第7話 新学期。パートナー? こじらせている少女?

 穂花が理乃たちと出会った数日後の4月初旬、明守西中学校は一学期すなわち新学年の始業式の日を迎えた。


 この数日間は例のケガレーロ一家によって人々の平穏が脅かされずに過ぎたが、連絡先を交換したにもかかわらず、穂花のもとへと理乃から連絡はなかった。

 穂花からはというと、いわゆる社交辞令めいたメッセージを二度ほど送っていて、それには半日以上の時間が空いて、短く簡素な返信があっただけだ。


 ようするにこの数日間で二人の仲はまったく深まっていない。

 理乃が新学年から登校するようになるかどうかは不明のままだった。


 そんな状態であったから、登校してきた穂花が校門脇にいる理乃を見つけたときは驚いた。ただ偶然に登校時間が重なったのではなく、理乃はそこで誰かを待っているふうに立っていたのだからなおさらだ。


 もしかして、と穂花は半信半疑に彼女のもとへと近寄って「おはよう」と挨拶をした。


「おはよう、風見さん。待っていたわ」

「わ、私を?」

「他に知り合いらしい知り合いはいないもの。ああ、さっき一方的に私を知っている先生から声をかけられはしたわ。なぜだか妙にぎこちない口調だったけれど。風見さんを待っているんです、って説明しても腑に落ちていなかったわね」

「春休みに知り合って、みたいな話はしなかったの?」

「どうして? そこまで話す義理はないし、面倒くさいわ」


 すまし顔でそう言う理乃に呆気にとられる穂花だったが「ほら、行きましょう」と歩き始めた理乃に慌ててついていく。

 霊狐はどうしているのかを穂花が訊くと「留守番。あと散歩。本人曰く、巡回ね」と理乃は答えた。




 校舎に入ってすぐのデジタル掲示板に、新しいクラスの生徒一覧が貼り出されている。

 穂花たちの登校時間は少し早めなせいか、人だかりはまばらだ。

 一覧を見て、穂花は何人かの仲のいい友達と別のクラスになってしまったことがわかり、気落ちする。しかし、同じクラスに月ヶ瀬理乃の名前があったことでそちらに意識を傾けざるを得なかった。


「月ヶ瀬さん、いっしょのクラスだね。えっと、よろしく」

「ええ、よろしく。風見さんさえよければ、いろいろ教えてほしいわ」

「いろいろって?」

「学校のこと全般。あまり詳しくないから。そうね、転校生とでも思って接してくれていいぐらい。と言っても異世界人でも人魚でも妖精でもないから手はそんなにかからないはずよ」

「そ、そっか。わかったよ、私でよかったら力になるね」

「ありがとう、助かるわ」


 やがて掲示板の前に留まり始めた生徒たちの視線が自然と理乃へ引き寄せられる。それこそ転校生を見るような好奇の眼差しであるが、彼女の整った顔立ちに由来するものが大半だった。


 穂花と理乃は二階にある教室へと向かい、中に入るとデジタルホワイトボード上に表示されている座席表を確認し、それぞれ席に座った。どちら座席も後方列に位置したが穂花が窓側であるのに対し、理乃は廊下側だ。

 座ってすぐの穂花のもとへと二人の女子生徒が駆け寄ってきて声をかけてくる。二人とも年生の頃、穂花と同じクラスだった女子たち。でも、友達の友達という間柄。


「穂花ちゃん、ちょっといい? あの子って、月ヶ瀬さんだよね?」

「いつどうやって友達になったわけ!?」


 理乃には聞こえないようにボリュームを絞って、しかし早口にそう訊いてくる面々。


「友達……なのかなぁ」


 思ったことをそのまま呟きにした穂花は苦笑する。そのまま本人に気づかれないように理乃をちらりと見やった。

 そのつもりだったが、理乃は中身がまったく入っていないスクールバッグを机の横に掲げた後は、穂花のほうをじっと観察していたので、ばっちり目が合った。

 そして席を立ち、穂花たちのいる窓際まで来る。


「どうかした?」


 決して圧のある口調ではなかったが、その無表情ぶりに二人の女子生徒はすぐには返答できなかった。そして二人揃って、いや三人揃って穂花を見てくるのだった。


「えっとね、月ヶ瀬さんとは先週、市役所近くの公園で会ったんだ。そこでまぁ、なんというか、その、おしゃべりして……」

「穂花ちゃんが月ヶ瀬さんを登校するよう説得したってこと!?」

「えっ、ううん、別にそんなことはないんだけど」

「ずばり、お二人はどんなご関係なんですか!」


 二人のうちの一人がいかにも冗談っぽく、マイクを握って向けてくる身振りをし、穂花へと尋ねる。


(町を守る巫女仲間だよ、だなんて言えないよ〜!)


