第2話 レイモンド

 アマリリスが生まれた時から、俺はアマリリスにこだわっている。というか俺なりの溺愛ともいう。


 当然、命を助けられる相手でもあるからというのと、前世で遊んだ乙女ゲームのヒロインに興味があるというのもあった。自分が15歳になる頃に魔獣に襲われ、アマリリスによって命は助かるものの片目片足をなくし、それ以降は話から姿を消してしまうモブであるというのも、エンディングの後で、最後にチラッと出てきて追放された(王子の婚約者だった)元侯爵令嬢に同情されて、傷の舐め合い婚する羽目になるというのも、ちょっと納得できなかったというのもある。


 5歳下の少女に魔獣に襲われたところを助けられるって、なんで辺境伯家の嫡男がそんなに弱いんだ、と腹が立ってめっちゃ訓練した。いや、し続けている。そのせいで最近筋肉ゴリラとか言って怖がられている気がしないでもないけれど、アマリリスにさえ嫌われなければそれでもいい。


 そしてヒロインなだけあって、アマリリスは美少女だ。目の開かない赤ん坊だったアマリリスに胸を撃ち抜かれてしまった。だって、すごくちっちゃくってふにゃふにゃで、クリンとした薄い髪の毛が鳥の雛みたいで、おっぱいを吸う形に捲れ上がったぽってりした唇とか、とにかくどこもかしこも可愛かったから。前世の母性本能とか触発されたのかも。


 そんなわけで、辺境から飛び出して攻略対象者相手に恋愛なんてしないよう、王都に夢を見ないようにじっくりと言って聴かせた。どのルートを取ってもエンディングがあまりよろしくないクソゲーで不評だったのもある。こんなに可愛くて優しくて愛らしいアマリリスにそんな苦労は必要ない。


 アマリリスの聖女の気質は癒しだ。そばにいるだけでストレスが減り、希望が湧き出てくるというもの。下手に聖魔力が強くなると魅了も発揮してしまうので、闇落ちやら監禁やらのエンドに落ちてしまう。だから聖魔力なんて持たない方がよろしいのだ。


 本来の話では、アマリリスが幼い頃に流行病で両親を亡くし、兄ヴァレリアンは苦労してアマリリスを育て上げるが、何しろ北方の男爵家で羽振りも悪く、魔獣に脅かされるような土地だ。王都から迎えに来た聖騎士に預けたほうがアマリリスのためになると考えて送り出すのだが。その数年後、無理が祟って兄も儚くなってしまう。俺の親友ヴァレリアンまでも。家族全員を失ってしまうなんて。なんて不憫なアマリリス。


 だから、そんな話はとっとと潰してやろうと考えた。


 必要なのは、土地を豊かにし、病をなくし、魔獣に襲われて怯え続ける環境を改善することだ。


 若干2歳、自分で歩けるようになって俺は動き出した。普通に考えると恐ろしい二歳児である。受け入れてくれた心の広い(というかあまり考えのない脳筋な)両親に、この時ばかりは感謝した。


 前世では世界保健機関WHOで従事していたこともあり、最初は衛生面の強化に勤しんだ。土地区画から上下水道の考案、排泄物やゴミの再利用方法や、道の舗装。辺境伯の跡取りということもあって人事と物事は割と簡単に動かすことができた。その上で、自分の親を含む貴族や領民たちの意識改革にも励んだし、前世では一人暮らしの上、世界各国を飛び回っていたこともあって、料理にも力を入れた。食の向上は心身の向上にもつながる。


 それから学業面にも力を入れて、識字率を上げた。田舎者だのケダモノだの、言われ放題だったのもムカついたからだ。自信を持て、胸を張れ、矜持を持て、と発破をかけた。


 持って生まれた魔力が豊富だったのも幸いして、魔道具の開発と新しい魔法にも力を入れた。もし、アマリリスが俺と同じ転生者であれば、いや、転生者でなくとも辺境ここでの生活が一番清潔で安心できて、美味しいものが沢山あって両親も健在、家庭も円満、とあれば誰が出て行こうなんて思うだろうか。


 それでも、何があるかわからないのが乙女ゲームの基本でもある。強制力とか、何かあって聖騎士や王子がここを訪れて、アマリリスを見初めてしまったら?逆にアマリリスが恋してしまったら?


