ささくれを舐めるように。

源なゆた

ささくれを舐めるように。

――冬の日の、ことだった。


 高校の文芸部は、往々にしてオタク女子の集団コミュニティになる。

 ご多分たぶんれず、私達のところもそうだった。

 生憎あいにくと、部室なんて個別には無かったけれども、滅多に使われない特別教室を使わせてもらって、楽しくやっていた。

「昨日の○○(当時やっていたアニメの題名だ。)観た?」

「観た観た。××(キャラ名)と△△(キャラ名)やばかった!」

「『お前は俺のことだけ見ていればいいんだ』って可愛すぎじゃない?」

「本当それ。絶対受け」

「誘い受け」

「わかるぅ~」

 今の子達と語彙ごいが違うのはご愛嬌あいきょう。私も結婚をうながされるくらいには良い年なんだ。世代の差は如何いかんともしがたい。


 閑話休題それはさておき


 私達は極々ごくごくありふれた日常を送っていた。

 その作品には本来要素としての同性愛を紐付けた上で、娯楽コンテンツとして消費することに、何の疑問も無く、ただ、自分達の快楽を追求していた。

 そう、有り体に言えば、楽しかったんだ。どう考えたところで自分達には何の害も無い、極めて平和な、遊び。単に皆の趣味が合ったのか、誰かが我慢していたのかはわからないけれども、なんてことも無かった――ように感じていた――し。

 だから、まさか自分に、あんなことが起こるだなんて、思ってもみなかった。


「好きなの」


 告白、された。

 一般的な高校生なら、垂涎すいぜんまと――と言うとなんだか風評被害がありそうな気もするけれども――の状況シチュエーション

 相手が、同性でさえ、なかったら。


 その子は、文芸部の仲間だった。

 魅力的な子だとは思っていた。

 誰と何を話していても『何話してるのっ?』と語尾に【☆彡】でも付いているような勢いと人懐っこさでじゃれついてくる、小動物さながらの可愛らしさ。太陽みたいな笑顔。

 当然のように、容姿にも恵まれていた。小さくも均整の取れた身体に、誰もがうらやむ小顔。部品パーツも配置も整っていて、化粧もしていないのに、偶像アイドルそのものだった。単なる木偶でくぼうだった私なんかとは違って。


――なのにその子が、私のことを、好き?


「ありえない」


と思った。


 一部の女子が、男子相手にこういう揶揄からかい方をするのは(良くないことである、というのも含めて)知っていた。

 でも、女子が、女子に。

 それも、これまでずっと仲良くやってきた友達に。

 考えられなかった。

 そんなに浅い関係だとも思えなかった。


 だけど、何かを問い詰める前に、その子は駆け去っていた。

 自分が意図せず『ありえない』と口に出していたことには、それで気付いた。

 文字通りに、後の祭りだ。心臓は跳ねていたのに、唇は、カサカサになっていた。


 その子は、翌日、既に転校していた。

 他の文芸部員みんなにも、内緒だったらしい。

 水臭いよね、と口々に言った。でも、流石に携帯電話すら無いような時代ではなかったから、メールを送った。

 でも、誰にも、返ってこなかった。いや、正確に言えば、メールアドレスが変更されていて、誰も、ちゃんと送れていなかった。

 私は、前夜試してみてダメだった、というのを黙っていた。言えなかった。言えるわけがなかった。

 最初は皆悲しかったとか悔しかったとか、色んなことを話したけれども、そのうち、忘れた。忘れることに、した。


――でも。


「あの一言さえ間違わなければ、今頃一緒に居られたかもしれないのに、って、ずっと引っ掛かってた」

「引っ掛かってた、だけなんだぁ」

「忘れられなかったっ!」

「だから?」

 冷たい目線。

すごく、傷付けたと、思う。本当に、ごめん」

「ふぅ~ん、それで?」

 悪戯っぽい表情。

 踊らされていることはわかった。それでも良かった。それだけのことをした。

「私と、付き合って、くれませんか」

「な~んか一言ひとこと、足んないなぁ~」

「え、っと……ごめん」


「好きです」


 小悪魔が、ペロリと舌を出してから、笑った。

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ささくれを舐めるように。 源なゆた @minamotonayuta

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