第9話、儀式
長い祝詞を朗々と夜燈が述べる。尚王は土を盛った壇を前に座っていた。三つの壇はそれぞれ尚王以前の三代を表す。勇王、豊王、
本来、王であり祖霊の子孫である尚王が
「――
祭儀官が一頭の羊を連れてくる。太った大きな羊だ。それを壇の前で殺し、その首を切って流れ出る血を受ける。細工の施された
これは
ともかくも、羊は一息に殺され、血は地と人に染み込んだ。続いて羊の体は裂かれ、それぞれ定められた穴に入れられる。土を被せ、塚にし、ここでもまた祝詞が唱えられる。座した夜燈が高らかに謡いあげる、そのはずだった。
祝詞がぶつりと途切れた。尚王が後ろを向けば、夜燈は胸を押さえてうずくまっていた。祭儀官が身じろぐ。動揺しなかったわけではない。しかし、それより祖霊に無礼があってはいけない。霊とは子孫を守るものでもあるが、同時にとても恐ろしい鬼神でもある。尚王は壇に向き直ると、厳かに口を開いた。
「かけまくも畏み祖霊に聞こしめせと申し上げる。本日、朔より――」
何年も夜燈の祝詞をすぐ近くで聞いてきたのだ。このくらい、何も見ずとも暗唱できた。祖霊を祀り、今月の予定を述べ、つつがなく終わるようにと祈る。最後に深く地に頭をつけるほどの礼をし、儀式を終える。
……やはり夜燈が狙われたのだろう。しかし、俺を邪魔だと思っているにしても、誰かに殺されるのは気分がわるい。むざむざと殺されてよいはずがない。たとえそれが夜燈が買った恨みだとしても、尚王が王である以上、王城での暗殺を許すわけにはいかない。大舟が処断されて欲しくはないが、だからと言って夜燈が死ぬのも嬉しくはないのだ。
「ありがとうございます」
夜燈は祭儀官に支えられて退出した。顔色は悪くない。今はすっかり立ち上がり、歩けるまでになっていた。一時的なものだったようだ。夜燈は自分が倒れたことよりも、尚王が祝詞を続けたことのほうが驚いたらしい。尚王の顔を見るなり、安堵したように礼を言ってきた。
「きちんと覚えておられたのですね」
「王としての務めを果たすことは当然だろう?」
「ご立派になられました。まだまだ小さいと思っておりましたのに」
「そんな……もう十四だぞ。このくらいできる」
夜燈は小さな子が初めて歩いたのを褒めるように言うので、尚王は苦い顔になった。まるで赤子のように扱われると腹が立つ。
「そうですね。もう私がいなくても大丈夫でしょう」
ほっとしたように言った夜燈。珍しくまっすぐに褒められて調子が狂う。
「ともかく、叔父上。調子が悪いなら医師を呼べ」
「……はい」
やはりすぐに殺すつもりはないようだ。……毒を使ったやつは、夜燈に何かを伝えたいのだろうか。
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