第8話 死に戻りした彼らは幸せを願う

「今回は間違わなかったかしら」


 彼女は呟く。二人の娘も息子もいなくなり、二度と会うこともないかもしれない。それでも。


「しあわせになってくれるかしら」


「勝手にやっていくだろう。全く、反面教師が一番効くとは」


 不機嫌そうな夫に彼女は笑った。気を抜くとでろでろに甘やかしたくなるところを冷たくあしらっていたのだ。心労で前の人生より老け込んでいるように見えた。


「みんな真面目過ぎたのね」


「世界の平和なんか放っておけばいいものを、あんなのを夫として連れてくるなんて」


 そうつぶやく夫は苦々しい表情だ。彼女は小さく笑った。


「やはり完全にそういうものと縁が切れることはないのかもしれません」


 わたし、この人と結婚するの。それから領地も売って。と二番目の娘がきたときには愕然とした表情でその相手を見ていた。

 今世ではどこにいたのかと思っていた魔王が、すごく困った様子でそこにいたのだから。


「まったく、どこが、いいんだ。大体あの子は昔から」


「楽しそうだからよいではありませんか」


 彼女たちは記憶をもって繰り返している。これで5度目だ。

 今回、一番望ましい結果を得ることができた。


 一番目の娘は、かつて、学院初の女性博士となった。そして、兵器開発を請け負うことになる。その重みに潰れた。

 二番目の娘は、かつて、聖女と呼ばれた。癒す力は国の交渉力として使われる。助けたいものを助けられず、心を壊した。

 息子は、かつて、勇者と呼ばれた。魔王を倒すために生き、死んでいった。


 彼女たちよりも先に、皆、いなくなってしまったのだ。

 そんなこと、もう二度となくてよい。


 世の中の誰が困ろうが、知ったことではない。伸ばすべき才も栄華も名誉もいらない。ただ、幸せに生きていってほしい。

 そう願うだけで。


 それが親のエゴでしかないと知っていても、もう、二度と味わいたくないのだ。


「肩の荷が下りたような気はしますが、まだ、残りがありますよ」


「そうだな」


 呪いを解かねばならない。受けたときにはこんなことになるとは思っていなかったのだ。


 死すら二人を分かつことはない。


 二人が若いころに受けた呪いだ。呪神から戯れというには、ひどい状況で。


 受けたときにはわからなかった。どちらかが死んだ時点で出会ったころに時間が巻き戻るなど予想できるほうがどうかしている。

 役に立つ呪いではあったが、もう死に戻りなどいらないのだ。この先は子供らが自分でなんとかしていくだろう。


「昔みたいで少し楽しくありませんか?」


 昔使った道具を取り出しながら彼女はいった。


「あちこち痛いところがあるし、寄る年波には勝てないんだが」


「あらぁ、かつての英雄様も年寄りになりましたのね?」


「爆炎の魔女も穏やかになるのだから年というのは良いものだ」


「ふふっ。魔女は年を取るほど、強くなりましてよ。

 今が常に最盛期。わたしについてきてくださればよいのです」


「わかってるよ。昔からそうだったじゃないか」


「そうでしたかしら」


 首をかしげる彼女に彼は苦笑した。


「さあ、旅に出ようか」



 子供たちにある日手紙が届いた。



 旅に出ます。探さないでください。

 お土産は買って帰る予定はありますので楽しみに。

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