第21話 きっと聞き間違いでしょう
〝力になりたい〟と、その前に言われた〝惹かれている〟という二つの言葉がぐるぐると私の頭の中で回り続けていた。
いや、どういう意味なんだ。それは。
含みや遠回しと、余計なことを考えずにただ言葉通りに取れば、オースティン様の言葉は告白に近いものだった。
……いや。いやいや。さすがにあり得ない。彼は伯爵で、私は没落貴族。分不相応にも程がある。きっと聞き間違えたのだろう。
「……クロエさん?」
「あっ、はい。……ええと。力になる、というお話ですよね?」
「はい」
その返答だけなら、上手くできそうだった。
「特段これ、とお願いすることはないのですが……」
先に前置きだけ伝えれば、オースティン様の肩がびくりと動いた。
「ただ、こうしてまたルルメリアの遊び相手になってくださると嬉しいです」
「……もちろんです。何度でもお相手させてください」
「お願いします」
オースティン様は力強く頷いた。
今は特に困っていることがない。しかし、かといってこの前と同じ答えをするのは違う気がした。せっかく友人という関係になったのなら、これくらい些細なことをお願いするのが最適だろう。
「おかーさん、おーさんみてみて! きれいなおはな!」
ちょうど一区切りついたところで、ルルメリアが私達を呼ぶ声が聞こえた。
「行きましょう、オースティン様」
「はい」
力になりたいという申し出を上手く返すことができると、その後は三人でお散歩を続けた。しばらく歩くと、綺麗な花畑を見つけた。
「おーさんにはなかんむりつくってあげる!」
「良いのでしょうか」
私の方を見るオースティン様。気を遣われているのだろうということは、すぐにわかった。
「私はこの前作ってもらったので」
「なるほど……それならルルさん。お願いしても構いませんか?」
「まかせて!」
元気いっぱいに頷いたルルメリアは、早速花を摘み始めた。
「オースティン様も作りますか?」
「……私にできますかね?」
「案外簡単なものですよ」
「では……挑戦してみます」
オースティン様の意思を聞くと、私達も花を摘んで近くのベンチに座った。ルルメリアは花畑に座ったまま手を動かしている。
私はオースティン様に作り方を教え始めた。
「……あっ」
「少し力が強いかもしれません」
勢いよくブチッと茎がちぎれてしまった。固まるオースティン様に、力加減を弱めるようにアドバイスをした。少しコツを掴むまで時間がかかっていたが、慣れれば黙々と進めることができていた。
しばらくすると、ルルメリアが「できた!」という声を上げて、こちらに向かって走って来た。
「はい、おーさんにあげる!」
「ありがとうございます、ルルさん」
ルルメリアから花冠を受け取ると、オースティン様はじっとそれを見つめた。
「……私のはかなり不格好なものになってしまいました」
「おーさんもつくったの?」
「はい……」
自分が作ったものと比較して、どこか落ち込む様子のオースティン様。
「初めてにしては上出来だと思いますよ」
「そうでしょうか」
「はい。まず、完成できたことを誇るべきかと」
ちぎっていた時に比べれば、作り上げられたことが純粋に凄い。確かに不格好ではあるものの、冠として形にはなっていた。ただ、オースティン様本人は納得のいく出来ではなかったようだが。
「……不格好でも、もらっていただけますか?」
「もちろんですよ。ありがとうございます」
恐る恐る私の方に差し出された花冠。
オースティン様が頑張って作られたものをもらえる分には、とてもありがたかった。もらった花冠を、頭に乗せてみる。
「どうでしょう?」
「お似合いうには、私の花冠が下手です……」
「そんなことないよ、おーさん。はなかんむり、きれい!」
「あ、ありがとうございます」
少しでもオースティン様の中で良い思い出になることを願いながら、笑いかけるのであった。
花冠を作り終える頃には、日が沈み始めていた。そろそろお開きにしようということで、私達は帰路に着いた。ルルメリアは疲れてしまったようで、目をこすっていた。おんぶしようとすれば、「それは私が」とオースティン様が先にしゃがんでルルメリアを背負ってくださった。
力になると言われた手前、ご厚意に甘えようと思いルルメリアのことをお願いした。
「今日はいかがでしたか?」
「……私にはもったいないくらい、素敵な一日でした。とても楽しかったです」
「それはよかった」
よい思い出になったのなら、それでよかった。ほっと胸をなでおろしながら、笑みをこぼした。
「また遊びにきてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
友人なのだから、交流を重ねることに異論はない。
今日一日を振り返ってどうだったかという感想を聞いているうちに、あっという間に自宅へ着いた。ルルメリアをそっと受け取る。
「本日はありがとうございました」
「私の方こそ。お二人と時間を過ごせて、とても幸せでした」
お互いに会釈をした。幸せと言う言葉は、何よりも嬉しいものだった。
「……クロエさん」
「はい」
次の予定を立てるのだろうか、と思いながらオースティン様の方を見上げた。
「今日告げた言葉に、嘘は一つもありません」
「……え?」
「私はクロエさんに惹かれ続けています。……どうかそれを、忘れてほしくなくて」
「オ、オースティン様」
私が適当に言葉を流したことを、オースティン様も気付いていたのだろうか。
「……突然すみません」
「い、いえ」
困惑することしかできない私に、オースティン様は最後に一言残してこの場を離れた。
「頑張ります」
その言葉に、私は思考放棄したことを後悔するのだった。
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