第9話 コンビネーション、空気を読むこと、月光浴

 霊狐のアドバイスどおりに、リリーは一旦、クレセントのフォローに専念する。そして二人揃って強撃を仕掛けられるタイミングを狙う。

 幸いにもポスト型のワルカーゲの動きは数パターンしかなく、リリーはそれらを既に見切って対応することができていた。あとはクレセントの隙の多い攻撃が相手にクリティカルヒットするために、相手側の隙を作ってあげればいい。


「ここっ!今だよ、クレセント!」


 破邪の剣の光はまだ弱いままだが、高速の連続突きによってポストの一本足、そのバランスを崩すことに成功した。

 倒れ込むワルカーゲにクレセントが気合のこもった握り拳を当てる。一発、さらにもう一発。それから着地に失敗した右足で回し蹴りまで繰り出す。


「やれやれ。効いているみたいだけど、打撃でフィニッシュはできないのかしら」

「二人で合わせてみよう!」

「――ダブルパンチ? それともダブルキック?」

「えっ。えっと、ク、クレセントが好きなほうに合わせるよ」

「そう言われると難しい選択だわ。絵的には甲乙つけがたいもの」

(ああっ、もうっ! どっちでもいいから早く選んで〜!)


 リリーはぐっと堪えて待つ。


 パンチにせよキックにせよ破邪の剣は不要だが、うまく息を合わせるのが何より大切だ。やがてワルカーゲが起き上がる寸前でクレセントが「では、高く跳び上がってからのダブルキックといきましょう」と悠長な声で言った。


「わかったよ! それじゃ、いっしょに、せーのっ……!?」


 の、をいい終える前にクレセントが跳ぶ。慌ててリリーも地面を蹴った。


(!! ダメっ、高すぎた、これじゃ合わせられないっ!?)


 空中でリリーは狼狽える。

 クレセントと跳躍の高さに差があり二人同時でのキックはできそうにない。

 かと言って落下速度の調整なんてのはどうやればできるのか思いつかないリリーだった。だから、下にいるクレセントが「リリー!」とひときわ凛々しい声で叫び、上にいるリリーへと手をぱっと伸ばしてきたときに、宙で体勢をくるりと変えて、どうにか掴めたことは奇跡に等しかった。そのまま手を繋いだままで二人はワルカーゲへとキックをかます。


「カゲェェェェエエエ!!」


 さっきとは違うそんな断末魔の叫びを上げ、邪悪な影は討ち倒されたのだった。


「やりましたわ!」


 霊狐が歓喜に尾を振って、二人のもとへと駆け寄る。


「ふっ。決まったわね。今の技はツインメテオキックと名付けましょう」

「またおかしな名前を……。さぁ、二人とも変身を解いてここを離れますわよ。結界の効果は邪気が祓われるとほどなくして失われてしまう仕様なのですわ」

「う、うん。あの、クレセント、手を離して……?」


 ぎゅっと握られた手は今なお繋がれたままだった。リリーの言葉にクレセントは変身を解くと、すっと手を離した。彼女に倣ってリリーも変身を解除する。


「コンビ技もいいけど、次回こそ私専用の特殊武器をゲットしてみせるわ」


 心なしか楽しげな面持ちで言いながら歩き出した理乃の背中に、穂花が「ねぇ、月ヶ瀬さん」と生真面目な声をかける。

 振り返った理乃、結界が解けて二人のすぐ脇を何も知らない人々が行き交い始める。賑わう商店街の真ん中で二人の少女は向き合っていた。


「学校に戻りながら、さっきの話の続きをしたいんだ」

「いいわよ。仲を深めるのは必要だもの」

「……学校、こっちの方向だよ」

「あら、そうだったわね」


 そうして二人は学校へと今度はゆっくりと歩きながら話す。トコトコと霊狐もついてきていた。


「それで? どうして黙ったままなの、風見さん」

「どう言えば伝わるかなって考えていたんだ。私が月ヶ瀬さんに感じている、その、違和感というか、ずれ」

「何かと『普通』からずれている自覚は理乃にもあるはずですわ。そうですわよね?」


 助け舟のつもりで霊狐は口を挟むが、穂花が言わんとしていることは生活全般のことではなかったので内心、焦った。今、話したいのはあくまで巫女同士としての関係、これからのことだったのだ。


