正義掲げて電子戦へ

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 《Battle of the Greedy》、通称BOTG。中世ファンタジーを舞台に、秘宝を奪い合うフルダイブ型バトルロイヤルゲーム。一部地域で人気爆発中のゲームであり……そして男にとっては金儲けの道具だった。


 男は「業者」だった。

 《BOTG》の高ランクアカウントを作り、それを他人に売って金を稼ぐ。当然その際チートを用いる。その方が早く確実に高ランクアカウントを量産できるからだ……というより、男にはチートを使わず高ランクに達する程のゲームの腕前は無かった。


 暗い部屋、男はヘルメット型の「NEOネオ」という名の機械を外し一息つく。若くないその顔には疲労があった。最近BOTGではチートが流行り過ぎて、チートを使っても高ランクアカウントを作るのが難しくなって来ていた。


「(糞。安いチートじゃ限界があるか。もっと高性能なチートを買うか?)」


 ダークウェブ的裏サイトで売買されているチートツールにも高値安値がある。当然値が高い方が性能も高い。が、それでは男の目的である「金儲け」とは相反するものだ。安い元手で高い利益を出すのが理想である……それも難しくなって来ていたが。


「(後から群がって来たハイエナどもめ……)」


 男はかなり初期から「業者」として《BOTG》に目を付けていた。だが最近の流行もあり、《BOTG》では沢山の業者がチートを持って参入していた。

 業者とは言うが、基本的に彼等は個人。同業者と協力するよりはむしろ己が利益の為蹴落とし合う関係だ。そのため男のように安いチートを使っている業者は、より高級なチートを使っている他業者に一方的に倒されてしまう事も少なくない。


 男は暗い部屋で舌打ちをする。

 目の前のモニターに映し出されているのはSNSの画面。男のかつての同級生たちの投稿だ。彼らの大半は企業に就職し、順調に出世したり結婚したりと幸せそうな顔をしている。その眩しい笑顔は、独り薄暗い部屋でパソコンと向き合う己を卑下するようだった。

 どこで差が付いた、と男は自問する。

 勉強は得意だった。ダークウェブと呼ばれるネットの暗部を眺め、時折それに触れる趣味も、普通の人間が知りえない世界を知る優越感を与えてくれたから間違いだとは思っていない。そのうちそんなネットの闇を利用し金を稼ぐようになった。学生の身でありながら、バイトなどとは比べ物にならない効率で金を手に入れる……そんな学生時代は男に自信を与えた。

 歯車が狂いだしたのは就職してからか。企業でも良い成績を出していたが、裏サイトに仕事で得た個人情報を売っているのがバレ、解雇されてしまった。噂が広がり他企業にも就職できなくなったが、それでも男は焦っていなかった。これまで「副業」にしてきたことを「本業」にするだけだ、と思って。


「(最初の方は上手くいっていたのに……)」


 男の自尊心は、彼等よりも収入が多いということだけだった。電脳法スレスレ、いや時には思い切り違法な手段で稼いだが、それでも「俺はおまえたちよりも稼いでいるぞ」という事実が彼の心を落ち着かせた。企業を解雇されたときだって、そのおかげで精神を安定させることが出来た。

 だが今、男が手を出している《BOTG》のアカウント売買は他の業者に邪魔されて思うように上手くいっていない。収入は目に見えて減り、残ったのは暗い部屋でパソコンを叩く独り身の自分だけ。


 そんな中、男のSNSのアカウントにDMが届いた。


[すいません、BOTGのアカウントを売ってるって本当ですか?]


 見知らぬアカウントからのDMに、男は思わずほくそ笑んだ。劣等感も忘れ、金儲けのチャンスに頬が緩む。


[自分はオリハルコンランクだと見栄を張ってしまい、このままでは友達に嘘がバレてしまいます。なのでオリハルコンランクのアカウントを買いたいです]


 彼が笑む前で、DMはそう続けた。オリハルコンランクは最高ランクの一歩手前、その上はランキング形式で全世界5000人しかなれないので実質的な最高ランクとも言える。

 男はオリハルコンランクのアカウントの「在庫」を思い出す。まだひとつふたつ残っていたハズだ。最悪残っていなくても金だけ振り込ませて逃げればいい。言い分的に相手は学生か何かだろう、そういう相手は「カモ」だと男は経験から学んでいた。

 男は暗い笑みを浮かべながらメッセージを送信する。


 [オリハルコンランクのアカウントなら8万Cクレジットになります]

[分かりました。どうやって振り込めばいいですか?]


