ある異世界の手記

@guest15532

ある異世界の手記

 新月の夜だった。鬱蒼とした山道。傷付いた体。頼りもなく歩く。

 しばらくして仄かな灯火が見えた。それは山の夜道を照らすにはあまりにも弱々しいものであったが、私にとってはそれでも希望の光に思えた。

 望みを託してさらに進む。満足ではない体が悲鳴をあげる。なぜこんなことになってしまったのか。そう考えるも、答えは明白であった。全てはあの人知を越えた人影のせいだった。

 山越えの行軍中、道の向かいに現れた人影。皆が身構え、空気が張りつめたのも一瞬のことだった。およそ人のそれとは思えぬ動きに隊は壊滅。命からがら脱した私も、腕の一本を失った。だが立ち止まるわけにはいかなかった。立ち止まることは死を意味していた。

 徐々に大きくなる灯火。残る力を振り絞り、なおも歩みを進める。辿り着いたのは一軒の小屋だった。

 誰でもいい。とにかく人に会いたかった。祈りながら戸を叩く。しかし願いは届かず、打音は夜の森のざわめきに空しく吸い込まれていく。それでも諦めるわけにはいかなかった。

 なおも激しく戸を叩きつけると、男が姿を現した。男は疲れきった顔をしていたが、荒く止血された私の腕を見咎めたのか、中に招き入れてくれた。


 気がつくと外は明るくなっていた。差し込む光の強さを考えれば、昼を少し過ぎた頃だろうか。

 不意に激痛が走る。やはりあの夜の出来事は夢ではなかったのだと、無いはずの腕が私に囁く。

「やっと起きたか。とりあえずこれを飲んでおけ」

 男が私の顔を覗き込み、水を差し出す。

 朧気な記憶。この声、この顔、私を助けてくれた男だろう。血を流しすぎたせいか、礼を述べようとしたが、喉から出てくるのは乾いた音だけ。

「いいから飲んでおけ。その様子じゃ声も出せんだろう」

 促されて水を受け取り、飲み口を口に押し当てる。

 気付けば口の端から胸元へと、水が滴り落ちていた。同時に、体、手の先まで水が染み渡っていくのを感じた。それほどまで私の体は渇ききっていたのかと思うと、自分がおかしくて、不様で、不思議な笑いが込み上げてきた。

 微かに笑いつつ懇ろに礼を述べる。

「かまわんさ。それより何があったんだ?」

 男の問いかけに、ここへと辿り着いた経緯の大筋を説明する。終始、男は目を閉じ黙って話に耳を傾けていた。

 あらかたの流れを話し終えると、この時を待っていたと言わんばかりに「その人影は女のものだったか」、「その人影は身の丈ほどの剣を背負っていなかったか」と男が尋ねてきた。

 言われてみれば確かにそんな人影だった気がする。松明に照らされて煌めく金糸のような長い髪。腕を斬られた時の感触や、縦半分に切られた仲間がいたことからも、武器は大剣に類するものだと考えられることを伝えた。それを聞いて男は再び目を閉じ、うなだれとも取れるように俯いた。

 しかしこの男がなぜそのようなことを知っているのか。何かあるのではないか。今度は私の方から訊ねることにした。

 男はアークと名乗った。私の記憶が正しければ、5年前に帝政を打倒した革命軍。その双璧と言われていた内の一人に、同じ名の男がいた。だが討ち入り直後に消息不明。実は討ち死にしたのではないかと、今ではもっぱらの噂だ。

 真偽を直接問うのは憚られた。しかし鍛え抜かれた体、厚く硬化した掌の皮、各所に散見される古傷、日常の中においてさえ隙のない所作。それら物言わぬ証人がこの男こそが正しくそれだと物語っていた。

 この事実は私にとって幸運だった。彼なら奴を倒せるかもしれない。そう思ったのだ。

「今のままじゃ、無理だろうな。二人ともあっけなく死ぬのがオチだ」

 件の人影。言うように私には太刀筋すら見えなかったが、彼をもってしても同じ結果になってしまうほどなのか。一体奴は何なのか。底の見えない恐怖の奈落。吹き上げてくる風に、私の体は震えていた。

