第7話 魔物は金貨の夢を見る


「なななな」


「な?」


「なんで! 勝手に! 結婚してんだ」


 彼が久しぶりに住処に帰ってこれたら、雇用主(グース)が結婚していた。

 彼にとっては晴天の霹靂だ。そんな予兆すらなかった。当の本人は困惑したような雰囲気がした。


「おまえが半年も行商に出てるのが悪い」


「嫁はどこだ。嫁」


 最初はただの行商だったが、途中から別の旅になったので俺が悪いわけじゃねぇよ。というと話がややこしくなりそうなので、彼は別の話題を振った。


「はい! ここです!」


 そう言って勢いよく女性が現れた。

 どっから生えた。と彼はつっこみたくなった。

 どこかに潜んでいたとしか思えない。


「おまえど」


 そういってその女性をよく見た瞬間、彼は卒倒した。



 彼は魔物といわれるものだった。通称ウェル。元々はもっと長い長い名前がある。名前が長いほど偉いと言う謎の序列により魔物界では四天王と言われたこともある。

 数十年前までは。


 あくびが出るほど平和な魔界の昼下がり、ある旅人を名乗る二人組にぼこぼこにされたのだ。

 ウェルは誓ってなにもしてない。昼寝をしていたのに殴られた被害者だ。


「あらぁ。たいしたことございませんのね?」


「いや、俺、やばかった」


「ほら聖女渾身のポーションをだばだばと」


「……それ消費期限過ぎてるって言ってなかったか?」


「そうかしら。私、年だから」


 瀕死の状態のウェルの前で加害者の二人はのほほんと話をしている。

 俺、何見せられてるの? と思うウェルであった。


「さて、斬首しなければ死なない。そうだったかな」


「首を落とすのは骨が折れそうですわね。

 死体も焼くのでしょう? 骨も粉みじんにしないとゾンビ」


「……めんどう」


「ですわねぇ」


 じーっと二人に見られてウェルは身震いした。なにかとてつもないものを相手している気がしていた。いつか現れる魔王というのはこういうモノなのではないだろうか。


「あなた、お金が好きなんですってね?」


 二人のうちの一人がウェルに向かってそう言った。


「へ?」


「たしか、金貨を山ほど集めてそこで寝たいのが夢」


「そ、それはっ、なんで知ってるんだ」


「その大きさで寝るほどの金貨。銀行でも襲うか?」


「銀行強盗の魔物。やだ、面白い」


 どこかツボに入ったのか女のほうがぷくくと笑っている。油断しているようだが、ウェルのマナを見る目が彼女を取り巻くマナを観測している。不穏な動きで焼き尽くされるだろう。

 山一つの大きさといわれたウェルは今や丸焦げ寸前だ。


「お金を稼ぎましょ。大丈夫、サイズの問題なら魔女の秘薬がありましてよ」


「それも消費期限が……」


「いける。大丈夫」


 ウェルが答える前に謎の薬がぶっかけられた。男のほうがあちゃあと言いながら額に手を当てていた。

 無限に続くかのような苦しみの末にウェルは小さくなっていた。力はそのままに。


「さて、良い商人を紹介するのであなた修行しなさいな。お金様をいっぱい集めるのです」


「それって洗脳」


「新しい魔生のはじまりです」


 よくわからないうちに倒され、よくわからないうちに新しい魔生とやらが始まってしまったらしい。

 ウェルはえ? ええ? と思っているうちに、人間の世界に叩き込まれ、揉まれる数十年を過ごした。

 右も左もわからぬままにこき使い倒された結果、いっぱしの商人にはなっていた。お金が増える日々に満たされていたが、少し疲れてはいた。魔物とばれないように気を付けることは意外と多く、どれほど親しくとも完全に気を許すことはできなかった。


 そんなある日、火事を見かけて子供を助けた。最初は物見遊山で見ていたら、子供が閉じ込められていることに気がついてしまったのだから仕方がない。丸焼きはつらい。遠くとも鮮明な記憶がウェルをそんな行動に駆り立てた。


 その助けた子供はウェルを疑うこともせずに、助ける代わりの契約を受け入れた。そうせねば死ぬが、死ぬよりもつらいことは世の中にはある。ウェルは断られたら、そこらへんに放置しようとは思っていた。もちろん診療所の前だ。