 即座にそう返って来て笑みを深める。これは楽勝そうだ。


 [CLONEの電子口座に入金してください。確認され次第アカウントを渡します]


 そう言って口座番号を送る。勿論相手に利用されない、入金専用の番号だ。

 8万Cクレジットは一度に手に入る金額としてはかなりおいしい。貯金しても良いが、新しいチートを購入するのも悪くない。そう皮算用していた男の笑みは、次のメッセージで鎮火された。


[すいません。なんか変な画面が出てきて入金できません]


 男は笑みから一転して怪訝な顔になり、メッセージを送る。


 [変な画面?]

[はい。こんな画面です]


 相手が画像を送ってくる……が、それはブラックアウトしていてタップしても何も表示されない。


 [バグってますよ]

[あれ。バグってスクショが送れてない?]


 男は少しイライラして来ていた。何のトラブルだ、早く金を振り込めと怒鳴りつけたい気持ちに駆られるが、そんなことをしてもネットの向こうの相手には届かないし、そう書き込もうものなら逃げられてしまう可能性もある。


[これならどうですか?]


 男がイラついていると、相手は今度はファイルを送って来た。PDFのような画像ファイルだろう。


「(変な画面って一体なんなんだ……)」


 男は苛立ちと好奇心から深く考えることなくファイルをクリックし、開く。「変な画面」とは何なのか、それをさっさと解決して金を振り込ませようと画面を覗き込み――。


『かかったなバカが!』


 そんな声がパソコンから聴こえた気がした。余りの唐突さに幻聴か? と疑う間もなく、画面上で見覚えのないアプリがロードを開始した。

 なんだ? と思う間もなく、大量展開された見知らぬウィンドウが画面を覆い尽くす。


「な、なんだこれは!?」


 叫び、パソコンを操作しようとする……が、マウスもキーボードも何の反応も返さない。


「(コンピューターウイルス……今開いたファイルに仕込まれていたのか!?)」


 驚愕は終わらない。目まぐるしく変化する画面、そこから男は知識によって何が起こっているのかを理解したからだ。

 ――データが消されている。ゲームのデータ、チートが入ったファイル、口座と紐付けられているアカウント。その全てが消去されている。苦労して仕入れた金の卵も、金庫を開くための鍵も、冗談のようにあっけなく消えていく。


「で、電源を――」


 電源ボタンを押して電源を落とす。もしくはコンセントを抜く。

 混乱の渦から抜け出し、そこまで思考が及んだ時はもう遅かった。


『残念無念の時間切れ。「GAME OVER」だぜクソ業者』


 そんな、聞き覚えの無い少年の声をPCが発し。

 その直後、パソコンはぶつりとひとりでにシャットダウンした。それがデータ消去が完了したが故の暗転だと男が理解するのは、PCを再起動した後だった。



「……これで15人目」


 電脳空間にて、正義のハッカー・カギヤは呟く。

 彼の前には多数展開されたウィンドウ。そのほとんどはSNSのDMの画面であり、他にはアングラな個人売買サイトなども少数ある。

 彼はそうやって開いた数多のウィンドウで、同じようなやりとりを同時並行で行っていた。


 [これが私のアカウントのIDとパスワードです 代行お願いします]

[画像が開けませんが]

 [え? もう一度送ります]

[やっぱり開けません 別の方法で送れませんか?]

 [PDFなら大丈夫ですかね]

[それでお願いします]


 ウイルス入りのファイルを送信し、相手の返信が途絶えたことを確認してメッセージを送信。


 [死んだかな?]