 恐れに支配される体。思考もままならない頭。それでも聞いておかねばならないことがあった。奴は誰なのか。彼なら知っている。そんな気がした。

「あいつは仲間だよ。元はな」

 例の人影の名はアイシャと言うらしい。先のレジスタンスの双璧の一人、同じ名の女性がいたと記憶している。彼女もまた、国を制圧して間もなく行方不明となっていた。

 その結果が今の世の中だった。双璧と呼ばれた二人が揃って消えた。主導者を失った民衆は派閥を作り、互いに争い、戦乱の時代に突入した。怪しげな新興宗教も流行りだし、世界は混迷を極めていた。

 彼も彼女も知っているのだろうか。無責任な革命の結末を。そのせいで私は軍へと入ることになり、あまつさえ片腕を失ったのだ。しかも彼女の手によってだ。

 途方もない怒りが込み上げる。湧き出る激情に任せて私は彼を批難した。

「どうなるかはわかっていたさ。わかっていたが、どうにもできなかったんだ」

 男は力なくそう答えた。皆が憧れた往年の英雄が漂わせる空虚な雰囲気に、憧憬も余憤も霧散していった。

 鬱屈とした空気に心が沈んでいく。呼応するかのように日差しは傾き、世界を淡く朱に染めていた。

「しかしお前、あいつを相手によく死ななかったな。相当の手練れだろう」

 唐突に彼が話しかけてきた。きっと重い空気を吹き飛ばそうとしたのだろう。私も思うところは同じである。彼の誘導に流されるまま、腕には自信があったこと。しかしそれでも全く歯が立たなかったことを伝える。

「そうだろうなぁ。普通の人間じゃどうにもならんだろうな」

 彼の物言いには含みがあった。きっと何かがあるのだろう。彼女をあそこまで強くせしめた秘密が。探りにかかると、

「あれはな、外法を使ったんだ。だから並の人間じゃ手も足も出んさ」

 予想に反して男は素直に答えた。しかし外法とはなんだろうか。聞き慣れない言葉に私の心がざわめく。

「外法ってのはつまり、何かを捨てて力を得ることだ」

 私の胸中を察したのか、彼が補足した。

 俄には信じがたい内容である。というのも最近勢いを増している新興宗教が似たような文句を謳っていた気がするからだ。自身の何かを捨てれば願いが叶うと。それを真に受けて信者たちは皆、金や自身の体、果ては家族や恋人までもを犠牲にして力を得ようと躍起になっているが、ついぞ成功したという話は聞いていない。

 訝しげに彼を見つめていると、

「こうして喋れるのも最後だろうからな」

 と言って、ぽつりぽつりと語り始めた。




 満月の夜だった。革命を果たさんとする俺たちは皇帝が住んでいた宮殿に夜襲をかけた。俺にはアイシャや他の仲間がたくさんいた。皆が皆かなりの腕前だった。だから、帝国軍の兵士たちなんて敵じゃなかった。苦もなく皇帝の目前まで迫ることができたさ。

 部屋に入ると、その最奥、落ち着き払って玉座に腰掛ける皇帝がいた。丸く開けられたら天井。そこから射し込む月光、左右の壁一面にとりつけられた松明が皇帝を照らし出していた。

 余りにも堂々たる態度に、もしかしたら簡単に終わらせられるんじゃないか。抵抗を止めたんじゃないか。俺はそう思った。だが、実際はそうもいかなかった。皇帝が皇帝たる所以か。やつの強さは並じゃなかった。

 ほんの一瞬だった。気付けば目の前が赤くなっていた。理解するのに時間はかからなかった。俺の前にいた仲間がやられたんだ、ってな。残ったのは俺とアイシャ、他に二人――アランとイワンだけだった。

 仲間の死体を見下ろして、皇帝は笑っていた。剣も下ろして、隙だらけに見えた。なのに俺は、震えが止まらなかった。きっと体が理解していたんだろう。やつは殺せないと。

 惨めな話だ。その時俺は何とかして逃げ出すことしか考えられなかった。だから、単なる時間稼ぎのつもりだった。逃げる隙を作るだけのつもりだった。皇帝に強さの秘密を聞いたんだ。

 冥土の土産ってやつだろうな。やつも負ける気がしなかったのか話に乗ってきて、こう答えたんだ。「そこにいる仲間を殺したらいい」、「自分の大切なものを捨てれば力が手に入る」ってな。

