第10話 たぬき、あがめられる。

「伝説の神獣だ! まちがいない!」


 わっしょい、わっしょい。

 たぬきを取り囲む人間たちが、笑顔で握手をかわしはじめました。

 なんだかよくわからないけれど、たぬきもなんだか楽しいきもちになってしまいます。どうやら、めでたいことみたいなので。


 一番、身なりのいい人間がたぬきの前で膝をつきました。

 腹でも下してるのかしら?


「──我が名は、エルネスト。テルメル王国の第三王子でございます」


 えるねすと。てるめる。

 むつかしいことば、たぬき、わからない。

 もう少し、たぬきにもわかる言葉でおねがいしますです。


 たぬきは困って、きゅうきゅう鳴きます。


「む……神獣さまが何か言いたげな表情を……」


 どうやら、たぬきの言葉がわからないみたいです。

 女神さまもコタツもわかってくれたのに、人間ってのは本当に不自由な生き物だなぁ……と、たぬきは可哀想なきもちになってしまいました。

 人間は人間としか話せないのだもの、こまっちゃいます。


「……神獣さまは、私どもの言葉はおわかりになりますか」


 てるめるのえるねすとが、たぬきに尋ねました。

 こくこく、とたぬきは頷きます。

 人間たちの群が、「おおおお!」とどよめきます。


「我々の言葉を理解しておられる……!」


 とうぜんです。

 たぬきは、人間の言葉だってわかります。たぬきの姿のままでは、上手に喋ることができないだけです。人間たちは、わかってないみたいだけれど。


 人間たち、泣いたり、お祈りしたり、ずいずい踊ったりしている。

 たぬきと出会ったことが、そんなに嬉しいのかしら。

 なんだか、ちょっと誇らしいきもちになってきました。誇らしいきもちになってきたのですけれど、問題が発生しました。


 ……おなかがすいてきたのです。

 

「む、神獣さまが力を落としておられる。どうしたというのだ?」


 たぬきはおなかがすいたのです。

 さっさと人里に出て、おいしい落とし物を食べようと思ったのに。

 人間たち、はやくどいてくださらないかしら。


「致し方ない……巫女殿と神獣さまを引き合わせるぞ」

「ははっ!」

「神獣さま、失礼いたします」


 てるめるのえるねすとが、たぬきをひょいっと抱き上げました。

 わあ。なんと、すばやいうごき。


 たぬきは、前足と後ろ足をジタバタ動かしましたが人間には叶いません。

 もしかしたら、どろんと化ければ一網打尽かもしれないけれど、もう腹におさめた御神酒が空っぽになってしまっています。ああ、空腹が憎い。


 こうして、たぬきは連れ去られてしまったわけです。




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