 それに反応は無い。返信どころか既読の様子もない。


「よし、また一人釣れた。次」


 彼がやっているのは物凄く原始的なハッキングだった。要するにウイルス入りのファイルを送り、それをダウンロードさせるというもの。いわゆる「トロイの木馬」だ。アカウントを買いたいなどはそのための方便、相手を騙すための嘘でしかない。

 それは古典的な方法ではあったが、カギヤの作成した超級のデータ破壊ウイルスによって必殺の技にまで昇華していた。そのウイルスソフトは容易くファイアウォールを搔い潜り、抵抗を許さず速やかに相手のPCを蝕む。彼の腕ならもっと静かに潜伏し、気付いた時には全てのデータが抜かれているというようなウイルスも作成できるが、今回は「警告」の意味合いも込めてすぐに分かり易い効果が出るものを使用した。


 本来、見知らぬ相手から送り付けられたファイルをダウンロードするものは居ないだろう。例えば玄関先に頼んだ覚えのない怪しげな謎の箱が置かれて居たら、それを気味悪がって触らない者の方が大多数のハズだ。

 だが、箱が宅配会社の段ボールなど見知ったものに似せられていたら。招いた客から「プレゼントです」と箱を渡されたら。そうやって巧妙に相手を騙し、致命的なウイルスの入ったファイルを開かせるのが、2074年において最も簡単に電子戦に勝利する方法である。最も、相手のファイアウォールという防壁ガスマスクがウイルスを通さない程強力だったりすれば無効化されてしまうし、電脳世界が出来てからはそう単純でもなくなったのだが。


 数時間にわたって何度も同じことを繰り返し、カギヤはふぅと息を吐く。


「……よし。これで『買い垢』とか『ブースティング』を謳ってたアカウントは大体ぶっ飛ばしたな。チート販売サイトも後で潰しとこう。後は……」


 「業者」の人数は100人弱といったところだろうか。そしてその中には、ウイルス入りのファイルを送らなかった――送れなかった者たちも居る。10人程の彼等は「電脳世界での直接交渉」を条件に出して来た業者たちだ。


 電脳世界が流行した理由のひとつに、情報データの保護が容易というものがある。

 マテリアルデータリンクシステムによって、電脳世界内で情報を奪い取ろうとすればアバターに直接電脳兵装プログラム・ツールを接触させなければならない。つまり、電脳世界でのやりとりは基本的に「目に見える」のだ。これと電脳世界でツールを組むには専用のプログラミング知識が必要というのも相まって、ハッカー・クラッカーという人種は大幅に減った。

 誰だって、後ろ暗いことをするときは顔を隠したい。ハッキングなどは出来れば相手にバレないのが理想だ。だが電脳世界ではそうはいかない。その心理的要素が電脳世界での犯罪者クラッカーの増殖を防いでいる。仮病で休むことを電話で伝えるか・対面で伝えるかのハードルの高さの違い、と言えば分かり易いだろうか。


 そんな訳で、金銭的なやりとりをする際は電脳世界で、という者も少なくない。画面越しとは違い相手の表情なども見れるし、不都合があれば呼び止めればいいので旧来のネットよりもトラブルはずっと少ない。電脳世界で会う、というのがそもそも「ふるい」の役割を果たすためだ。


 その警戒心が今回ばかりは逆効果だが、と内心で呟き、カギヤはに「依頼」を済ました後、指定した場所までの移動を開始する。移動手段は徒歩ではなく「転移ファストトラベル」だ。


転移ファストトラベル機能起動。電脳座標CアドレスA-404へ」


 カギヤのアバターが下半身からゆっくりと消えていく。当然データを破壊されているのではなく転送されているのだ。そうして膝、腰、胸、肩と消え、目が消えると同時に視界が切り替わる。真っ白は部屋からネオンライトで彩られた街へ。転移が完了したのは起動から10秒ほど後だった。あまり早いとは言えない速度だが、月額課金サービスに加入していなければ転移前に広告動画を見せられるのでこれでも最速である。

 転移後、夜の繫華街にも似た街――電脳街でんのうがいに降り立ったカギヤは周囲の景色も気にせず歩き出す。重力を無視して浮遊する建物も、腹に動画広告を張り付けて空を飛ぶ大きな鯨も彼にとってはなんでもないもの――ネットサーフィン中に画面の端に出てくる広告程度のものだ。

