第19話 伯爵様とピクニックを 後




 ランチボックスを手に取りながら気になっていたのは、オースティン様が持ってきたバスケットだった。


「あの、そちらには何が」

「あっ」


 今の今まで存在に忘れていたような反応をしたオースティン様は、私達にバスケットを見せた。


「本日何をするかはわからなかったのですが、お礼も兼ねてお菓子を持って参りました」

「おかし!」

 

 目を輝かせるルルメリアは、オースティン様のバスケット目掛けて身を乗り出した。


「すみません。私はクロエさんとルルさんと違って、自分の手作りではないのですが……」


 バスケットの中には、美味しそうなクッキーやスコーン、マドレーヌ等豊富な種類のお菓子が入っていた。


「わぁぁぁあ!!」


 頬一面に喜びを浮かべるルルメリア。


「レヴィアス伯爵家の料理人の手作りです。腕は確かかと。よろしければ食後にでも」

「それはまた貴重なものを……ありがとうございます」

「ありがとう、おーさん!」


 固い表情のオースティン様は、ほんの少しだけ口元を緩めてペコリと頭を下げた。


「まずはさんどいっち!」

「待ってね」


 私のバスケットからサンドイッチを取り出し、ルルメリアとオースティン様に渡す。自分も手に取ると、早速昼食にするのだった。


「……とても美味しいです」

「良かった」

「おーさん、あたしがつくったのもたべてね」

「もちろんです」


 即答するオースティン様に、ルルメリアはにこっと笑う。


「ルルさんのサンドイッチも美味しいです」

「でしょー!」


 自分で作ったサンドイッチを褒めてもらえて、ルルメリアはご満悦のようだ。サンドイッチが食べ終わると、続いてお菓子を食べ始める。


「おーさん、これすごくおいしい! ね、おかーさん」

「そうだね。オースティン様、どれも絶品でした」

「気に入っていただけてよかったです」


 さすがは伯爵家専属の料理人が作っただけある。ルルメリアは余程気に入ったのか、口いっぱいにマドレーヌを頬張っていた。


「ルル、焦らなくてもお菓子は逃げないよ」

「おいしいんだもん!」


 リスみたいに頬が膨れる顔はとても可愛らしい。お菓子に夢中になる様子は、子どもそのものだった。


「……今度は、手作りを持ってきます」

「それは……オースティン様の手作り、ですか?」

「はい。クロエさんもルルさんも自らの手で作られたのに、私だけ楽をしてしまいましたから」

「そんなことはーー」

「次は頑張ります」


 これは無表情だが、どこか闘志が燃えたぎっている気がする。それなら止めるのは野暮だろう。


「楽しみにしてますね」

「はい。頑張ります」


 いかにも貴族な容姿のオースティン様が厨房に立つ姿は想像できなかったが、意外にそつなくこなしそうだなとも感じる。


「クロエさん。ピクニックはあと何をするんでしょう」

「特に決まっていることはないですよ。のどかな景色を見ながら、ぼーっとしたり、話したり。歩いたりしてもいいですね」

「なるほど」


 感心されているが、そんな大したことは話していない。ルルメリアに視線を向ければ、まだお菓子を夢中で頬張っていた。


「……オースティン様。最近はどうですか?」

「大分落ち着いてきました。元々補佐でしたので、仕事も慣れるまで早かったです」

「そうでしたか」


 話を聞けば、すっかり伯爵として遜色ない働きをしているとのことだった。何となく優秀だろうなと思っていたが、話を聞く限り想像通りだろう。


「おいしかった~!」

「もしよかったら、残った分はご自宅で」

「ありがとうございます」


 ご厚意でもらうことになったが、ルルメリアがほとんど食べたので持ち帰る分はそう多くなかった。


「わぁっ」


 突然、ひゅうっと風が吹いた。それにつられて、ルルメリアの帽子が空へと舞った。


「あっ、あたしのぼうし!」


 帽子をたどれば、少し離れた場所まで飛ばされた。すると、近くにいた女性が拾ってくれた。


「すみません」

「いえいえ……あら? この前の」

「ご無沙汰してます……!」


 帽子を拾ったのは、この前バザーで声をかけてくれた女性だった。


「オースティン様。帽子をもらうついでに、顔見知りなので少し挨拶してきます」

「わかりました。ルルさんのことはお任せください」

「ありがとうございます」


 会釈をすると、女性のもとへ急いだ。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。先日はお世話になりました」

「こちらこそ。元気そうでよかった。今日はピクニックなんですね」

「そうなんです」


 他愛のない話から始まり、お互いの子どもの話を少し交わした。


「そう言えば聞きました? 最近物騒だという話」

「物騒……いえ、初めて聞きました」

「何でもね、人攫いが出ているらしいの」

「人攫い、ですか」


 そんな話は初めて聞いたので、真剣な声のトーンになってしまう。


「えぇ。大人子ども問わないみたいで」

「えっ」

「だから気を付けて」

「はい。ありがとうございます」


 基本的に王都から離れている街とはいえ、治安の良い場所のはずだ。ただ、警戒するに越したことはない。


 一抹の不安を抱えながら、ルルメリアとオースティン様の元へ戻るのだった。

 

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