第8話 赤い体の一本足、チームプレイ×、フラグではないよ

 霊狐曰く、今度は商店街に邪悪な影が集まっているそうだった。

 穂花たちの学校の南方、歩いて十分の場所だ。風見家がある方角と違うので穂花は下校時、たとえば剣道部仲間とそこに寄り道したことはなく、休日に買い物に行くにしても商店街よりは一駅向こうのショッピングモールをよく利用するのだった。


(変身しちゃえば、5分もかからずに商店街に着けるよね)


 まだ理乃との話は終わっていなかったが、身近な人たちの危機なのだ、ぐずぐずしていられない。穂花は急いで剣道場のほうへ行って、中に荷物を置き、きょろきょろと周りに誰もいないのを確かめてから「カクリヨデバイス起動……」と唱え始める。

 もともと、部活動のない日だ。穂花のように掃除を目的としてやって来ている生徒はいなかった。


 ほどけるポニーテール、ルビー色に染め上がり、きらめく。あっという間の変身。


 ブレイド・リリーが剣道場を出ると、既にアビサル・クレセントに変身した理乃が待っていた。彼女の分の荷物はおざなりに物陰に置いてある。


(クレセント……何度見ても、綺麗。って、まだこれが二度目なんだけれどね)


 それはそうと、リリーは移動中に誰かに変身した姿を目撃されないかと心配になる。元の穂花の姿と違うと言っても、悪目立ちしないに越したことはない。


「写真を撮られてSNSで拡散されたら嫌だなぁ。ねぇ、霊狐さん、私たちの姿を隠すことはできないの?」

「できますわよ」

「うーん、そうだよね、そんな都合よく……って、できるの!?」

「教科書どおりのツッコミ。大したものね」


 うんうんとうなずきながら謎の感心を示すクレセントだった。


「わたくしは一時的に対象の存在感を希薄にする術も使えますの。ただ、あちら側の者たちである影には気づかれるのを、お知りおきくださいまし」


 現場に到着したら前回と同様に結界を展開し、人々と影の存在とを「切り離す」という段取りだ。


(月ヶ瀬さんはつい先月にクレセントになったと霊狐さんは話していた。この一ヶ月で謎の美少女が明守市に現れて不審な何かと戦っている噂……そんなのないよね。それって霊狐さんの術のおかげだったんだ)


 霊狐が術を使うべく「さぁ、こちらへ」とリリーとクレセントの二人を近寄らせた。

クレセントが霊狐の頭に触れ、まるで犬を相手にするように撫でる。それでいいんだ、と戸惑いながらリリーも続く。


 こーんっと霊狐が気持ち良さげに鳴く。

 が、次の瞬間、「クレセントっ!」と激昂した。


「触れる必要はないと前に言いましたわよね? リリーもどうして撫でますの!?」

「ごっ、ごめんなさい」

「シロ、さっさと術を使って。早く商店街に行かないといけないわ」

「この……っ! あとで覚えておいてくださいまし!」


 そうしてリリーたちは存在感を薄くし、商店街へと移動を開始した。




 ほどなくして商店街に到着する。

 いわゆるアーケード街だ。春の催し物が開かれているようで平日のお昼にしては人が多い。だからこそケガレーロ一家も狙ってきたのだろうか。


(うっ……)


 行き交う人の傍で蠢く影たち。この光景をリリーが目にするのは二度目だが、クレセントの姿に見惚れた時とは真逆の感情が湧き上がって、思わず目を逸らした。


「まだワルカーゲにはなっていないのね?」

「なんですの、それは」


 理乃から飛び出した謎の単語に霊狐が訝しむ。むしろ呆れている。


「クレセントが言っているのって、桜の樹に取り憑いた大きな影のこと?」

「そのとおりよ。さすがリリーね」

「ほ、褒められても困るよ」

「はぁ。影は皆、一様に影ですわ。変に名付けをするとろくな結果を招きませんわよ。それよりもあれを見なさい。体が赤色、黒い一本足のあれですわ」


 霊狐があたかも妖怪のように言い表わしたのは郵便ポストだった。その足元を中心に邪気が立ち込めている。深く濃い、黒い霧。


 なんとか浄化できないものかとリリーたちが考えている間に、それは顕現化の兆しを見せた。商店街中の影を吸い寄せ、膨張、そして破裂し、再構成され、大蛇となりてポストに取り憑く。今回は悲鳴が上がるより先に、霊狐が結界を展開して、人々を退けた。


 商店街の、ど真ん中。

 半径七、八メートル程度の円形空間が巫女たちと影との戦場となった。


「私に任せて。この数日間、何もしていなかったわけではないの」


 邪気を撒き散らす巨大な怪物――ワルカーゲと化した郵便ポストがいきり立つのを目前に、クレセントはリリーに流し目をよこした。そして一人、素早い身のこなしでワルカーゲへと接近する。


