第2話
後には引けない状況になったが、ゲーム知識に頼り切ったお粗末な策はある。
まず一つ目の策。人通りの少ない通路を通って進む。単純だが、確実で安全だ。俺の今の身なりはザ・私服で、絶対に王城に居ていい格好じゃない。衛兵に見つかれば、問答無用で追い出されるか、この世からさよならだろう。
さて、ここはゲームの通りなら一時間に一回しか人が通らないはず。出来る限り足音を殺し、誰も来るなと祈りながら長い廊下を進んでいく。
……どうにか廊下を抜け、一息つく。
ここからが関門だ。バグ技は使える場所がない、俺の服装は目立つ。そして見える限りでは三人の衛兵。見えないだけで他にもいるだろう。
あれ、もしかしなくても無理では?
向かいの廊下に入りたいが、これだけ衛兵ががっちり見張っている大廊下を横切れば、ミッション失敗は確実だ。予想していたよりも、しっかり守られている。
仕方ない、ここで第二の策だな。もう少し進んでから使ったほうが確実だと思うし、今使うのは運任せの要素が強すぎるが、やるしかない。
衛兵に殺されるのが先か、シャルロットに見つかるのが先か。ゲームの事を思い返すと確率は完全に五割。いや、今の位置的に四割くらいだろうか。
スゥゥと大きく息を吸い込み、でかい声で言い放つ。
『シャルロット!!会いに来たぞ!!』
端的かつ明確に目的を伝える。すぐさま衛兵の駆ける音が聞こえる。おそらくここに着くまで五秒ってところだろう。まさしく死のカウントダウンだな。
四……
三………
二………………
来たな。衛兵の鎧が視界の端に見えた瞬間、俺の視界は真っ黒に染まる。賭けには勝ったが、まだ油断は出来ない。ゲームではここに招かれた時点で二つの選択肢が表示される。もちろん、どちらを選んでもゲームオーバーになるが今は違う。
俺はその二つ以外の選択肢を出せる。なら、即死はないはずだ。
「貴方何?」
冷たく無機質な声が真っ黒な俺の視界の奥のほうから聞こえてくる。ゲームでここに招かれた場合彼女は一言も話さない。やはりゲームとは違うな。それにしても何と来たか……。
「君を救いに来た、ヒーローって奴かな」
「私を救う……?貴方が?どうやって?」
興味のない者が、自身を呼んだ本当の理由を探っているのだろう。だが、彼女自身が一番理解しているはずだ、この空間の中では嘘はつけないし、彼女に危害を加えることも出来ないと。俺もそれを知っている、だから俺は心のままに話す。
「君のことは知ってる。蔑まれて生きていくってのは辛いよな」
「…………」
「でも、だからって復讐に身を投じるのはダメだ。それは自分自身を苦しめる結果しか生まない」
「復讐?――だから、どうしろと?」
「だから、俺が一緒にいてやる」
やばっ、恥ずかし過ぎて耳まで真っ赤だぞ。今の俺。
だが、今の彼女には肯定してくれる存在が必要不可欠だ。自身を否定し続けて歪んでしまった彼女を正すには、反対に肯定し続けなければいけない。これ以上歪んでしまう前に……。
「その黒い力を元に戻すために」
「っっ!!」
彼女は周りから害あるものとされている。その最たる理由が彼女の持つ黒い力だ。詳細はゲーム本編においても不明だったものだが、後のダウンロードコンテンツで補完されていた。
‘‘彼女の誰かに認めて欲しい、褒めて欲しい、というちょっとした心が積もりに積もり抑え込めなくなり、本来白であるべきエネルギーが黒く染まったもの’’と。
そして残酷なことに、この国にはそれが災いを呼ぶ力だという言い伝えがあり、彼女がさらに孤立していくのにそれは十分すぎた。だから、彼女は部屋に籠り周りの視線から逃げて、でも誰かの役に立って褒めてもらいたくて、この力を人知れず行使していた。行使するたびに、黒い力が少しずつ強くなっていくのを感じながら……。
それから、秘匿にされていたはずの彼女の存在が帝国にバレて力を悪用されるのが、今から一年後のことになる。その時の彼女は今以上に歪んでいて、飢えていた。その感情を帝国の人間に利用されて国家転覆が起こった。
それは俺がさせない。
「大丈夫だ。俺はその力を知っているし、正しい使い方も教えてやる」
「…………ホントに?」
まだ疑いのある視線を何処からか感じる。彼女の行動は正しい、いきなり大声で名前を呼んできた侵入者を、信じろなどと言うのは無理なことだ。だから、一つ後押しをしてやる。
「信じていい。何なら【契約】を結んでもいい」
「そこ、まで………。わかった、信じて、みる」
彼女がそういった瞬間、黒い空間が明るく変わっていく。視界の先に、この国では珍しい黒髪と碧い目を持ったシャルロットがいるところを見ると、多分ここは彼女の部屋なのだろう。
よかった、何とか突破出来たな。本当はもっと確実な準備をしてから来たかったが、時間が過ぎる程彼女が歪んでいくのを知っている身としては、早急に手を差し伸べたかった。だから、運要素に頼った策を使うことになったんだが、間近でシャルロットを見れただけでやってよかったと思えた。
さてと、最後の問題だ。今この部屋に足早に向かってきている王子からどうやって隠れるか。ベットの下、机の下、ドアの裏……。全部ダメだな。
どうしたものか。
「……隠れてて」
ふわっと優しく何かに包みこまれる。瞬間また視界が真っ黒に染まった。と同時にバンと勢いよく扉が開いた音がした。
「シャルロット、無事か?」
「お兄様、すみません。コントロールを少々誤ってしまいました」
「そうか、大事ないか?」
「はい、問題ありません」
「……わかった。何かあれば伝える様に」
「はい、お兄様」
真っ黒な視界の中、兄妹の会話を聞く俺。ここだけを切り取ったら完全に犯罪者だ。にしても兄妹にしては、かなり事務的な会話だ。感情の抑揚がどちらにもない。
話を聞いてる感じ、あの王子ですら彼女の事を恐れているのか……。なるほど、つまりこの城の中に彼女のことを褒めてくれる人など、認めてくれる人など、いなかったわけだ。ゲームにおいて本編前の彼女の心情は明かされずに終わっていたが、これは……。
バタンとドアの閉じる音がすると同時に俺の視界も戻る。ひとまず助かった。そして、問題の一角を見てしまった。
ひとまず問題解決は、明日からにしよう。現状彼女のことは大体の人間が避けている。それを急にどうにかするのは無理だが、時間をかければ正していくことは出来るかもしれない。
「ありがとう、助かった」
「気にしないで。それよりも、この力のこと……」
「ああ。けど、それは一朝一夕で治るモノじゃない。明日また来るよ」
「明日?どうやって城に入るつもりなの?」
「また、呼ぶ。ホントは正面切って入ってきたいけど、それしたら最悪首ちょんぱされる。だから現状それしか安全に入る術がない」
「そっか。わかった」
「あと最後に一つだけ」
「何?」
「俺のこと城の外に出してくれない?」
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