 俺はそれを聞いてたじろいだ。そんなことできるわけがないと思った。他も皆、同じような反応をしていた。

 沈黙を破ったのはイワンだった。「俺を殺して皇帝を倒してほしい」と、イワンはそう言ったんだ。

 俺もアイシャも動くことができなかった。普通はそうだろ?今まで一緒に戦ってきた仲間を手に掛けるなんざ、人のできることじゃない。

 だが、アランはゆっくりとイワンに近づいた。振り上げた剣の先は震えていた。俺は咄嗟に目を瞑ってしまった。

 次に目を開けた時、イワンは2つになって動かなくなっていた。アランの肩は、震えていた。そしてアランは皇帝に向き直した。ふらつく足で、かすんだ瞳で。

 言い方は悪いかもしれない。だが、これで終わるんだと、俺は安堵していた。たが、そんな安堵も束の間だった。

 アランはなすすべもなく皇帝に斬り倒された。いや、斬り倒されていた。俺にはその瞬間が見えなかった。俺が茫然としていると、皇帝はアランを足蹴にしながら「後悔してるようでは、私には勝てんぞ」と嘯いた。

 二人の犠牲は無駄に終わったのか。やりきれない思いに俺は歯噛みした。

「さて次はどっちがやるのかね。くれぐれも後悔だけはせぬようにな」

 俺たちの悲劇は、やつにとっての喜劇だったんだろう。皇帝は楽しんでいるようだった。

 戦場とは思えないくらい静まり返っていた。火だけが、沸き上がる観客のように揺らめいていたよ。

 俺にアイシャを殺すことなんてできなかった。惚れた女を手に掛けることなんて、俺にはできなかった。だから俺はアイシャに頼もうとしたんだ。その時だったよ。アイシャがしっかりとした、迷いのない足取りで俺に近づいてきたんだ。

「やるよ。私が」

 はっきりとした口調、淀みのない瞳。

 言いたいことは山のようにあった。だが時世の句を残すのはやめた。もしかしたら、それがアイシャに後悔を生むかもしれない。そう思って、俺は黙って、覚悟を込めた瞳でアイシャを見つめ返した。そしてすぐに下を向いた。介錯されるために。

 しかしいつまで待っても、俺の意識は途切れなかった。だが、アイシャが躊躇しているとも思えなかった。

 恐怖に駆られながら、俺は目を細めて前を見た。

「そうじゃないよ。あなたをこの手にかけるなんて死んでもできない」

アイシャはいつもの屈託のない顔で微笑んでいた。

「剣、かしてくれる?」

 意味がわからなかった。俺の剣――大剣は、アイシャが使うには重厚すぎたからだ。

「ほら、はやく」

 だがアイシャの言うことだから、きっと何かあるのだろうと思ってな。言われるがまま俺は切っ先を床につけ、剣を手渡した。

「大丈夫。後悔なんてしようがないから。私の笑顔忘れないでよね」

 それだけ言って、アイシャは振り返った。両手でも上がらないだろう剣先を引きずりながら。

 夜が、明けかけていた。玉座の奥、丸く開けられた天井から見える空は、全てを吸い込みそうな、悲しい色をしていた。

 皇帝は痺れを切らしたのか、苛立っているようだった。

「そんなことでは私は殺せない。二人とも死ぬだけだ」

 皇帝が喋ったその刹那だった。皇帝はアイシャの大剣に貫かれていた。皇帝はまだ自身の状況を理解できていないようだった。立て続けにアイシャは剣を縦に払った。皇帝の顔が2つに割れた。

 皇帝が死んだ。俺たちの苦節がようやく叶った。だが俺は、とてもじゃないが喜ぶ気分になれなかった。仲間の犠牲があったのもあるが、そうじゃない。それだけじゃなかった。得も言われぬ恐怖が俺の心と体を縛っていた。

 あいつは切り裂いて床に倒れた皇帝を見つめていた。しばらくして、思い出したかのように大剣を大きく振って血糊を払った。あの大きな剣を。片腕だけで。

 そしてゆるりと、首だけでこちらを振り向いた。その顔は、俺が見たことのあるどんな表情とも一致しない、完全なる「無」だった。

 俺は恐れていた。俺の知っているアイシャではない。そんな気がしたからだ。

 あいつは、黙って俺を見ていた。俺の膝が俺を嘲笑していた。沸き上がる火だけは、続きを切望しているような気がした。

 今度こそ幕引きだろう。俺はその日三度目となる死の覚悟をした。だがそうはならなかった。アイシャは向きを変え、丸く開けた天井からどこかへ出て行ってしまった。

 笑う膝を叱りつけて、俺もすぐに後を追おうとした。だがそれも意味はなかった。あいつの姿は、もうどこにも見えなかった。

 その後のことはお前も知ってるだろ? 俺は恐怖や、責任や、喪失感、その場の全てから逃げ出した。そして今に至るってわけだ。




 アークが語った革命の夜の真相は、私が受けきるにはあまりにも衝撃的なものだった。話の現実味の無さに神話か、お伽噺か、その類いの話に感じられた。だが語っているときのアークの表情。手振りなどせずとも、聞くだけで浮かんでくる情景。それは経験した者にしか出し得ない、真に迫ったものを持っていた。