 ひらり。

 宙を舞う蝶の如く身軽さで、クレセントがワルカーゲの巨体をあわや飛び越すのではと思う高さまで跳び、そして右足をぐわっと上げる。


(大ジャンプからの踵落としっ!? 前に飛び蹴りした時みたいに着地を失敗するんじゃ……)


 ポスト型ワルカーゲにクレセントの華麗なる踵落としがクリーンヒットするのと、リリーがフォローするために動き出したのは同時だった。ワルカーゲは「グオォオオ!」と、怪物らしいやられ声を上げて地に伏す。


 クレセントはリリーの予想に反して、これまた見事な宙返りをしてみせて体勢を宙で整え、無事に着地を成功させた……かに思われたが、両足をついたその後で、ぐぎっと右足首を捻ったのがリリーにはわかった。


「クレセント! 右足、大丈夫!?」

「ふっ。変身していなかったら複雑骨折まったなしだったわね」

「え、なんで笑っているの。というか変身していなかったら、あんな高くまでジャンプできっこないよね」

「隙は作ったわ。後はあなたが決めちゃいなさい。シャイニールミナスブレイドで!」

「シャ、シャイニー、なに?」


 クレセントの唐突な要求にリリーはわけがわからず、混乱する。


 ひょっとしてあの光る剣のことでは、そう勘付いた時には既に手遅れだった。

 怪物ポストが身を起こし、その投函口から巨大な葉書を立て続けに何枚も吐き出してくる。地面に突き刺さるそれは紙の硬さではない。直撃したら無事では済まないだろう。


 回避に徹する二人の巫女。

 ひらりひらりとモーションの大きいクレセントの着地を狙い、一枚の邪悪な葉書、処刑道具の刃めいたそれが飛んでくる。


「クレセントっ、危ない!」


 当たる寸前のところでリリーがクレセントの身を抱きしめ、横に跳んで窮地を逃れる。そのまま二人はもつれて地面に倒れこんでしまい、追撃がきたら避けられない。

 しかし幸運にもワルカーゲは「弾切れ」になったようだ。今こそ反撃のチャンスだ。


「リリー、今度こそ……」

「破邪の剣だね。わかった!――わっ!?」


 勢いよく起き上がろうとしたリリーだが、クレセントの脚が絡まり、転ぶ。


「何をやっているのよ」

「そ、そんな言い方しなくたって」


 むぎゅっと。重なり合うようにして倒れたままの二人が言い合う。結局、先に立ち上がったのはクレセントだった。


「待って! 危なっかしい戦い方をしないでほしいの。いい? 攻撃を避ける時は最小限の動きで……」

「戦闘指南なら後にして。なんだったら、こいつは私がケリをつけるわ」


 そう言って、クレセントが駆け出すのを見送るリリー。内心は穏やかではない。


(わかんないよ。パートナーのつもりじゃなかったの。どうしてそんな自分勝手に進めていくのかな。あーっ、もうっ! 戦っているときにあれこれ考えてもしかたない!)


 リリーが立ち上がり、構えた。

 詠唱し、ダウンロード済みである神器、破邪の剣を顕現させ、その両手に握りしめる。そしてクレセントの後を追ってワルカーゲとの間合い詰めに向かった。


 その姿を離れた場所から目にした霊狐が違和感を覚える。


「妙ですわね。リリーの破邪の剣、前よりも光がかなり弱いですわ。あのままでは一刀両断というわけには……」


 霊狐の洞察どおり、リリーの振るった剣はポストの一本足に間違いなく当たったのだが弾かれてしまった。


「くっ! 踏み込みが足りなかった? じゃあ、今度は突きで――」

「お待ちなさい、リリー」

「霊狐さん!? 危ないですよ、離れてください」

「侮らないでくださいまし。それより聞きなさい、ええ、避けながら聞くのですわ」

「な、なんですか」


 敵から視線を外さず、遠距離攻撃には器用に破邪の剣で対応しながら、リリーは霊狐の話を聞く。そ

 の間、クレセントはヒットアンドアウェイの戦法をとっているがうまくはいっていない様子だ。


「クレセントと息を合わせなさいな。あの子の動きを読むのですわ。貴女ならきっとできますわよ」

「えっ? でもクレセントは……」

「ああ見えて不器用な子なのですわ。空回り気味と言いますか。リリー、貴女があの子の攻撃タイミングを見計らって、同時に仕掛けてくださいまし。守りたい、その気持ちは変わらずありますわよね?」


 リリーは首肯く。

 町のみんなを、そしてクレセントを傷つけさせない。守り抜く。その心が穂花を巫女に変身させたのだ。


(この戦いが終わったら、必ずお話する。ちゃんと話し合う。そのためにも今は……二人で影を断つ!)

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