 そうしてカギヤは狭い路地に入る。表通りと違って薄暗く、そして殺風景なそこを通ってちょっとした広場へ。そこは店も無く装飾もされていない手つかずのエリア、要するにテナント募集中の「空きスペース」だ。本来誰かが立ち寄ることは滅多にない場所だが、そこには10人ほどのアバターが立っていた。少し不審そうに周囲のアバターを伺っているが、これからする行為が後ろ暗い自覚があるためか、誰も声をかけようとはしていない。

 そんな中、カギヤは無造作とも言える動作で彼等に歩み寄った。広場の目線を一斉に集めるのを感じながら、彼は気負いなく口を開く。


「さて、俺は《BOTG》の件で来た者だけど」


 それにアバターたちが全員見事に反応し……彼等はお互いに目を見合わせた。自分だけじゃないのか、という反応である。


「おっけ、部外者は居ないみたいだな。『仕事』しやすくて助かるぜ」


 カギヤはそう言うと、己の顔に手を翳した……闇がフードの下の顔を飲み込み、やがてそこには目と口を象った鬼火のような光が浮かぶだけとなる。


『くそ、罠か!』


 アバターのひとり、ガスマスク風の仮面で顔を隠した男が誘き出されたと気付き叫んだ。それは即座に場に伝播し、後ろ暗いことをしていたこともあり業者のアバターたちは一斉に背を向けて逃げ出す。電脳兵装プログラム・ツールを警戒しての行動だ。

 だが……路地の奥に消えようとしていた彼らが広場から出ることはできなかった。広場と繋がった路地、その悉くが、真っ赤な茨が密集したような壁によって塞がれていたからだ。いつの間に現れたのか、茨の壁はいくら押してもびくともしない強度で業者たちを広場に閉じ込める。

 赤い茨の壁、否檻を前に困惑する彼等の背に、唯一それが何かを知るカギヤはぼやく。


「クッソ、ロゼ雇うのに10万かかったんだからな……絶対に1人も逃がさねえから覚悟しろよ!」


 そして、彼の前にひとつの立体映像ホログラムのウィンドウが展開される。カギヤはそれに手を伸ばす――そして中に手を突っ込む。奥行きなどない筈のウィンドウの中に手を入れ、そして引き抜いたときには、その手の中にはひと振りの剣が収まっていた。

 黄金の剣を象った電脳兵装プログラム・ツール。電脳世界において必殺の武器が、薄暗い路地のなかで冴え冴えと輝く。

 その輝きに怯んだような業者たちに、カギヤはツールを突き付けながら叫んだ。


「俺は正義のハッカー、カギヤ! 不正チート使って一般プレイヤーを苦しめた業者共、おまえらはここで『GAME OVER』だくそったれ!」


 これまでの連戦の疲れかそれとも大枚を叩いた結果か、少しばかりやけっぱちな声と共に、悪を断罪する正義の剣が電脳の世界にて閃いた。




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 真っ白な部屋に、机を挟んで椅子とソファが設置されただけの殺風景な電脳空間にて。

 ソファに座った、爬虫類を思わせる鱗の生えた赤い肌を持つアバターが、対面した椅子の上の少年に問う。


「それで、話とはなんですか? カギヤさん」

「ああ」


 竜人の姿をした依頼人・シクハの問いに、カギヤは普段の勢いが感じられない微妙な口調で切り出した。


「あー、依頼の件なんだけど。《BOTG》でチートが流行ってたのは、『買い垢』や『ブースティング』で金を稼いでいた業者のが原因だった。そいつらが効率よく高ランクアカウントを作るためにチートを使ってたんだ」


 シクハは黄金の眼をぱちくりとしばたかせた。その瞳に宿った感情は驚きが半分、そして納得が半分。納得は、買い垢などの問題は《BOTG》にハマっている彼も耳にしたことがあったが故だ。とは言ってもチーターの大半がそのための「業者」だったというのは知らなかったが故に驚きもしていた。