 そうなる前に、俺はアマリリスを手に入れることにした。


 当然無理矢理とかは考えたこともないけれど、アマリリスはどこかおっとりしていて流されやすい性格をしている。ヴァレリアンや両親が白といえば、黒いものも「しょうがないわね、白でもいいわ」なんて言ってしまうところがある。わざわざ、反対意見を言ってことを荒立てることもない、と考えている。時々、何かを考えている様だけど、自己完結してしまうのか、その考えを口に出すこともない。だから、常にアマリリスはどう思う?どうしたい?と聞く様にしているし、アマリリスが何かを伝えようとするときはじっと聞き耳を立てて、一言一句聞き逃さないようにしている。


「俺はアマリリスが好きだけど、アマリリスは俺のことどう思う?」


 そんな事を言っても、あらそうなの?嬉しいわ、とにっこり笑ってほんわかしてしまうから、本当の気持ちがわからない。かと思えば、どこに行くのにも後ろをついて来て、さりげなく世間話をする。あの通りの誰々さんは教えるのが上手だから教員に向いてると思う、だとか、あそこの大工さんの家に赤ちゃんが生まれたから、お祝いに蜂蜜カステラを焼いて持っていこうだとか。俺の行くところ行くところ、全てを把握していて、領民からの人気も高い。辺境伯夫人としても向いているのだと思う反面、乙女ゲームだけでなく、この辺の男どもからも守らなくてはならなくて、うかうかしていられない。


 他の男どもを威嚇しながら、こういう男には気をつけろとか、ああいう男に騙されるなとか、なんだか嫉妬深い男みたいな事を言っているうちに、聖女が3人も出現した。色々訓練しているうちに使える様になったのだと、アマリリスと同年代くらいの少女たちが教会に訪れたのだ。


 色々訓練って。誰が?どうやって?


 確かに俺自身も聖魔力を発動できたけど。自然に使える様になったのか、それとも……。


 そんな話は、ゲームにはなかったけれど、俺自身が色々変えてるから元のストーリーも変わって来ているのかもしれない。それならば、と早速王家に報告、聖騎士団が迎えに来た。当然アマリリスは自宅待機。ヴァレリアンに、聖騎士にアマリリスの顔を見られたら、美少女発見とばかりに連れていかれるぞ、と脅したら絶対部屋から出さないと手伝ってくれた。なんたって、聖騎士の一人は攻略対象者だから。こういう時、家族には逆らわないアマリリスだから安心して預けられる。


「聖女が3人も出現するとは…。天変地異でも起こるのではないか」


 なんて心配を聖騎士たちはしていたが、スタンピードは阻止した後だし、黒死病も壊血病も既に解決済み。少なくともこの世界に魔族だの魔王だのはいないから、どこかの火山が噴火したとか隕石が落ちたとかでなければ、天変地異なんかは起こらない、と思う。


「北の辺境地グラディノースは魔道具や技術が発達しておりますので、聖女たちを王家と神殿に派遣しても、問題はありません。こちら3人の聖女たちは、辺境で生まれ辺境で育ちましたから、この地の技術も十分に知識として持っています。これらの力を存分に発揮できる場を提供し、現王家と神殿の大いなる発展を望みますよ」


「あ、ああ。ありがたく確かにお預かりする。ちなみに、こちらでは聖女が生まれやすい何かがあるのだろうか?」

「さあ。土地がいいのか空気がいいのか……。一つ言えることは、ここでは身分の差の意識が低く、民は平等に力が発揮できる様、対策が取られています。心身の向上は萎縮しない環境と食事からと考えておりますので、それが神聖力を上げるのかもしれませんね」


「……なるほど。確かに驚くほど活気があるし、ずいぶん発展している様にも見えるが…、王家や神殿に対し後ろ暗い様なことはないだろうな?」


「……そんなものがあれば、貴重な聖女を3人も差し出さないとは思いませんか」


「……うむ。失言だったな。申し訳ない」


 あの様子では聖女を養成しろとか、もっと出せとか将来言い出すかもしれないな。下手をすれば聖女だけでなく人材も魔導具も出せとか言い出しそうだ。なにしろ奴ら、目の色を変えて街並みを見ているし。予防線はしっかり張っておこう。


 俺は最後の別れにと3人の聖女たちに助言をした。


「やりたい様にやるといい。できる事なら、ここで学んだ事を王都でも実践してほしい。伝えられる技術や情報は隠さず分け与えてくれて構わない。お願いできるかな?」


「もちろんです、レイモンド様。もとよりそのつもりで励んでまいりました」


「辺境を不当に陥れるようなふざけた要望には、天罰を食らわせますのでご安心を」


「とりあえずアマリリス様はきっちり手綱を握っていてくださいませね」


「えっ?」


 聞けばどうやら俺の知らないところでアマリリスは聖魔法を使いこなしていたらしい。なんてこった。この5年ほどの間、街の同世代の女の子たちを集めて聖魔法の取得に貢献したのだとか。そんな素振りはこれっぽっちも見せなかったのに!


