第13話 家族の肖像画 3
発端はちょっと前に夫になったエイルの実家に眠っていた肖像画である。描いたときは無名であったが、現在は有名な画家の作品で市場価値はかなり高いらしい。不本意ながら美術品を見ることの多かったルーナはそれが贋作ではなく本物であるっぽいと気がつく。
他にも最近注目され始めていた画家のもの、まだ無名ながら見るべきところのあるものが描いた肖像画があった。
そのすべてが、顔の良い男である夫の肖像画である。
「いらないのに」
そうぼやくエイルをルーナは説き伏せた。いつか、売れるかもしれないし、資産価値あるし、と。本音は一枚たりとも売る気はない。
ルーナはエイルの顔だけが好きではないが、顔も好きなのでそこは譲る気もない。
「きちんとした場所でちゃんと並べてみたいものです」
うっかりそう言えば、義姉の夫であるグースが、あっさりと画廊を借りる話を出してきた。元々、絵の損傷具合を確認するため、専門家に見てもらうつもりだったらしい。グースの家の一室でしてもらう予定だったが、画廊を使うことになり二週間ほど画廊に置くことになった。
ルーナは展示されたものをすぐに見たかったが、仕事の都合で画廊に行けたのは三日後のこと。
画廊の前に行列ができていた。
「どうしたのかな」
「さあ? 中にも人がいるね」
エイルも話を聞いていなかったようで、困惑していたようだった。
「おい、並べよ」
「あら、あらあらっ、このお方、美少年よっ!」
「おお、あの美少年! ささ、中に入りたまえ」
「……どうも?」
エイルは困惑を深めていたようだが、美少年ということは否定してない。そこが何か面白くて、少々ツボに入ってしまった。
最近、ちょっと情緒不安定なところがあり、その影響かもしれない。元々笑いの沸点が低いと言われているので関係ないかもしれないが。
画廊の中にいたフレアに声をかければ意図しない展示会になっているという。
最初の予定外は、並べられた絵を外からのぞいた人たちが勘違いをしたことだ。新しい展覧会の準備かと思い、いつから始まるかを聞きに来ることが続出したのだ。
最初は展覧会はしない、個人の所有物の点検のためここにあると説明したらしい。
それが逆に好奇心を誘い、外から見える範囲で観察され、誰の肖像画か特定された。ヒルダは昔から美少女で見た目の雰囲気は今と変わっていない。わかりやすすぎる。それが一日目の出来事。
翌日には絵を描いた画家がやってきた。
真っ先に現れたのはこの肖像画たちを見つけるきっかけとなったルードだった。
「お嬢さん、よくぞ御無事で!」
たまたま、画廊にいたフレアに駆け寄るとそう叫んだそうだ。
意味が分からないままに話を聞くと想定外のことがあった。
フレアは離婚後消息不明、ということになっている。元夫に関わられるのが嫌で親しい知り合いにしか再婚も住んでいる場所も知らせていない。
エイルはもっとひどくて数年前から所在不明である。住所不定無職なので仕方ない。
ヒルダといえば、仮面をかぶった商人に買われるように嫁いだという本人たちを知らないとしか思えない噂が広まっている。
その上、両親も行方不明。これだけ揃っていれば心配するなというほうが無理である。
フレアは誤解だと説明しそれなりに納得したが、グースに合わせて欲しいと要望されたらしい。
仕事があるから難しいとは伝えたが、予想を裏切る早さでグースはやってきた。部下のウェルが言うには、予定があった商談の期日を別日にずらしてまできたらしい。
グースはお会いしたかったとルードに言って、歓待したそうだ。一緒にくっついてきたヒルダが拗ねるほどにはしゃいでたらしい。
ルーナはグースがはしゃぐ姿というのを想像しようとして放棄した。どう考えても面白い。
ルードを皮切りに王都を活動拠点としているほかの画家も集まり、画家の会が発生してしまった。そこに画廊に出入りしている評論家たちも加わり、作者本人による絵の説明化が始まった。いつもならグースが仕切りそうなものだが、今回に限っては全く役に立たなかった。
仕方なく、ウェルが仕切って各日1人画家を招き、解説を行うことになる。
そして、その話が秒で絵画業界に流れ、我らにも見せろと殺到したのが今日であるらしい。
フレアは嫌な予感がして朝からいて、警備や人の並びの整理、観覧料の設定など対応をしていた。ようやく落ち着いたのが今だそうだ。見せないというと暴動になりそうだったとこぼしている。
本日は儂が最初と言い張ったルードがご機嫌に座っている。
「気難しいってきいたんですけど、そうは見えませんね」
「私の記憶にあるのは遊んでくれたお兄ちゃんね。石を投げるときのコツとか教えてくれたの」
「あ、僕はいい感じの棒をさがす方法」
「……絵じゃないんですね」
ルードは線の細そうな感じとは裏腹にアウトドア派らしい。エイルは挨拶をしに行くというがルーナは遠慮した。
「それにしても盛況ですね……」
「収入は他の絵も含めて修繕と保管費にあてることにしたわ。
後世に残すにはそれなりに資金がいるもの。何年かに一度、展示して稼ぐことにしたわ。昨日、来た画家たちには内諾を得たので、所在の分かる人たちにも話をして書類を作るつもり。これは今のところ暇な私が請け負うことにしたわ。ティエンの研究もひと段落して助手としてはやることないからね」
「すみません。色々お任せで」
