第29話 二人きりの時間 前
私が到着してすぐに、オースティン様が我が家を訪ねて来た。
ルルメリアが今いない理由を説明すると、驚きながらも納得してくれた。
「ルルさんがご友人のお家に……!」
「そうなんです。オースティン様にお会いするのも楽しみにしていたのですが」
「被ってしまったのは仕方のないことですし、ルルさんが楽しい時間を過ごせているなら何よりです」
穏やかな雰囲気からは、約束を守れなかったことに対する怒りは少しも感じなかった。
「ルルさんがいない手前で申し訳ないのですが、これお約束した手作りのお菓子になります」
「お菓子を作られたんですか……⁉」
瞬時にオースティン様の手元に置かれたバスケットに視線が移る。
てっきり、サンドイッチのような簡単にできるものを作って来たとばかり思っていたので、お菓子というジャンルは予想もしてなかった。
「はい。といっても大したものではないのですが……」
「……見てもよろしいですか?」
「もちろんです」
受け取ったバスケットをそっと開けると、中には可愛らしい見た目のプリンが並んでいた。ふわっと甘い香りが広がる。
「わぁ……! とても美味しそうです」
「料理長に教わりながらなので、手作りと言えるかは微妙な所なのですが……」
「そんなことないです。オースティン様が作られたのなら、間違いなく手作りですよ」
「……よかったです」
ルルメリアを待って食べるか一瞬迷ったが、作り手としては今すぐに食べて感想を知りたいという気持ちがあるはずだと判断して一つ食べようと思った。
「オースティン様、お一ついただきます」
「召し上がってください」
ちらりと表情を見れば、どこか緊張したような雰囲気だった。
早速プリンを手にして口に運んだ。
「――!」
美味しい。忖度なしにとても好みの味だった。
「オースティン様、とても美味しいです。凄く好みの味で、何個でも食べたいです」
「ほ、本当ですか……?」
「本当です」
大きく力強く頷くと、オースティン様の瞳をしっかりと見て口元を緩めた。
「……よかった」
消え入るような、でも安堵したような声が小さく響いた。
その反応を見て、私も不思議と嬉しくなる。喜びに浸っているであろうオースティン様を見ながら、私は残りのプリンを食べきった。
「あとはルルメリアと食べますね」
そう言うと、私はひんやりとした場所にプリンを置いた。
やるべきことはやったと思う。これで解散になってもおかしくない流れなのだが、どうするべきかは迷っていた。悩みながら着席すると、オースティン様がじっとこちらを見ていた。
「クロエさん。今日ルルさんはいないとは思うのですが、よろしければ二人で出かけませんか?」
「はい。出かけましょう」
正直、そう誘ってもらえるのは嬉しかったので即答してしまった。
「どこか行きたい場所はありますか?」
「……すみませんあまり浮かばないので、もしオースティン様さえよければ選んでいただけますと嬉しいです」
「では、花市場に行きませんか?」
「花市場ですか」
花市場とは、定期的に王都で開催されるイベントで各所から行商が集まるものだ。花屋が主催したことから花市場と言われているらしい。雑貨から食べ物、衣服など豊富な種類が売られていると聞いたことがある。
「行ったことがないので、是非行ってみたいです」
「それなら……!」
こうして私達は花市場に行くことになった。
以前と同じくオースティン様のエスコートを受けながら目的地に向かう。
「オースティン様は花市場に行った経験があるんですか?」
「仕事の関係で数回ほど。あまりゆっくり見れたことはないので、今日お誘いできて嬉しいです」
私もお店を見て回るのは久しぶりのことなので、とてもわくわくしていた。
開催場所に到着すると、既に多くの人で賑わっていた。
「このネックレス、クロエさんにとてもよく似合うと思います」
「ありがとうございます……可愛らしいイヤリングですね」
装飾品を見るなんていつ以来だろう。
ルルメリアを引き取ってから無駄遣いをしてはいけないと、自分に言い聞かせてきた節があったので、それくらい長い間購入をしてこなかった気がする。
だから余計に、店先に置かれた装飾品を見るのは楽しかった。
「……すみません、これを一つ」
「ありがとうございます」
オースティン様は私に似合うと言ったネックレスを即決で購入された。
「良かったらこれ」
「えっ」
「クロエさんにとてもよく似合うと思うので。ささやかではありますが」
「そんな……」
申し訳ないと思いながらも、純粋に選んでくれた理由が嬉しかった。
「……いただいてもよいのでしょうか」
「はい。私がこのネックレスを付けたクロエさんを見たいので」
「では……」
オースティン様からネックレスを受け取ると、早速つけてみることにした。
緊張しているからか、あまり上手くつけることができない。
「すみません、髪が絡まってしまって」
「お手伝いしてもよいでしょうか?」
「……お願いします」
髪を持ち上げてオースティン様の方に背を向けた。彼の指先が首元にわずかに当たって、余計に緊張が増す。
「できました」
「どうでしょうか……?」
再びオースティン様の方に振り向くと、恐る恐る彼の顔を見上げた。
「とても素敵です。このネックレスは、クロエさんのために作られたものですね」
「あ……ありがとう、ございます」
オースティン様ってこんな甘いことを言う人だっただろうか?
私は戸惑いながらも、賛辞を胸の中に大切にしまうのだった。
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