 そこから助け出した子供は、親に厭われわざと焼かれたのだと知った。悲しいが仕方がないよと笑う少年は諦めが滲んでいた。

 知り合いの知り合いに連絡を取り、引き取るように働きかけたのはウェルだった。雇用は安定しているほうが望ましい。このままでは、再び丸焦げの危機がある。


 遠くの町へ住みつき、平和そうに見えた日々だった。


 成長するにつれ、助けた少年が変であることにウェルは気が付いた。魔界のものではないのに、魔界の魔物のような気配を持つ。漏れ出ているようなそれは周囲から忌避される原因にもなっていたが、少年は火傷が醜いせいだと信じているようだった。


 ウェルはその誤解を解かなかった。醜いからではないなら、なぜだと説明もできない。その力は封じられたもの。

 ウェルは少年がいつか魔王になるのだと気がついてしまったのだ。

 生まれながらにあったと思われる封じは強力ではあったが命の危機でもあれば箍が外れるだろう。あの火事で助けなければ、覚醒していたかもしれない。

 ウェルは少々悩んだ末に、側にいることにした。四天王と言わず、右腕と言ってくれるかもしれないと期待して。

 しかし、魔王となるべき少年はすくすく育ち、ネガティブながらも魔王にはなりそうになかった。


 僕にはウェルがいるもんと笑う少年が、道を違えることはなさそうである。

 普通にそこら辺にいる青年に育って、ウェルはほっとした。ほっとした事実に愕然とし、ちょっと魔王の側近としてどうなのかと自問自答もした。しかし、魔王として再教育とは思わなかった。

 だって、金貨がいっぱいあるから。

 その程度の幸せでウェルは良かったのだ。誰かから奪うでもなく、適性に、お互い商売をすればよかったのだ。


 かくして、元四天王はなり損ないの魔王の右腕として商会を切り盛りしていたのだ。

 平和な日々が続くことを願って。




 卒倒から回復したウェルは青年を呼び出した。


「グース、悪いが、あの女はダメだ。

 悪い予感しかしない。俺がひどい目にあう、悪い予感だ」


「振り回されるのは確かにそう」


「そうじゃない、あいつは」


 聖女だ。とウェルは言いかけてやめた。一目見てわかるほどに魔物と相いれない清浄な気配を持ち合わせてはいた。しかし、彼女はウェルが魔性のものだとすぐにわからなかったのだ。

 おそらく覚醒していない。

 無自覚な癒しを振りまいて、それでおしまいだ。


 今のところウェルを敵とみなして攻撃してきそうにはなかった。


「反対だった?」


 不安そうに見てくるグースにウェルはため息をついた。いい年下大人が人の顔色をうかがうなと前々から言っているのに治らない。

 堂々としてればいいんだと言っていても、まだどこか自信がない。


 ウェルは嫌な予感がしつつもグースの決断を尊重することにした。


「グースがいいならいい。

 それにしてもお披露目も呼んでくれないとは」


「まだしてないよ。連絡してもどこにいるんだかというところだったし」


「昔の知り合いに付き合わされてたんだよっ! 脅された」


「それは大変だったね? もう大丈夫?」


「ほかのやつを押し付けてきたから大丈夫」


「大丈夫かな。その人」


 ウェルは答えなかった。

 ウェルは四天王最弱とか言われたのだ。じゃあ、お前がアレの相手しろよとご案内しても別に困らないだろう。

 きっとぼこぼこにされて、自らの見識を改めるに違いない。

 呪神だって、すぐに見つかって殴り倒すだろう。


「そうなると祝いがいるな。なにがいい?」


「契約を終わりにしないか?」


「へ? お、おれがもういらないと!?」


「違うよ。ちゃんと、普通に付き合いをしよう。友人か兄かは微妙なところだけど」


「……そうだな」


 もう、守りなんていらないのだろう。

 独り立ちは少しばかり寂しい気がしたが、いなくなるわけでもない。


「あ、でもどうしよ」


「なんだよ?」


「ヒルダは意外とこの包帯男な姿気に入ってるっぽい。最近、薬が良く効いて顔の傷も減ってきたから、普通っぽいとか言いだしたし」


「……おまえ、ほんと変な嫁もらったな」


 ウェルはほかに言いようがなかった。

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