「いいの。
実家のことだし……。ルーナさんは本、本当にいらないの?」
「気になる本はあるので貸していただけると嬉しいです」
「それは喜んで」
そう言ってフレアは少し迷ったような表情を見せた。
「間違ってい……」
「ルード兄ちゃん、一枚描いてくれるってさ」
フレアの言いかけた言葉を遮るような形でエイルが声をかけてきた。
「あれ? なんか話してた?」
「大したことじゃないわ。いってきなさい。うちは昨日描いてもらったの。もうちょっといい服着て来ればよかったと思ったわ」
ルーナも描かれるとわかっていたらもっといい服を着たかった。なにを着ていてもあまり変わらないエイルとは違うのだ。その隣に立つ普通の顔の女の気持ちはちょっとだけ考えて欲しいが、そこは見込めないのはわかっている。
エイルに言わせればルーナはとてもかわいいで思考停止している。客観的にと話をしても可愛いで間違いないとどや顔をした。ルーナはぐったりとして訂正する気力を失った。
顔のいい姉たちがいるのだ。美醜判定が機能しなくてもおかしくはない。
ルードはルーナに目を留めて目を細めた。
「あの坊ちゃんが結婚なんて、儂も年を食うわけです」
「そんな年じゃないでしょうが……」
呆れたように返すエイルは気を許しているようだった。
ルードからは軽いスケッチを数枚という話だった。しかし、数枚を過ぎてのってきたのかポーズの注文をつけられ動かないように厳命される。
小一時間ほどで開放されたが、ルーナは疲れ切ってしまった。そうでなくても疲れやすくなっている。
「ごめんね。少し休んだら帰ろう」
エイルはすまなそうにしているが、描かれるのが嫌だったわけではない。隣でしょげているルードを見ているとかわいそうに思えてきた。
「悪いと思うなら、そうですね。
いまのエイルの絵を一枚ください。小さいので良いので」
弱みに付け込んで新コレクションを増やしてもいいだろう。気が進まないエイルはやる気になったルードに引きずられていった。
いってらっしゃいと見送って、ルーナはフレアと他愛のない話に興じる。いつの間にかヒルダもやってきて、にぎやかになった。
その様子を描かれていたとは彼女たちは気がついていなかった。
想定外の肖像画展(仮)は予定通りの日程で終了した。予定期間終了後、速やかに回収され、厳重に保管されることとなった。元の色彩に戻すための修繕は画家たちが去った後に修復専門業者に任せられることになる。
せっかくなら作者に依頼しようとしていたが、未熟な時代のものだと加筆修正したいと言われ、方針転換したのだ。良かれとか思って直されてしまえば、初期の良さが消えてしまう。現状を守るために苦渋の決断となった、らしい。
画家たちは、直さないで新しく描きなおしたら? という一言でしぶしぶ折れたらしい。
ルーナは画廊での展示の最終日に立ち会ってきたエイルからそう話を聞いた。ルーナも最終日にも顔を出したかったのだが、仕事の都合がつかなかったのだ。
引っ越しを予定しており、そのための休みを何日かとっているのでさらに休みが欲しいとは言えなかった。
今住んでいるところは便利だが、家族で住むような部屋はあまりない。今住んでいる部屋も大人が一人か二人暮ししているような場所である。ちょこっと子供には情操教育的にまずい部分もある。
少し不便になるが、中心部を外れたあたりにある一軒家を買うことになっていた。エイルの貯金とルーナの資産を合わせて検討した結果だった。一時的に貯蓄は減るが、ルーナは数年はそのまま働く予定でそれなりに貯金はできるであろうという見通しだった。
今となっては判断を見誤ったかなと思える。もう少し安い物件にしておけばよかった。まあ、それは結果論であるということはルーナも理解している。
世の中思うとおりになるということは少ない。
予定外の幸運も不幸もある。
その最終日に、エイルは一枚の絵も持ってきた。こちらは予定外の幸運である。ルーナはわくわくしながらその絵を受け取った。
壁に飾るにはちょうど良い大きさのもので、ルーナとエイルが描かれている。現在のルードの作風ではなく、初期のものに寄せたような絵だった。
「次は家族が増えたときに、だってさ。
今後も描くつもりのようだよ」
「お礼はなにがいいかしら」
「んー、珍しい絵の具とかかな? お金とかはいらないって言われそうだし」
「探してみるわ。異国の輸入品とかは色々ありそうだし」
仕事上知り得た情報だが、悪用するわけでなく、ただの買い物にしか使わないのだから大丈夫だろう。たぶん。少し不安になって、ルーナは上司に確認しておくことにした。上司は最近、エイルのことが気になるらしく紹介してほしいと言っていたりする。ルーナは即断った。きっとろくでもない話だ。
エイルは普通の平民として生きていく。もう二度と……。
「……あれ?」
思い浮かんだ言葉が、急に消えた。ルーナは釈然としないが、その言葉は何も残っていない。
「どうしたんだい?」
「なんでもない。どこに飾ろうかしら」
「新しい家に最初に飾ろう?
まあ、あっちでも寝室はやめてほしいな。なんか目力が強すぎてやだ」
「……そうね。玄関にでも置こうかしら」
魔除けになりそうである。
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