「成程……ということは、今日はその報告ということですか?」


 シクハは現実リアルでの探偵業などをイメージする。アバターの顔を突き合わせた対面での会話とはいえ、電脳世界ではこれは電話のような気軽なものだ。大した手間がかかる行為でもない。なので依頼してから二日と経っていないこともあり、シクハはこれが中間報告、あるいは定時報告のようなものだと予想した。

 だがカギヤは手を振ってそれを否定する。


「ああいや、ソイツ等にはちゃんと痛い目見て貰ったぜ。けどな……正直、俺が出来るのはここまでなんだわ」


 シクハが二度、驚く。一度は勿論、この短い時間でカギヤが(人数は不明だが)業者たちを懲らしめたことを知って。そして二度目は、彼の弱気な発言で、だ。

 シクハはカギヤの一見荒唐無稽に思える言葉を、あまり疑っていなかった。というのもちょっと前に確認したSNSのタイムラインで「《BOTG》のランクマ、今日はチーター少ないな」という内容の投稿が散見されていたからだ。カギヤが何かしたのかもしれないとは思ってはいたので、その何かに当てはまる情報を得た分納得さえしていた。だからこそより弱気な発言の真意が分からない。

 シクハに無言の中で続きを促され、カギヤは続ける。


「『買い垢』や『ブースティング』は、それを望む奴が――自分の実力以上のランクを望む強欲な奴が居る以上絶対に無くならない。今いる業者を全滅させたところで、また新しい業者が現れるだけだ。いたちごっこってヤツだな」


 それは、言ってしまえば当たり前のことでもあった。

 ビジネスとは需要――つまり「それが欲しい」という欲望によって生まれる。逆に言えば、それが犯罪まがいの行為だとしても需要さえあれば生まれてしまうのだ。その流れを堰き止めるには神のような力が無いと不可能……当然、天才ハッカーでも力不足だ。


「だから、俺はシクハくんの依頼を――《BOTG》のチーター問題を完全に解決することはできないんだよね。自信満々で依頼を受けといて途中で投げ出すってのもアレだが、無理なものは無理な訳で……あー、その、マジで申し訳ない。報酬のことは忘れてくれ」

「いえ、そんな……」


 頭を下げたカギヤに、シクハは顔を上げてくれと手で示しながら言う。崩れない穏やかな口調に、されど強い意思を宿して。


「そもそもそれは、我々プレイヤーの民度の問題。私たち一人一人が気を付けないといけない事です。それを外部の人になんとかして貰おうと思うほど私は傲慢ではありません」

「……そっか」


 ちなみに何人くらいの業者をどうされたのですか、という問いに、100人くらいのPCデータをぶっ壊したと返されシクハはしばらく何も言えなくなった。驚愕もあり、また明らかな犯罪行為だが相手は漠然と恨んでいた悪人で、そして引き金を引いたのは自分の依頼で……というも複雑な感情もあった。


 ――強欲が齎すは、栄光か、破滅か。

 その言葉が示す通り、身に余る欲望というのは常に破滅のリスクを伴うものだ。《BOTG》のキャッチフレーズでありテーマでもあるその言葉は、プレイヤーは皆、試合の勝ち負けを通して実感している。秘宝に目が眩んで伏兵に気付かなかったり、手が離せなくて隙を突かれたりという経験が無いプレイヤーは居ないだろう。

 つまり、皆知っているのだ。強欲の怖さというものを。

 しかし。ゲームにまともに向き合っていなかった業者たちは、それを実感として知らなかったのかもしれない。その結果……彼等に初めて訪れた破滅は、ゲーム内に留まらない大規模過ぎるものになってしまった。

 そんなことを考え押し黙ってしまったシクハに、カギヤが少し調子を戻して切り出す。


「それでな、確かに俺は失敗したんだが……そもそもさ、運営がもうちょいやる気あればここまでのことにはならなかったと思わねえ?」

「……それは、確かにそうかもしれませんが……」


 シクハは再び言葉を切った。

 カギヤの言ったことは、正直な所否定はできない。シクハだってチーター問題で苦しんでいた時、チーターを恨むと同時にこうも思ったのだ。「もう少し運営が積極的に動いてくれれば」、と。元々評判の良くない企業で、運営にあまりやる気がないという噂もあって、運営企業には複雑な思いがあった。