 気になるのは、アイシャと呼ばれる女性が何をしたかだ。アークはその答えを知っている。そんな気がした。だから私は尋ねてみた。

 すると彼は立ち上がり、奥から一冊の古びた本を持ってきた。

「あの後、俺はアイシャの部屋を探った。そしたらこれが見つかってな。たぶん上巻の方は皇帝が持っていたんだろう」

 本の表紙には見慣れない文字が刻まれていた。タイトルと思しき文字列の後、少し間を開けて短い文字列が見えた。きっとそこに下巻と書いてあるのだろう。

「この本に書いてあるのは外法の使い方、契約みたいなもんだ」

 続けて彼は本の内容を長々と説明し始めた。

『捧げるものは形あるものでないといけないわけではない。捧げるものが術者にとって大切なものであるほど効果が強く発揮される。術式を組んで捧げたそれが形ないものである時は、儀式を執り行った時から起算して2回目の夜明けを迎えた時に契約が取り交わされる。その時に術者は捧げたものを失い、力を手に入れる。ただし、契約が取り交わされた後、1度でも捧げたものに未練や後悔、罪悪感等を感じた場合、当該効果は消失する』

 説明はもっと長かったが、要約するとおおよそ以上のような内容だった。

「最後の方にも何か書いてあるんだが、そこは解読できなくてな。だがな、俺はこれを読んで気がついたんだ。皇帝が言うとおりにあの場で仲間を殺しても意味がなかったんだと。そして、あいつは感情を捨てたんだ、ってな。そうすれば、あの時、あいつが言ったことも、あの表情も説明がつく。まぁ、あいつにとって感情がどれだけ大切なものだったかはわからないけどな」

 変わる前、アイシャだった頃の彼女に思いを馳せる。私には何となくわかる気がした。アイシャがどれだけ感情を、思いを大切にしていたか。

「あいつは今、生存本能だけで生きている。敵意を向ける者は全て斬る。あいつはもうアイシャでも、人でもない。ただの化け物だ。だから俺は次こそアイシャを解放する。例え外法を使っても」

 アークは怒りと、悲しみと、慈しみを混ぜたような、複雑な表情をしていた。しかしこれもまた、私にはアークの持つ感情の揺らぎ、その全てがわかったような気がした。

「だがとりあえず、お前が一人で動けるようになるまでは看病してやるさ。だから今は寝てろ」

 私はこの時から、いつかくるであろう、この物語の結末を予期していたのかもしれない。




 思い残すことがないようにか、アークは他にも彼の生い立ちや、アイシャや他の仲間と初めて合ったときのこと、一緒に成し遂げたことなど、色々なことを話してくれた。中でもアイシャについて話す時、彼の顔は一層明るく、穏やかになった。

 そうして私が彼の家に転がり込んでおよそ3週間が経った。この頃にはすでに、私はある程度一人で動けるようになっていた。つまりそれは、物語の新たな進展を意味していた。

「三日後に帰ってくる」

 彼はそう言い残し、家を出ていった。

 ついにこの時が来たのかと、私の胸が幾ばくかの憂鬱に沈み込む。

 彼がいない間、私は件の本の解読を試みた。

 彼の説明した内容と本の文字列。それらを照らし合わせ、おおよその文字を読むことができた。しかしそれでも、最後の章を読むことは出来なかった。それは前章までとは明らかに言語体系が違う、解読不能な文字列で書かれていた。

 この最後の章に結末を変えるヒントがあるかもしれない。そう踏んでいた私は落胆を隠せなかった。


 3日が経ち、儀式を終えたアークが帰ってきた。今までとは少し違う、異質な雰囲気をまとっていた。

 私が何を聞いても、男は何も言わなかった。

 そこからさらに数日が経った時、男が動いた。壁に立て掛けてあった剣を手に取り、外へと出ていった。それに釣られるよう、私も立ち上がり、外へ出た。




 その日も新月の夜だった。外は暗く、先の見えない山道。手にする松明だけが周りを照らしていた。

 私は身震いしていた。思い起こされる悪夢。すぐにでも帰りたかった。

 それでも私は、黙って男の後をついて行った。いや、ついて行かなければならなかった。誰かがこの結末を見届けなければならない。そんな使命感が私の足を動かしていた。

 不意に、前を歩く男が歩みを止める。木の茂る、鬱蒼とした道なき道。対向に人影が見える。

 松明に照らされ煌めくような金糸。背からはみ出す大きな剣。それを振るには頼りない華奢な身体。

 間違いない。前回の新月の夜。あの惨劇の夜。私の仲間を、私の腕を切り落としたあの人影、あの女だった。

 そんな状況にあって、不思議と私は冷静だった。きっと、私は無意識の内に気づいていたのだろう。この場において私は役者ではない。ただの一傍観者でしかないのだと。

 男は何も言わず、ただ悲しげに女を見つめていた。対する女は、眉ひとつ動かさず、口だけを動かして何かを喋っていた。

 男は何も答えなかった。

 女は表情を一切変えることなく、背に負った大剣を引き抜いた。男も無言で剣を構えた。そして二人が飛び出した。

 二人の動きは人知越えていた。彼らの影すら私の目には追えなかった。ただ絶え間なく、金属のぶつかり合う鈍い音だけが、幾重にも重なって山にこだました。

 音が私の耳を貫くたび、私の目は二人が並び立っていた過去の幻影を偲んだ。

 音が私の耳を貫くたび、私の心は乱されていった。

 鳴り止まない剣戟。終わらぬ撃ち合いの中、次第に私は一種の安堵を感じていた。どちらかが死なぬ限り、この音は止まないのだろうと。いっそこのまま決着がつかなければいいとさえ思った。だがそんな願いはどこにも届かなかった。

 不意に音が止んだ。二人は距離を取って立っていた。どちらも立っているのが不思議なくらい傷ついていた。

 女は何か喋っていた。

 男は泣いていた。

 次に撃ち合った時、決着がつく。私はそう感じた。

 風が吹き、木々がざわめいたその時だった。鈍い音が私の耳に届いた。

 二人の剣が互いの体を貫いていた。静寂があたりを包んでいた。アークは安らかな顔をしていた。アイシャの口が微かに動いた気がした。もし二人が外法のない世界に生まれることができていたら幸せになれたのかもしれない。圧制に敷かれず、平和な世界で笑い合う2人が見られたかもしれない。やりきれない思いに私は溺れた。私は力の限りに泣いた。感情を失い、もう涙を流せぬアイシャの代わりに。私はこの世の全てを嘆いた。言葉を失い、もう何も話せぬアークの代わりに。誰も知らない、たった一人の新月の夜だった。



 その後の私は虚ろだった。生きる気力も失っていた。しかしそれでも生きなければならない。私にはやらねばならないことがある。

 真実の目撃者として、後世に語り継がねばならない。悲劇を二度と繰り返さぬよう。悲劇を二度と生み出さぬよう。




 追 記

 しかし世界は非情だった。

私の話を聞 いた誰もが更なる 力を求め、さらに外法がは びる世界となった。

互いに 傷つけ合い、誰もが疑 心 暗 鬼 となり、 世界は一層、 暗く落ちていった。

 外法ごと、 世界から 消さねばなない。私はそう思った。


 そして 、 ようく私は、 外法を消し去方法を見つけ出した。 アーが渡した下巻の最 終章。 その解読法は、 何とか手入れた上巻に記されていた 。

 それを読むたに目を犠牲にたが、 それは些末な問題だ。

 その内容は、自らのと引換えに、 いかなる願いも叶えてれるというのだった。

 そして私は、 私の命とき換えに外法と、 その記録、 その記憶を、 この世界から消すこにした。 皮肉な話だ。 外法を一番 憎んでた私が外法に頼ることな るとは思いもしなかった。

 うまくいくかわからない。 もしうまくけば、 私の代わに唯一、真実の語り部となってしまっこの本も消え てしまうろう。 全く意味の ない追記をしてると自 分でも思う。

 だがそでも私は知っていてしかった。誰かに覚えていほしかった。 彼らがいたことを。 私の願いを。


 こから私は最終 章に記れていた 儀式を行う。その後、世界 がどうるのか、 私にはそれを確 かめられない。

 だから、私は 願う。 この本が 外法を破り、 時を越え、誰かの手元に 届くことを。

 そして、 この本が 読まれる世界。 そこが、 平和な 世界で ある ことを。



――







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