「もしも」

「え?」

「そう、もしも風見さんが、これまで会ってきた何人かと同様に『普通』に馴染むのを私に強いたり、あるいは逆に『特別』を演じさせたりしたいのだったら」

「な、何の話……」

「諦めて。私は私よ。マイペースで、いろいろ夢見がちで基本的に独りが好きな、引き篭もり気質の女の子。それ以上でもそれ以下でもないの」


 どこまでも無表情で。

 諦めているのはそっちだ、と穂花は思った。学校へと続く脇道に入る。下校している生徒はもういない。大通りや商店街とうってかわって閑静な住宅街の片隅だ。


「馬鹿じゃないの」


 そう吐き捨てた穂花は理乃の腕を掴み、すいすいと進んでいくその足を無理矢理に止める。


「どうしましたの、穂花」

「霊狐さん、ちょっと黙っていて。お願い」

「シロ、空気を読んで先に帰っていなさい」

「なっ。理乃に空気を読めと言われる筋合いは……まぁ、いいですわ。せいぜい、人との付き合い方を教えてもらってくださいまし」


 霊狐がこーんと一鳴きして姿を晦ます。穂花はぱっと理乃の腕を解放してから「ごめんね」と言った。


「何についての謝罪かわからないわ」

「急に馬鹿呼ばわりしたこと。でもね、月ヶ瀬さんの態度に納得がいかなかったの。ううん、納得だなんて言うと、きっと『しなくてもいい』って言うか、それとも『仲良くなるのにそれは困るわ』とでも言うんだろうね」

「ええ、ご明察よ」

「まず一つ」


 穂花が右の人差し指をぴんっと立てる。二つ目以降は考えていない。


「マイペースだって開き直られても、それは免罪符にも何にもならないから。いきなり、そっちの事情を思わせぶりにしかも断片的に話されても、それこそ困るよ」

「なるほど。勉強になるわ」

「……先月、どんなふうに巫女になったか、ひとまずそこを教えてほしいな」


 急がば回れの精神で、穂花は理乃の人となりをもっと理解するために、二人の共通項である討影の巫女に関して踏み込むことにした。起点から確認だ。


「そういえば話しそびれていたわね。そうね……シロとの出逢いはさほど劇的ではなかったのよ」

「というと?」

「自分の部屋で瞑想がてら月光浴をしていたら、気づいたらあの子が傍らにいて『貴女なら、わたくしが見えますわよね?』って同意を求められたの。それでつい、肯いたのがはじまりよ。夢だと思って頰をつねったら痛かったわ」

「……めいそう? げっこうよく?」


 二つともが穂花にとってはこれまで友達との会話に出てきたことのない語句だった。


「勘違いしないで。日常的にスピリチュアルな試行を重ねてはいないわ。あの夜はそういう気分だったのよ、偶然。いいえ、結果からすれば必然と言うべきよね」


 どんなに月が綺麗でも、その光を浴びることに集中する気になった覚えがない穂花はしかし、ここで臆していけないと思った。ここで退いては何も得られない。


「瞑想を始めて早々にシロが来てくれてよかったわ。全裸だったからあのままぼんやりと続けていたら風邪を引いていたかも」

「全裸!?」

「いちおう言っておくけどマンションの12階よ。誰かが覗ける角度でもないわ」


 否応なしに穂花の脳裏に目の前のいる美しい少女の一糸まとわぬ姿が想像される。ディテールに欠けていても、それは顔立ちの均整ぶりに勝るとも劣らぬ芸術的なものだ。


「風見さん? ひょっとして照れているの? 顔、赤いわよ」

「ち、ちが、これはべつにその、違うから。話を続けて」


 そして理乃は淡々と身の上話をし始めた。 

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