 そんな彼の内心を見透かしたように、そのハッカーは提案する。


「だからさ、もしシクハくんが望むなら――」


 続く言葉に、シクハは驚愕に目を見開き、そしてかなりの時間苦悩して――。




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 日本国内、カギヤの現実世界での自宅にて。

 色の付いた窓の外から、部屋に日光が入り込んできている。夜明けだ。そんな部屋の中、ヘルメット型の機械「NEO」を付けたままのカギヤは椅子ゲーミングチェアの上で大きく伸びをした。


「くあぁ……寝不足だ。見事にハマっちまったからなあ」


 カギヤの頭を重くする眠気は《BOTG》のせいだ。というのも、依頼でというワケではなくプライベートで彼は同タイトルを連日プレイしていた。

 《BOTG》は一部地域で大流行していることもあり、ゲーム性自体は文句なしに面白いゲームだ。依頼で少し触っただけのカギヤもドハマりし、無事睡眠時間を捧げるに至っていた。お気に入りの二刀流戦士スタイルでゴ-ルドランク(ダイヤランクの二個下)にまで到達できた時はガッツポーズが出たものだ。


 チーター問題が無ければ元々最高のゲームでしたから、とはたまに一緒にプレイするシクハの談だ。

 そしてそのチーター問題も、今は解決の兆しが見えて来ていた。


「しっかし1週間前とは見違えるほど運営がやる気になったなぁ。巨万の富を得た大企業のCEOも、離婚・慰謝料騒動は嫌ってことかね」


 これはネットのどこにも出ていない情報だが。

 《BOTG》運営会社のCEOは、とあるハッカーに脅されていた。電脳世界の夜の店でのスクリーンショットをはじめとしたデータを奪われ、それを公開されたくなければ《BOTG》のチーター問題をどうにかしろと言われたのである。定期的に送られてくる自らの醜聞を写したデータは日に日にスキャンダル度が増していき、ついにCEOはその言葉に従った。金銭を要求された訳でもなく、ただ一声働きかければ良い程度の問題だったからだ。自社の得られる利益が高くなる可能性もあったので、ただ投資を薦められただけとも言えた。実際それきりハッカーからの脅迫は無くなり、《BOTG》によって得られる利益も上昇傾向にあるとか。


「――ま、強欲のせいで破滅しなかっただけでもラッキーだと思って欲しいよなぁ、なんて」


 そのハッカーが誰かは、当然CEOにも分からないし、事が表沙汰になっていない以上彼以外に知り得る者も居ない。

 ただ関係があるのかないのかは分からないが、とある凄腕女プログラマーに大企業から大口の依頼があったことは事実のようだ。


「……防壁技師としてそれとなく推薦しとくってことで10万は許してもらったが……ロゼの奴容赦なさすぎだよなぁ。友達からガチで10万取ろうとするか? 普通。しかも実働数分で」


 ぼやき、カギヤは「NEO」を外した。そのままセールで買った流行りの卵型エッグベッドに倒れ込む。


「学校に備えて寝るか……A1エーワン、2時間後に起こしてくれ」

『了解しました』


 窓が遮光モードに切り替わり、部屋が闇に包まれる。


 暗い部屋の中、唯一光を放つものがある。それはPCのモニター。

 とあるSNSのタイムラインを写していた画面に動きがあった。ぽこん、と新たな投稿が画面に流れてくる。


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 SHIKHER BOTG勢 たった今

オリハルコンランク到達!

最高のフレンドと、そしてチーターが減ったお陰です! 本当にありがとうございました!

 ▽0  □0  ♡2

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 ――強欲が齎すは、栄光か、破滅か。

 「限りなく完遂に近い失敗」で終わった依頼の記憶は、しかし眠りに落ちるカギヤの顔に、破滅とは程遠い満足げな笑みを齎した。

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