第3話 たぬき、異世界へ行く
そよ風の音がします。
たぬきは、ゆっくりと目を覚ましました。さわやかな朝です。
おっと。朝ではありませんでした。
たぬきは夜行性です。夜になってからもぞもぞ動き始めるのが常なので、今日も二度寝を決め込もうと思いました。
さっきは、オートバイに吹っ飛ばされたり、妙な神様にお会いしたりといった、変な夢をみてしまいましたし。
ふあー、と大あくび。
空に浮かんだ白いお月様は、大小ふたつとも満月です。
ん?
あれれ?
……ふたつ?
おかしいぞ、とたぬきは気づきました。
たぬきの知っているお月様というのは、お空にひとつだけのはずです。
もしも、お空にお月さまがふたつ浮かんでいるときには、ひとつは化け狸の仕業と相場が決まっているのです。どこの誰の仕業でしょうか。もう、悪いやつめ。
むくり、と起き上がります。
ぶるぶるっと身体をふるって、毛皮にひっついた枯れ葉やゴミを払います。
お空を見上げて、「やいやい、イタズラはやめろ!」と唸ってみるのですが、お月様はふたつのまんま、静かに白く浮かんでいます。目をこらしてみても、尻尾のひとつも見せません。
たぬきは、おったまげました。
あのお月様はふたつとも本物のお月様ではありませんか。
ブワァっと毛が逆立ちます。たいへんです。
──たぬきは、異界にやってきてしまいました。
よく考えてみると、慣れ親しんだ縄張りのにおいがちっともしないのです。
毎日毎日、たぬきは決まった場所にウンチをして縄張りの管理維持に努めているのです。そのにおいがしないはず、ありません。
たぬきは、心細くなってしまいました。
ここ、どこでしょう?
ちょっと周囲を見て回ってみようと、てててっと走り出しました。
そのときです。
コッツーン!
たぬきの脳天に、何かがぶつかりました。
いたい。
見ると、たぬきの脳天経由で地面に落ちてきたものがありました。
瓢箪でした。
ただの瓢箪ではありません。
紅葉のような朱色に塗られていて、口のところには栓がしてあります。くびれのところに紐が通してあります。瓢箪徳利です。
紐のわっかに鼻先をつっこんだ、そのときでした。
不思議なちからで、瓢箪がたぬきの背中に吸いついてきたのです!
きゃあ!
たぬきは驚いて、飛び上がってしまいました。
「……?」
その場で、ぐるぐると回っても、ぴょんぴょん撥ねても、ちっとも重くないのです。なんと面妖な瓢箪でしょう!
たぬきが困惑していると、天からひらひらと木の葉が舞い落ちてきました。
大きな葉っぱです。たぬきの前に音もなく落ちた葉っぱには、変な模様が書いてあります。おや、これは。
文字じゃないですか。
しかも、読めます。
どうしよう。
たぬき、頭がよくなってしまったかもです。
人間の文字が読めるだけで、人間が「なまゴミ」と読んでいる袋詰めのごはんが道に出る日が何曜日なのか知れるし、電気でビリビリして死んでしまう場所もわかります。たぬきには得がいっぱいです。
葉っぱに書かれた文字を、ワクワクと読んでみます。
なになに。
──【神具:
困ったときの、神頼み。
たぬきの強い味方となるであろう。
なるほど、神具。
これはもしかして、神様がくださったものかもしれません。大切にしないと。
たぬきは徳利を背負ったままで、とっとこ歩き出しました。
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