第11話 たぬき、神殿に行く
わっせ、わっせ、と運ばれて、たぬきは立派な建物にやってきました。
街からは少し離れたところにあるので、この世界の人間たちの暮らしを見学するのはお預けになってしまったみたい。たぬき、ちょっと残念。
「神獣様、ご到着!!」
エルネスト(どうやら、これが名前みたいです。たぬきはわかった!)が、とてもよく通る朗々とした声で告げると、建物の門が音もなく開きました。よく手入れされた門です。たぬきの行きつけのゴミ捨て場の戸なんて、ちょっとたぬきが通るだけで「キキキッ」と音を立てるので困っちゃいます。
神殿、と呼ばれている建物の入り口には、エルネストたちとは全然ちがう服を着た人間がふたり立っています。何かの見張りみたいです。
人間というのは、服が違うとまったく別の動物みたいに見えるのが不思議です。
変などうぶつ。頭だけ毛深いし。
見張りの人間に、エルネストが尋ねます。
「巫女殿は?」
「はっ、祈りの間にて瞑想中です」
「すぐにお呼びしてくれ」
「ははっ!」
めーそー?
わちゃわちゃ走り回っているのでしょうか。
お取り込み中ならば、たぬきにはおかまいなく……と伝えたくても、どうやら人間たちにはたぬきの言葉が通じないようです。コタツとは、ちゃんと通じ合っていたのに。人間はどの世界にいても、ちょっと耳が悪いみたいです。
たぬきはエルネストの小脇に抱えられて運ばれます。
がっちりホールドされて、もう為す術なしのたぬきです。
エルネストが歩くのにあわせて、しっぽと四つ足がぷらぷら揺れます。
ああ、たぬきはたぬき汁にでもされてしまうのでしょうか。
「巫女殿!」
神殿の奥にある部屋は、明かりとりの大きな窓がひとつあるきりのガランとした部屋でした。貧乏なのでしょうか、神殿は。
エルネストはひとつ咳払いをして「みこどの」を呼びました。
「……どうしましたか、エルネスト殿下。私、瞑想中だったのですが」
わあ!
たぬきは、思わずしっぽの毛をビビビっと逆立てました。
なんて綺麗な声なのでしょう。春の盛りのうぐいすさんの囀りだって、こんなにうっとりする響きではありません。
「伝説にある神獣様がご降臨されました。こちらです」
「……わかりました。神獣神殿の巫女として、神獣様の言葉をお聞きいたしましょう。いま、そちらへ参ります」
わわわあ!
たぬきはさらに、全身の毛をショワワっと逆立てました。
暗がりになっていた部屋の奥から歩いてきた「みこどの」は、美しい人間のめすでした。とはいえ、まだオトナではないようです。たぬきの住んでいた山の一部にででんと建てられた「じょしちゅうがっこう」に通っていた人間と同じ年頃に見えます。
みこどのは、若いカラスさんの羽根のようにとろんと艶のある真っ黒い髪を、ながーく伸ばしています。
その黒髪の上から、白い頭巾を被って頭を隠しています。頭巾も服も白い布で作られているので、髪の毛の黒さが余計に目立ちます。
どういうわけか、みこどのは目を覆い隠しているので、顔の造りはわかりません。
けれど、凜とした立ち姿だけで、彼女の美しさがわかります。
「きれい……」
たぬきは思わず、呟きました。
だって、みこどのは、ほんとうに素敵なのです。
すると、みこどのが「おや」というふうに首を傾げて言いました。
「ありがとうございます、神獣様」
「いえいえ、たぬきはお世辞はいわな……あれっ!!」
いま、「ありがとうございます」って言った!
たぬきは聞き逃しません。
「みこどのは、たぬきの言葉がわかるの?」
女神様やコタツと喋っていたように、たぬきはみこどのに話しかけます。
みこどのは、ゆっくりと頷きました。
「はい。私は神獣神殿の巫女……獣のあなたがたと言葉を交わすことができるのです」
みこどのは、被っていた頭巾を脱ぎます。
なんと。巫女殿の頭には、ぴょこんっと黒猫さんの耳が生えていました。
人間の耳は、顔の横にあるはずです。
「耳が、4つある!」
ちょっとこわい!
たぬきは、エルネストに抱えられたまま思わずジタバタ暴れてしまいます。
「……面妖かとお思いでしょうが、ご容赦を。獣耳持ちといって、私はこの耳であなたの言葉を聞き分けているのです」
みこどのは言いました。
そうなのか、生まれつきのものでしょう。それを「こわい」なんて思ってしまってはいけません。たぬき、ちょっと反省。
みこどのは、エルネストの小脇に抱えられているたぬきをひょいと抱き上げます。
そして、部屋の奥にあるふかふかの椅子にたぬきを座らせてくれました。
「それでは、神獣様。あなたのこと……お聞かせ願えませんでしょうか」
たぬきの前にかしずく、みこどの。
「よ、よろこんで!」
たぬきは人間風に、ぶんぶんと首を縦にふりました。
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