第5話 たぬき、化ける
まちがいありません。
この葉っぱは、何か特別な葉っぱみたいです。
今なら、苦手な「化け」もなんのその……なんでもできそうな気持ちです。
えいっ、と。
たぬきは「化け学」で習ったとおりに、でんぐり返しをしました。
ぼうぅうんっ!!
真っ白い煙が、もくもくと立ち上ります。
お父ちゃんとお母ちゃんに習った「化け」。
たぬきは、しっぽの生えた石ころになることくらいしかできなかったはずなのに。こんなに派手派手しい
古来、たぬきはきつねよりも化けるのが上手い生き物なのです。
近頃はどういうわけか、きつねさんのほうがスマートでかっこよくて霊力がお強いなんてイメージがありますが、化けることについてはたぬきのほうが一枚上手のはず……まあ、たぬきもきつねも、人を化かすほどの力はとうになくなってしまったのですけれど。
けれど、けれど。
いま、たぬきは偉大なご先祖さまに恥じないくらいの、一世一代の化けをしました。だって、だって──なんと、たぬき、飛んでるのですから!
「およ……?」
鳥に化けて、柿の木(仮)の枝に飛んでいって、お腹いっぱいに熟れた実を食べてやろうと思っていたのですが。
たぬきが化けたのは、これは……風船でした。
人間の子が持っている、あの赤くて丸くてぷかぷか浮くやつ。
「わぁ~~~」
ふわり、ふわり。
大変です。たぬきはどんどん、空へとあがっていきます。
手足をジタバタ動かすと、泳ぐみたいにあちらこちらへ動けるみたいです。
といっても、たぬきは泳げないのですけれど。
ジタバタといったりきたりしながら、いちばん大きくて上手そうな柿の実に近づきます。そして、ついにたぬきは、たしっと柿をキャッチしました。
丸い風船みたいになったたぬきのことを、珍しそうに眺めていた小鳥さんたちもチュンチュンと喜んでくれています。
やりました!
……でも、どうやって下におりるのでしょう。
たぬきには、わかりません。どうしましょう。
「ああ、どんどんお空に……」
とうとう、たぬきは柿の木よりも高く浮かんでしまいました。
わたわたしていると、誰かがたぬきの頭を鷲づかみにしました。
「きゃーーーーっ! でっかい鳥!」
鷲づかみ。それは、たぬきにとっては
たぬきのような小さな生き物にとって、猛禽はとても恐ろしい存在です。
ちょっと上を見てみますと、見たことないほどの超巨大猛禽類に、たぬきは今にも攫われそうになっておりました。
つやつやの柿を両手で大事に掴んでいるたぬきを、でっかい猛禽が雑に掴んで飛び去ろうとしているわけです。
嗚呼、弱肉強食。柿は肉ではありませんが。
それにしても、この猛禽、デカすぎます。
車くらいありそう。おしまいです。
やっぱりここは、たぬきの生きていた世界とは違う場所だったみたいです。さすがに、こんな大きな猛禽はたぬきの住む山にはおりません。
せっかくオートバイの持ち主のお祈りと神様の気まぐれのおかげで命拾いをしたのに、またも死んでしまうのでしょうか。嫌すぎます。
悲嘆に暮れるたぬきをよそに、猛禽がキエーーーッと耳をつんざく鳴き声をあげました。
「きゃんっ!?」
ぼんっ!
とてつもなくビビったためなのか、たぬきの
膨れていた身体が元に戻ったので、猛禽の爪がスカッとたぬきの頭上をすり抜けました。
すると、どうなるか。
たぬきは、まっさかさまに落ちていきます。
(ああ、たぬきはもうおしまいです!)
ひらひら、と落ちてゆくたぬきの前に例の葉っぱが横切りました。
ええい、ままよ。藁をも掴む気持ちで葉っぱを頭の上にのせます。
「落ちても痛くないものに、
ぼうぅうんっ!!
真っ白い煙が、もくもくと立ち上り……たぬきは、ゴムボールに変化しておりました。せっかく化けられるようになったのに、風船だのゴムボールだの、丸いものばっかりです。
ぱいん、ぱいん、てぃんてぃん……。
お茶目に弾む音をたてて、たぬきは見事着地に成功しました。
もちろん、おいしそうな柿は決して手放しませんでした。
ああ、よかった。
ようやく、ごちそうにありつけます。
「いただきま……すぅ?」
あーん、と柿にかぶりつこうとしたのですが、何やら背後から視線を感じます。
何かしら、と振り返ると、そこには。
「きゅーん……」
「わっ、トカゲ!」
切なそうな顔で、今にも泣き出しそうな──大きなトカゲがおりました。
たぬきの倍ほどの体躯があります。この世界の生き物は、どれもデカいのですね。
トカゲさんは、じーっとたぬきの持っている柿を凝視しています。
ははぁ、なるほど。
どうやら、お腹が空いているみたいです。
(というか……心なしか、お父ちゃんから聞いた、
そんなことを思いながら、たぬきは柿を差し出しました。
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