「もう、アマリリス様ったら。レイモンド様のこと心配なのに全然態度に出さないから」


「そうそう。内緒ですけど、アマリリス様から全て聞きました」


「愛されちゃって、いいですねぇ~」


 俺は両手で顔を塞いだ。全て聞いたって何を。前世の記憶か。乙女ゲームの話か。それともアマリリスの気持ちか。


「とっとと押し倒しちゃえばいいんですよ」


「既成事実あるのみ」


「若気の至りと言えば、大抵は許されます」


 平民の聖女たちは思ったよりも逞しいらしい。そんな事をしたら嫌われるのではないかと思ったけど、無理矢理でなければ多少強気に出ても大丈夫と言われた。


 無理を押し過ぎると神罰食らいますけどねー、って。ああ、バリっとくる雷魔法アレのことか。


「押し倒されたいとか、女からは言えませんからねぇ」


「お貴族様ですからねぇ、アマリリス様」


「その気にさせちゃえば一気ですよ、一気。ファイト一発!」


「下世話な言い方はやめろ!」



 頑張ってくださいね~と少女たちは聖騎士団と共に去った。

 

 その後、しばらく悶々と悩んで顔を見られなかったけど、やっぱり会いたくなって男爵家に押しかけた。


「いらっしゃい、レイモンド。久しぶりね」


 なんて、ほんのりはにかんだ顔を見て、俺はタガが外れたように一気に捲し立てた。


「生まれた時からずっと君を見てきて、おしめも替えたし、ファーストキスもいただいたし、初めて抜けた乳歯も実は俺が持ってる。もう君以外考えられない。結婚して欲しい。愛してるアマリリス。どこにもいかないでずっと俺の隣にいてほしい。前世女だったけど今は心身ともに男だし、アマリリスを絶対大事にする。苦労はさせない、とは約束できないけど、させない様努力する。今以上に魔獣対策も練るし、現代社会並みの生活向上も約束する。君がただ俺の隣にいて、笑ってくれるだけで俺は幸せだし嬉しい。イエスと言って、アマリリス。君だけを愛すると誓う」


 色々バラしすぎて、気持ち悪いとか思われたらどうしようとふと思ったが、キョトンとした顔をして、俺を見ていたアマリリスは、徐々に理解して来たのか真っ赤になって俯いて「はい、喜んで」と呟いた。


 嬉しくて嬉しくて、速攻で婚約の手続きをした。


 ヴァレリアンだけは最後まで反対をし続けていたけど、アマリリスの「お兄様、いい加減になさい」という一言で撃沈。


 恋人の手繋ぎをしたら、ほんと我慢出来なくなってキスをして。くすぐったそうにするだけで嫌がらないのを見て、抱きしめて、キスをして、どこに行くのも一緒に行って。どんどんのめり込んでいく俺を見ても、アマリリスは笑みを深めるだけ。ものすごく手のひらで転がされている感じがする。


 あんなにアマリリスにこだわっていたヴァレリアンが恋に落ちて、件の元侯爵令嬢と結婚してすぐに妊娠したのを見て。


 アマリリスがチラッと「子供は男の子がいいわねぇ」なんて言うから、てっきり俺らのことだと思って喜んで襲い掛かったら「避妊はちゃんとしてね」とか言われた。


 最近、ひょっとしたらこの子、前世の記憶があるのではと疑ってるんだけど。だって避妊の概念とか、この世界にはない。子供は授かりもので、産めよ育てよが基本だから。


 我慢の効かない俺は、アマリリスを連れて帰って一緒に暮らし始めた。言い訳はいっぱいある。新婚の邪魔になるとか、ヴァレリアンが盛りがついて四六時中発情しているからアマリリスが困惑してるとか、どうせ俺と結婚するんだからとか。


 その後、第3王子が追放されて、こっちの辺境に行くかも知れないとローズから報告が来たため、慌てて南の辺境ベルサロスへ行くように指示を返した。


「ちゃんと特別手当をくださいね」


「わかった。生活資金も面倒見よう」


「やった!よろしく~」


 南の辺境伯には技師も送るし、聖女ローズが第3王子の面倒を見ると言ったら大喜びで受け入れてくれた。それでも念には念を入れて、アマリリスに丹念にマーキングをしたのが余計だったらしく。


「私、妊娠したみたい」


「え」


「婚姻前に何しとんじゃぁ!ケダモノがぁ!!」と流石の親父にも怒られて、大慌てで籍を入れた。色々順番間違えちゃってごめんねと謝ったけど、アマリリスは「子供はたくさん欲しいわねぇ」と言って穏やかに微笑んだ。もう、大好きすぎて涙が出た。たくさん産めるように環境も医療も完璧にしなくては。




 結婚式は来年の初夏。アマリリスの花が満開になる頃だ。




「愛してる、アマリリス。ずっと俺のそばにいて」

「もちろんよ、レイモンド。私もあなたを愛してる」





*****


レイモンドのいうファーストキスは、アマリリスが赤ん坊の時。赤子をベロベロ舐め回す5歳児。ちょっと嫌かも。

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ヒロインなんてなりたくないので、替え玉を用意しました 里見 知美 @Maocat

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