第20話 皆でお散歩をします
しゃがんでルルメリアに帽子を被せた。
「おかーさん、ありがとー!」
「どういたしまして」
満面の笑みを向けるルルメリアの髪の毛を綺麗に整えた。
「……クロエさん。よろしければ歩きに行きませんか?」
「お散歩ですね? 行きましょう」
こくりと頷くと、立ち上がってシートを片付け始めた。さすがにバスケットを何度も持たせるのは申し訳ないと思い、自分のものは自分で持った。しかし、オースティン様はやはりこちらに手を伸ばした。
「あっ」
「もう中身もなくなりましたから。軽いので大丈夫ですよ」
「……クロエさん」
オースティン様は伸ばした手のひらをそっと反転させた。
「よろしければ、エスコートを」
「えっ」
まさかのバスケットではなく、私の手を所望していた。
社交界から離れていたから、オースティン様の提案には驚いたものの、よく考えてみれば貴族らしい行動だ。
けれども、ここはパーティーでもお茶会でもなく、お屋敷でも王城でもない。ただの野原なのだ。何となく浮いてしまうような気がした。
「ありがとうございます、オースティン様。ですがお散歩ですので」
「……駄目、でしょうか」
目線が下がり、どこか落ち込んだ声色に動揺が走る。ここで断れば、何だか申し訳ないことをしてしまったようになってしまう。せっかくの休日。良い思い出にしようと言った矢先、彼の気分を下げることは目標が達成できない。
(浮く……といっても、視線を集めているわけではないもの)
ここは手を取ろう。厚意を受け取るだけだと思いながら、私はオースティン様に手を重ねた。
「よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
オースティン様の手を取って気が付いたのは、今度は自分の両手がふさがってしまったということだった。
しまった、これではルルメリアと手が繋げない。どうしようと焦りながら娘の方を見れば、不思議とルルメリアはご機嫌な様子でこちらを見ていた。
「おさんぽにしゅっぱーつ!」
私達の前をスキップで歩き出したルルメリア。その様子を見れば、手を繋げなくても大丈夫そうだった。
「あそこにおはながさいてる!」
安心したのも束の間で、ルルメリアは突然走り出した。
「あっ、ルル。あんまり離れちゃ駄目よ」
「はーい!」
返事だけは素晴らしい。ルルメリアの足は緩まなかったが、視界から外れることはなかったので、ひとまず見守ることにした。
「ルルさんは、不思議な子ですね」
「……そ、そうですか?」
オースティン様の評価に、私はドキリと緊張が走る。先程ルルメリアと二人にした特、もしや変なことを喋ったのではないかと不安に駆られた。
「はい。小さな子なのに、周りをよく見ているなと」
「周りを」
「あと、よく考えているなと」
オースティン様の口ぶりからは、ルルメリアを不思議と言ったのは悪い意味ではなさそうだった。
「……私に気遣いをしていただける辺り、優しくていい子なんだろうと思いました。あと、とても元気がある」
「ありがとうございます」
的確な推察と褒め言葉に、私は笑みを浮かべた。
「クロエさんの努力の賜物ですね」
「えっ」
「違いましたか?」
予想外の言葉に、思わずオースティン様の方を見上げた。
「私には、ルルさんがこんなにも素晴らしい子に育っているのは、クロエさんがそう育てたからだと思ったのですが」
「……オースティン様の目には、ルルが素晴らしい子に見えますか?」
「はい、とても」
その答えは、私にとって救われるようなものだった。実は心のどこかで、ルルメリアに上手く接することができているか、育てられているかとい漠然とした不安がずっと存在していた。
それはきっと、今でも存在している。
でも、オースティン様の何気ない評価が、私の胸を温かくさせたのは間違いなかった。
「よかった」
「……お疲れ様です、クロエさん」
ルルメリアを託された身としては、立派に育て上げるのは当たり前のこと。それ以下でも以上でもないと思っていた。だからこそ、オースティン様の労いの言葉は、特別に嬉しいものだった。
「……ありがとうございます、オースティン様」
頬に喜びの色が浮かび上がる。
オースティン様のおかげで、もっと頑張ろうと思えたし、今までの自分は間違いではないと確信できた。
「……クロエさんは本当にすごいです。私と歳が変わらないのに、頑張り続けてらっしゃる」
「オースティン様も十分素晴らしいかと」
「私は自分に与えられたことをしているだけですから。クロエさんはそれに加えて、ルルさんを育ててらっしゃる。本当に尊敬いたします」
「あ、ありがとうございます」
怒濤の褒め言葉に、恥ずかしさを覚え始める。思わず目線をそらして、ルルメリアの方に向けた。
「……尊敬だけじゃないんです」
その言葉に、私は再び視線を戻した。
「ずっと惹かれてしまって」
「……えっ?」
オースティン様の言葉が、はっきりと聞こえた。それなのに、意味が理解できない。
「私では、頼りにならないかと思います。ですが、これからも何かお力になりたいです」
「力に、ですか」
「はい。バスケットを持つような、些細なことでも構いません」
オースティン様の眼差しは、真剣そのものだった。
▽▼▽▼
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
こちらは、3月20日分の更新とさせていただきます。遅くなり申し訳ございません。これからもよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます