第3話 荒れる海

 水しぶきが私の頭から降ってきた。

 「キャー」

 私は頭を手で覆った。


 白黒の海が見えた。冷たい風がびゅうびゅうと吹き荒れていた。私の髪を留めていた白いシュシュが風に飛んで、海の向こうに消えていった。お気に入りのシュシュだったのに・・。


 私の髪が顔にかかったと思ったら、次の瞬間、大きく宙になびいた。そして、また顔にかかった。私は髪を手でかき上げた。風向きが始終変わっているのだ。その顔に小雨が横殴りに打ちつけてきた。


 荒々しい波が次から次へと足元に寄せてきた。そのたびに波しぶきが砕けて宙に飛んだ。波打ち際だった。ゴツゴツした岩場に私は立っていた。私のスカートが風を含んで、大きく広がった。また、私の髪が宙になびいた。すぐ横を見ると安祐美がいた。少し離れて、早乙女さんと山田さんが立っていた。


 みんな、黙って海を見ていた。


 私は前の海に眼を奪われた。何という荒々しい海なんだろう。黒い海に白い波頭が無数に立っていた。黒い海のはるか向こうに灰色の空があった。こちら岸は岩ばかりだった。どこを見ても小雨に濡れた灰色の岩ばかりだ。


 色がなかった。ここは白と黒で出来た灰色の世界だった。


 大きな黒い波がやってきて、岸の岩にぶつかった。どーんという大きな音がして、また波しぶきが舞った。

 波しぶきと小雨で私の身体はびしょぬれだ。

 思わず、私は安祐美の腕を取った。安祐美の腕もびっしょりと濡れていた。

 

 「安祐美。ここは、どこ? いったい、どうなってるの?」

 安祐美が首をかしげた。

 「さあ」

 すると、早乙女さんの声が聞こえた。

 「ここは、山田さんの心の中です」

 早乙女さんが私たちを見ている。風が吹いて、早乙女さんの整えられていた髪がぼさぼさに逆立って揺れた。小雨が顔に当たって、早乙女さんが顔をしかめた。


 「心の中ですって」

 安祐美の声が風の中に飛んだ。耳元でびゅーびゅーと風が鳴っている。私のスカートが一旦しぼんで、また大きく膨らんだ。膨らんだ方向に私の身体が飛んでいきそうになった。私はかろうじて、パンプスのつま先を岩に当てて身体を支えた。私は思わず安祐美の腕にしがみついていた。耳元で安祐美の声がした。

 「どうして、私たちが・・・・」

 風の中から早乙女さんの声がした。

 「私たちは、山田様の心の中に移動したんです」

 早乙女さんが眼の前の海を指さした。

 「この海が世の中です。そして、この波が、山田さんの心に押し寄せる世の中の荒波なんです」

 安祐美の声が聞こえた。

 「これが世の中の・・荒波なの・・・・」


 私は眼の前の海を見た。世の中・・・そして、荒波・・・なんという荒々しい世界なんだろう。そして、山田さんは、この世界で、どんなにつらくて、苦しい思いをしてきたんだろう。


 私は怖くなって、再び安祐美の腕にしがみついた。安祐美の腕ごしに・・・早乙女さんの横に立っている山田さんの姿が見えた。


 山田さんは蒼白な顔で海を見つめていた。山田さんの顔にも波しぶきと小雨が打ちつけていた。山田さんの身体が小刻みに震えているのが私の眼に入った。


 山田さんが呆然と海を見ながら言った。

 「こ、こんな海には・・・僕はとても太刀打ちできません」


 早乙女さんの声がした。

 「では、癒しに移りましょう」

 

 早乙女さんがピンクのタブレットを取り出した。雨粒がそのタブレットに当たった。早乙女さんが濡れる手で、タブレットに何か入力した。

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