強化が施されて難解クエストをクリアする度にパーティが大きくなり集団クラン規模の【英傑の聖剣】へと発展した。

 今じゃこうして独自の屋敷を持つまでに至り、ルミリオ王国だけでなく他国でも一目置かれるまでになる。



 俺は誰もいないのを見計らい訓練場に入る。

 そもそもパーティ全員がローグの固有スキルにおんぶに抱っこなんで、ろくな訓練なんてしていねぇけどな。


 っと思っていたら、一人だけいたわ。

 ひたすら日本刀を模した刀剣を振るう少女。


「――カナデ・イザヨイか?」


 俺は彼女の名を口にする。


 極東の国から来た新入りで刀剣術士フェンサーで、17歳のサムライガール。

 ポニーテールの黒髪を靡かせ、袴のような和装に軽装の装甲が施されている。

 顔立ちも日本人っぽく凛とした容貌を持つ美少女で、コミック版を見て推しになった子だ。

 けどローグ追放を期にパーティが弱体化した後、カナデは序盤でモンスターに腕を食いちぎられ即リタイヤしてしまう可哀想な結末を迎えている。


 おおっ、こうして見るとスタイルも良いし何より綺麗だ。

 推しだけに感動してしまう。


 俺の視線に気づき、楓は素振りを止めた。


「これはアルフ団長殿。私に何か用ですか?」


「いや俺も剣の訓練をしたくてね……良かったら一緒にどうだ?」


「団長が? 冗談ですか?」


 うん。俺って新入りにまで、そういう目で見られているんだなぁ。

 アルフレッドの糞め!


「三日後のクエストに向けてだ……そうそうローグの付与魔法バフに頼ってられないしね」


付与魔法バフ? あのローグがですか? 確かに職種は付与術士エンチャンターのようですが……私は彼にそのような術を施された覚えがありませぬぞ?」


 一見、すっとぼけているカナデ。

 けど彼女の見解は割と正しい。


 何故なら、ローグがパーティ全体に《能力貸与グラント》スキルを施していると知る者は、ほんのごく一部……てかアルフレッドしか知らないことだからだ。


 そのアルフレッドでさえ、追放するまで忘れていたらしいからな。

 でもローグ自身も説明するチャンスはあった筈だ。


 これも鳥巻八号のガバなのか。

 それともローグが無自覚のサイコ野郎なのかは定かではない。



―――――――――――

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本日は19時頃にもう一話投稿する予定です!


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