 かと言って、理乃に話を振ってもろくな展開にならない予感がする穂花だった。

 さっきの、先生に話しかけられた云々のやりとりをふまえると「あなたたちに関係ないわ」とあっさり言ってしまう可能性もあるから。穂花は頭を働かせる。この場を切り抜ける無難な回答を。


「あのね、まだちゃんと友達同士って感じゃないけど、せっかくいっしょのクラスになれたから」

「端的に言えば、パートナーよ。私と風見さんは」


 穂花が話している途中で理乃がさらりとそう言った。


 別段、穂花の声が小さかったわけでもなく、理乃の声がそれほど強かったでもないのに、その理乃の台詞はその場にいる少女たちの耳にすっと入った。


 しん、と。会話が止む。それは一瞬だけ。すぐに一人が黄色い声上げた。


「パートナーって、つまり、そういうこと!? 嘘っ、マジで!?」

「いやいやいや、待ちなよ。早とちりっしょ、それは。穂花ちゃん、これから友達に、みたいな感じで話していたし」


 たしなめた一人が穂花に「だよね?」とうかがい、穂花がうなずく。


「じゃあ、月ヶ瀬さんのジョークってこと……? それとも二人は何かスポーツでダブルスでも組んでるの?」

「スポーツじゃないわ。私たちのことは訳あって、公にできないの。だから、これ以上の詮索はしないでくれるとありがたいわね」


 そう理乃が言うと、今度はたしなめていた側の女子も「秘密の関係……」と眉をひそめた。そして頭を抱える穂花。理乃が「どうしたの?」と平然と言うので「な、なんでもない」と引きつった笑みで返すのだった。




 その後、朝のHR、始業式、そして終礼とスムーズに進み、昼前には放課後となった。

 配布物が多いかったので持ってきたバッグはいっぱいとなり、片手で運ぶには重い。校則上、盗難や紛失防止のために、一部の参考書類を除いてすべて持ち帰りが義務付けられている。

 ちなみに明守市の方針で、ICT教材が市内のどの公立小中学校においても積極的に導入されているものの、それがそのままペーパーレス化を意味してはおらず、デジタル教科書への完全移行はまだ先だ。


「手ぶらで登校してもよくなってから来ればよかったわ」


 廊下を歩く理乃が恨めしそうな声で言い、肩から提げているバッグをぽんぽんと叩いた。その隣を穂花が歩いている。理乃に比べて小柄な穂花であるが、重くなったバッグを持つ足取りは理乃より軽い。


 二人は剣道場に向かう途中だった。

 終礼直後に理乃が穂花の席へとすっとやってきて「今日、この後の予定は?」と尋ねてきたのに対し、穂花が剣道場を軽く掃除しに行くつもりなのだと応じると、同行すると理乃は言ったのだ。断る理由もないので穂花はそれ受け入れた。


「明日からは必要なものだけ持って来ればいいよ。……明日も来てくれると嬉しいな」


 明日も来るんだよね?――そう言いかけたのを穂花は思い直して言いかえた。


 穂花は理乃が一年生の頃にほとんど登校していなかったその理由を知らない。勝手に想像するに、そこには深い事情があるはずで、だから軽率には聞けないし、下手なことは言いたくないのだ。


「本当に?」


 理乃が立ち止まり、そう言う。相変わらずの無表情。冷淡にも感じる面持ち。


 剣道場はすぐそこ。周りには誰もいない。穂花も足を止め、理乃の話を聞く。


「私としては、同じ討影の巫女となった以上、お互いを支え合える仲になるべきと思っているわ。だからなるべくいっしょの時を過ごして、理解に努めないとね。それを風見さんが負担に感じていないといいのだけれど」

「……よくわからないよ」

「わからない? どの部分が」

「私はただ、月ヶ瀬さんと友達になれたらいいなって。巫女になったからどうこうって言われても。特別な関係だとは思うけれど、それを理由にしたくないというか」


 うまく言葉がまとまらない穂花だったが、今日ここまで半日の理乃の振る舞いに感じていたものが何であったかは気づいた。

 

 それは義務感。


(月ヶ瀬さんが、何度も時間を見つけては話しかけてきたり、今こうして剣道場までついてきたりしてくれているのは、そうするだという気持ちがあるからなんだ。そうしじゃなくて)


「ねぇ、月ヶ瀬さんは私と友達になりたいって思ってくれている?」

「当然よ。一番の親友になるのがベストだと考えているわ。仲間との深い絆で苦難を乗り越えて、正義の心をもって強大な敵を倒すことこそシリーズのテーマ、醍醐味だもの」

「シリーズ? それ、何の話」


 顔をしかめる穂花に、理乃は公園の時と同様に日曜朝のテレビアニメ番組のシリーズタイトルを口にする。


「月ヶ瀬さん、私が言いたいのはね――」

「二人とも、出番ですわよ!」


 どこからともなく、こーんと現れた霊狐がそう叫ぶ。


「ヒーローの出番です、ってわけね」


 平気な顔でそう呟く理乃と、肩を竦める穂花だった。

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