第8話 たぬき、竜に化ける

 たぬきは、もうだめです。


「ういぃ~……ひっく」

「きゅう……」


 酔っ払ってしまいました。

 かんぜんに、よっぱらって、しまいました。

 ごろん、と大の字に寝っ転がりまして、葉っぱをかして作った盃を、ぽーん!と放りだします。


 天高く、秋の青。

 吹く風に、黄紅葉。

 ああ、たぬきはいい気分。


「……きゅぅうぅ~♪」


 コタツも気分がいいのでしょうか、たぬきの上を8の字にくるくると飛び回っております。ああ、目が回るからやめてください。


 あんなに遠く見えた山脈──コタツの住んでいたという険しい山が、もう目の前に迫ってきています。たぬきとコタツの旅路も、もうすぐ終わりです。

 とはいえ。

 山というのは、とっても大きいですから、近そうに見えて遠いのかもしれません。


 ああ。たぬきに空が飛べたなら。

 獅子にトラに猛犬などなど、さまざまな強そうな獣への変化へんげが上手になったといえど、まだまだ空を自由に飛ぶことはできません。


 ……ほんとに?


 酔っ払って気が大きくなって、たぬきはムクッと起き上がります。

 大きな葉っぱを頭に乗せて、ぽむっと手をあわせ……あぁん、たぬきは酔っ払っています。ちょっといま、動く気にならないかも。


 それから、しばらくの間、たぬきはモゾモゾしていました。


 起きては、ごろん。

 空を眺めては、むくり。


 そんなことを繰り返して、たぬきはついにヤル気をだしました。

 酔っ払って、くるくると頭上を飛び回るコタツを見上げます。


 にょろにょろの身体、四本の手足、ちょこんとした角……数日いっしょに、ぽてぽてと旅してきた相棒を、じーーーーっと見て、まねっこをします。


「……むんっ!」


 どろろん、と煙があがり──見よ、これが【たぬきの八化け】です。

 竜、竜です。

 たぬきは見事、竜に化けることに成功しました。


「きゅううぅ~~っ!」

「お、おう……?」


 おかしいなぁ、とたぬきは首をかしげました。

 確かにたぬきは、コタツそっくりに化けたつもりです。

 こう、体長がコタツの倍くらいになるように。


 にょろにょろの身体。

 ちいさな四本の手足。

 ちょこんとした角。


 なのに、身体の表面だけは艶やかなうろこではなくて、ふさふさの毛皮のままでした。これじゃ、細長~い毛じゃらしです。


「お、おお? でも、まっすぐ飛べそうですね?」

「きゅう?」

「さ、コタツ。たぬきの背中にのってください」

「んきゅっ!」


 たぬきは、見様見真似で飛び始めました。

 森のどの樹よりも高く舞い上がり、まっすぐまっすぐ、コタツのふるさと山に向けて飛んでいきます。おお、これは楽ちんです。


「わーい、たぬきもやればできますね」

「きゅう!」


 コタツも大きくなったら、これくらい高く飛べるようになるのでしょうか。

 ふたつ並んだお月様を横目に、たぬきは飛びます。

 すーいすい、と空を泳ぐように……というのは嘘で、あっちにふらふら、こっちにふらふらになってしまいますが。難しいなあ、飛ぶの。


 とはいえ。

 空を飛んだたぬきなんて、たぬき史上に数えるほどもいないでしょう!

 すごいです、 【たぬきの八化け】。

 ありがとうございます、変な神様。


「……きゅうっ」


 きゅっきゅっと背中のコタツが、小さく鳴きました。

 どうしたのかしら、と思っていると。


 ふわっ、とたぬきの背中から、コタツが飛び上がりました。

 おやおや!

 たぬきがふらふら飛んでいる横を、コタツがまっすぐに飛んでいきます。


「すごいです、コタツ!」

「きゅう~♪」




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